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必要とされる喜びと責任

第1話

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 その後結局、部屋の掃除やら何やらしてる内に、あっという間にお昼過ぎになってしまった。
 とりあえず、槇さんとの打ち合わせ用にアイデアノート、財布などをミニリュックに入れた。
 せっかくの槇さんの夢の実現に向けてのパフォーマンスだ…成功させてあげたい。
 本当ならいくらだって槇さんに使って欲しいくらいだけど…お金を掛ければいいってもんじゃない。

 奈落のお姉さんがプレゼンに負けたのだって、きっとそういう事なんだと思う。
 だから、微力ながら僕は自分の出来る事で槇さんに協力したいんだ。
 僕のアイデアがいいとは思ってないけど、何かしらのヒントになれば…。

 ぐうう~~。
 あ…お腹が鳴った。
 お昼、どうしよう。
 夜はどんなご飯かな…お昼は食べ過ぎないようにセーブしよう。
 僕は小ぶりのカップ麺を取りだして、ポットのお湯を注ぎ、それを食べた。
 少し物足りない気もするけど、万が一奢ってもらった物を残したりしたら失礼だと思ったのだ。

 せっかくなので、服装もジャージから槇さんのところで購入した服に着替えた。
  大きめのチェック柄の服に丈の短い赤いベスト。
裾の広いクリーム色の短パン。
ベージュのキャップを選んだ。
 
 よっしゃ!気合い入れて行こう!
 遊びじゃないんだ、少なくとも槇さんは本気なんだ。
 僕も気合い入れて真剣勝負するぞ!

 なんか学校で勉強するより、ワクワクするな…。
 
 ピロリロリーン。

 奈落からの連絡が入った。

『おっす!そろそろ、槇ちゃんが迎えに来るらしい。
 俺もこれから、そっちに向かうから準備しておけよ!』

『うん。わかった。
 もう準備万端だよ。』

送信。

『ナイス!』

 あ、今日は1つ目オヤジがお盆で股間を隠してるスタンプが送られて来た。
 これは…微妙…。

 奈落のセンスって難しい…。
 
 それから5分くらい過ぎて相変わらずのインターホンの音が響いた。

ピンポン!ピンポンピンポン!

 ピンポンダッシュの小学生の鳴らし方だと思うんだけど…。

「はーい。」

 ガチャ。

 ドアを開けた僕は少しの間固まった。

「ヤッホー!有村君!
 あっれー?奈落はまだか?」
「まっ!槇さん!?」

 インターホンの鳴らし方が同じだから、てっきり奈落だと思って油断していた。

「あのっ!えっと!まだですっ!」
「じゃあ、中で待たせて貰っていい?
 麦茶か何かあると嬉しいんだけど。
 さっきまで、外周りでさ。
 喉がカラッカラッ。」
「あ!どうぞ!今すぐ麦茶出します!」

 僕は半分パニックになりながら麦茶を冷蔵庫から取り出してコップに注いだ。
 槇さんは、仕立てのいいグレーの光沢のあるスーツを着ていた。
 紺のネクタイも決まってカッコいい!
 外周りってのは、仕事だよな。
 槇さんもあちこち、歩き回って仕事してるんだ。
 大人の男の感じをヒシヒシと感じた。

「どうぞ…。麦茶です。」
「ありがとう。
 いや~。生き返るね!」
 
 ゴクゴクと喉を鳴らして麦茶を飲んだ。

 ピンポン!ピンポンピンポン!

「あ!奈落が来ました!」
「ん??」
 
 僕は急いで玄関に駆け寄ってドアを開けた。

 ガチャ。
 目の前にはいつもと同じ、黒いスーツの奈落が現れた。

「おっ!槇ちゃんの方が早かったか。」
「いらっしゃい。奈落。」
「ヤッホー。奈落!」
 
 槇さんがコップをテーブルに置いて、こっちに来た。

 「しっかし、凄いね。
 有村君、インターホンで奈落がわかるんだ。」
「へっ?」
「えっと!あ…違いますって言うか…。
 遺伝ですか?
 槇さんも奈落と同じ鳴らし方だったから…。」
「ええっ?知らんかった!
 マジ!?そんなところ似てんの?
 槇ちゃんと俺!?」
「気が付かなかったな…。
 そんなところ似てるんだ…。
 ってか、有村君って本当に色々気がつくね。
 いや~いいよ!
 俺、そういうの大好き!」
「ええええっ!?」

 驚きの声を挙げる僕に奈落が突っ込みを入れた。

「有村~。
 槇ちゃんの『大好き』は日常茶飯事。
 軽過ぎて重さないから、安心しろ。
 意味のカケラもない。」
「おいおい!失礼だなぁ。奈落は。
 嫌いより好きの方がいいに決まってるだろ!
 それに、有村君を気に入ってるのは本当だ。
 うちの家系にいないタイプだからね。
 色々と勉強になるよ。」
「あ…ありがとうございます。」
「んじゃ。そろそろ、槇ちゃんの仕事場に行きますか。」
「そうだね。路駐してるから早く戻らないと。
 有村君、すぐに出られる?」
「はい!行けます!」

 僕は急いでリュックを肩に掛けて、2人の後を追うように家を出た。


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