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第10章 「……だから、ごめん。別れよう」

ただ、涙 桜十葉side

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全ての話を聞き終えた私は、何だか夢見心地だった。でも、微かに芽生えた恐怖心。あの頃拉致された出来事を思い出して、震えだす自分がいる。



だけど、……私はもう、逃げないって決めたの。裕翔くんの隣に居たい。どうしても、そう思ってしまうんだ。



裕翔くんの手は冷え切っていて、今にも凍ってしまいそうだ。



分厚い1冊の本の話をされていると思った。こんなにも切ない物語があるのかと、信じられなかった。でも裕翔くんが語ってくれたことは、全て私のことで、信じなくちゃいけなかった。



「裕翔、くん……。今の話は、全部本当なの?」



本当、なのだろう。あの日見た病院。静かに苦しそうに微笑む裕希さん。まだ小さい頃の、私と裕翔くんと裕希さん。



そして、やっと思い出すことが出来た───。



明梨ちゃんのこと。私は、ちゃんと思い出せた。裕翔くんのおかげだ。



『あかり~ん!お誕生日おめでとう!』


『わぁ~!おとちゃん、こんなにもらっちゃっていいのっ!?』



私は昔、明梨ちゃんのことを「あかりん」と呼んでいた。昔と言っても、まだ私たちが条聖学院の幼児部の頃の話だけれど…。



ズキズキと痛む頭を抑えて、裕翔くんに聞いた。



「本当、だよ。……全部、真実だ」



拉致られたこと。玖音咲羅のこと。坂口裕希さんと付き合っていた頃の日々。3人が、初めて出会った日のこと。裕希さんから別れを告げられた日のこと。

裕翔くんと過去に2度出会っていたこと。あの2人が、人を死の淵まで追いやってしまったこと。



この記憶を一気に受け止めるのは、すごく難しい。



今まで忘れてしまっていたということは、頭がその記憶たちを否定したから。でも、今は何だか不思議と大丈夫なんだ。



私の隣にはまだ裕翔くんが居るし、裕希さんの頃とは全く違っている。





「……だから、ごめん。別れよう」





悲痛な声が私の耳に届く。そんな泣きながら言っても説得力ないよ、……裕翔くん。裕希さんは、私に別れを告げる時泣いてなんかなかったよ。



「裕翔くん。私を見て」



私は裕翔くんの膝の上から降りて、床に足をつく。裕翔くんの前にしゃがみ込んで、真剣な瞳で裕翔くんを見つめた。



「っ、……!」



目が合った瞬間、裕翔くんが苦しそうに表情を歪めた。



「私は裕翔くんと、別れないよ」


「は、……?」



私の言葉に、裕翔くんが信じられないというような表情で私を見た。なんで?という裕翔くんの疑問が肌に伝わってくる。だって、………



「私は、裕翔くんのことを嫌いになってなんかいないから」



私の記憶から、裕希さんを消したこと。人を死の淵まで追いやってしまったこと。だけど、裕翔くんは殺してないじゃない。



誰1人、裕翔くんに殺された人たちはいなかったじゃない……っ!



「でも、俺……桜十葉に酷いこといっぱいした!!数え切れないくらいした!!それなのに、なんで……っ」



パシッ!!と音が鳴るくらい、強く裕翔くんの頬を両手で包み込む。



「だーかーら!!私が裕翔くんのことを好きなの!!過去にどんなことがあったって、その人が自分を傷つけていたって関係ないって、私言ったことあるよね!?」



「桜十、葉……」



そう。私は言ったんだ。過去なんて関係ない。私は、今目の前に居る人を信じる。



「それが、愛情ってことじゃないの……?」



視界が歪んで、涙がぽたぽたと落ちていく。泣かせないでよ、裕翔くん。せっかく我慢出来ていたのに。



「桜十葉……、俺、ごめん…今まで嘘付いて…。本当に、ごめん」



掠れたようなか細い声。それでも、それは私の心に重く響いた。



私たちは、本当に馬鹿だよね。今までずっと、大きな間違いを犯してすれ違っていたんだから。



「裕翔くん、……もう、隠し事はない?」


「うん。ないよ。もう、…好きな人に嘘は付きたくない」



赤く腫れた頬に流れる涙を優しく拭ってあげる。すると裕翔くんは嬉しそうにはにかんで、私の涙も拭ってくれた。



「これで、やっと幸せになれるね。裕翔くん」



私がそう言うと、裕翔くんは驚いたような表情をして、すぐにいつも通りの優しくて穏やかな表情に戻る。



「そうだね。今、すごく、幸せだよ」


「“一緒に”幸せになるんだからね。分かった?」


「うん。分かった」



裕翔くんの真っ赤に染まって腫れた目が優しく細められる。私たちはお互いに微笑み合って、優しくて温かい、キスをした。



✩.*˚side end✩.*˚

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