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入学前
幻覚と現実の彼女
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歳を越して1月、4月からの担当が決まり、僕は新1年の特進クラスの担任とテニス部副顧問に決められた。
「担任さえ早いのに何で特進クラスなんだよ。地獄だ。」
職員室もザワザワして慌ただしい雰囲気の中、自分のデスクで思い切り項垂れてると清水先生が肘をツンツンとついて来た。
「いやいや~。教師不足のせいか嫌な仕事は若いやつにドンドン回されるね。
2年目ともなれば初心者では済まされないし。」
「そういう清水先生だって新1年の学年主任ですよ。
って、直の上司があんたですか?不安極まりないですよ、こっちは。」
「そんな不安の中、悪いけど来週推薦入試の面接官の1人やってもらうよん。」
「はい?推薦入試?面接官?無理ですよ!」
「大丈夫。大丈夫。入試って言ったって推薦だから99パーセントは既に合格決定してる様なもんだし。
面接官も頭数揃えてるだけで座ってればいいし、実際の質問は俺がやるし。」
「マジか~。」
「ちなみに、テストは小論文テストのみだから30分だけの試験官。
本入試よりも楽なはずだよ。」
「小論文テストの採点ってどうなるんですか?」
「ああ、それも形だけだから。俺が目を通して特に問題無ければ合格だよね。
あ、でもこれが結構楽しみでさ。
俺好みの文章の子は入学前からチェックいれるんだよ。」
「好みって…相変わらず下衆牧師ですね、清水先生は公私混同しまくりじゃないですか。」
「あはははは。それ位の特典が無きゃ教師なんて10年もやれねー訳だよ。」
「…。」
「そうそう。これ、関係書類。
外への持ち出しは禁止だからここで目を通しておいて。
願書とかだから大事にね。」
書類とバインダーを受け取ったがわざわざ前もって見る気にはなれなかった。
清水先生の様なよこしまな感情を持ち合わせていないせいか、自分が担任になるかもしれない生徒にすら興味は全くなかった。
だが、後に僕は後悔した。
このバインダーの中にある物が僕の運命をこれから変えて行くのだ…。僕の一生を…。
雪のチラつく1月中旬。
今日は推薦入試の日だ。
雨は嫌いだが雪は嫌いじゃない。ゆっくりと舞い落ちる粉雪は静けさと落ち着きをくれる。
在校生も殆どいない学校は僕にとっては天国だ。
今日は清水先生の主導で僕は特にする事は無いだろう。
無表情で面接官と試験官をこなせばいい。
うるさいガキ達の相手をしなくて済むからな。
少し気楽な表情で、テスト採点の赤ペンをクルクルまわす。
「武本!いよいよだな面接官デビュー!
9時から面接、休憩を挟んで10時30分から小論文テスト、11時過ぎに受験生を帰宅させてから、軽く面接官の会議。ってトコかな。」
満面の笑みで首から下げた十字架を指に絡ませながら清水先生が僕の肩をたたく。
「はい。僕は座って大人しくしてますから大丈夫ですよ。」
「そうそう。そして俺は生徒の品定めを。
ここのところ飛び抜けて俺の好奇心を刺激する生徒に出逢ってないんだよな。
今回、いるといいんだけど。」
この人、これが冗談じゃないから怖ぇよ。
性格がチャラいせいでごまかせてるけど本当なら訴えられてるぞニセ牧師!
「僕は清水先生のお気に入りが出ないように祈ってますからね。
あなたに気に入られたら学校生活が地獄化しますからね。被害者は僕までにして下さいよ。」
「相変わらず、キツイ毒吐くね。
まぁ、こんな仕事は気楽が一番だ。
さて、第2会議室でスタンバイしようか。
下ではもう受け付けが済む頃だからな。
岸もそろそろ上がってくるだろう。」
僕は資料とバインダーを片手に清水先生と職員室を出た。
会議室には職員室の椅子とは違うフカフカの高級そうな椅子が並んでいる。
会議室用の机を面接仕様に並べ替えた。
清水先生を中心に新1年の担任予定の教師である僕、岸先生が面接を担当する。
新1年の担任はスポーツ専門クラス、特進クラス、一般クラス合わせて全員で8名だが2人は部活顧問で外出、他の3人は現3年の担当の為卒業までの作業があり、推薦入試の仕事は僕らに一任されてしまった。
とはいえ、推薦入試は受験人数も30人と少ない。何事も無ければ楽な仕事なのかもしれない。
そして、9時になり面接が開始された。
かなりのハイスピードで面接が淡々と進められた。
元々、合格の決まってる様な生徒にこちらも特に聞く事もないせいか顔合わせたらハイOKな感じで緊張感のカケラもなかった。
そして、18番目…。
ゆっくりと会議室のドアが開いて冷たい風が室内に入った瞬間、おもむろに顔を上げた僕は息を呑んだ。
また…あの時の感覚だった。
時間が一瞬止まって見えた。
彼女だ…!!
あの、去年の夏の旧理科室で見た彼女の姿がそこにあった。
「18番、田宮真朝。藤中出身です。
よろしくお願いします。」
淡い藤色のセーラー服。
髪は後ろで束ねてポニーテールにしているものの、あの時と同じ存在感が感じられない表情。
後ろが透けて見えそうなほどの白い肌。
少し高めながらも意思の強さを感じさせる声で、彼女は真っ直ぐを見据えて言った。
幻覚じゃない…!
「ほう、田宮美月の妹か?全然似てないな。」
「はい。よく言われます。」
清水先生が上目遣いで彼女と書類を見比べた。
「なるほど。田宮姉の信用度は職員室でも高いし、成績では姉の上をいってるし、文句無しかな。
面接は以上だ。小論文テストの教室へ移動して下さい。」
「ありがとうございました。失礼します。」
他の生徒同様に早々に面接が切り上げられた。
「なっ…えっ…。」
僕の思考は一連の事に追いつかない!
パニックだ!!
現実に現れた幻覚だったはずの彼女。
慌ててバインダーの中の生徒情報を確認する。
18番。田宮…真朝…。
田宮美月の妹?って事はあの時、彼女は姉に連れて来られたのか?
いや、でも、だとしても…何故隠れる必要がある?姉も妹の存在を隠す必要があったのか?
何の為に?
本来なら姉の田宮美月に聞けば済むところだか、あいつがそう簡単に自分が隠そうとしてる事を話すタイプではない。
では、彼女に話し掛けて問いただしてみるか…って、出来るわけないじゃん!面識あったの今さっきだし!!変な教師って思われるに決まってる!
うぉぉ。モヤモヤする~。
それからの面接の記憶は一切なかった。頭の中の彼女と彼女に対する疑問がぐるぐると脳をかき回していた。
「ほい!以上で面接終わり!
じゃあ、武本は小論文テストの会場に作文用紙持って試験官ね。
そうそう、小論文のタイトルは『自分について』だからな。
俺は岸と職員室で一休みだ。頼んだぞ。」
清水先生は僕の動揺に気が付いていないのか、そう言うと岸先生と出て行った。
小論文テスト…。試験官って事は、彼女との接触のチャンスがあるかも。
とにかく、僕は急いで小論文テストの教室に向かった。
道中、自分の心臓の音が耳の中で鳴り響いてるかのように聞こえていた。呼吸も荒い。
そんな経験はあまりなかった。自分の身体ではないような変な感覚だ。
落ち着かなきゃ。最低、試験官としての仕事はこなさなくてはならない。
教室の前に行くと深呼吸して、緊張を解く。
教室の窓から中を覗くと生徒は既に自分の受験番号順に着席していた。
彼女は?
中央の1番後ろの席に落ち着い様子で座っていた。
もう一呼吸してから意を決してドアを開けた。
ガラガラと開けたドアの音に生徒達は視線を向けた。
彼女以外は。
彼女は無関心さながら 黒板の方を向いていた。
あの夏の日、僕と視線があった事など微塵も覚えていないのだろうか?
テンションが一気に下がった。
「あーえー。これから小論文テストを行います。今から作文用紙を配ります。
タイトルは『自分について』です。
時間は30分。
では1番前の席の人は用紙を1枚取ったら後ろの人に残りを廻して下さい。」
作文用紙が全員に渡るのを確認すると僕はタイマーを準備した。
「まず、タイトルと記名を書いて下さい。では、スタートします!」
タイマーをセットすると同時に、生徒達が小論文を書き始めた。
小論文だけにカンニングの心配もない。
僕は見回りするように、ゆっくりと彼女の席を目指した。
さっき、ととのえた呼吸が少し荒れる。
彼女に近づくに連れて手に汗をかきはじめる。
彼女の席を通り越し、後ろに立った。真ん中でテスト監視には丁度いい位置だった。
皆んな、集中してるせいか僕の行動が怪しまれる心配はなかった。
もう一度、彼女の顔を斜め後ろから確認する。
間違いなく彼女だった。
切れ長の目に長いまつ毛。小さい鼻に小ぶりのふっくらしたピンクの唇。透明に違い白い肌。漆黒の長い髪。
純日本人的な柔らかい頬の曲線。
姉とは全く似てない顔立に落ち着いた仕草。
セーラー服へとうなじから伸びた首すじに思わず顔が赤くなった。
どこ、見てんだ僕は…!
大体、僕が気になってるのはあの時の事についてで、特別な個人的感情で彼女を見てる訳じゃないはずだ!
落ち着け!子どもだろ相手は。
って僕は何を誰に言い訳してるんだ?!
モヤモヤが更に膨れ上がった。
彼女はスラスラと小論文を流れる様に書くと、ものの10分もしないうちに書き終えた。
そしてゆっくりとシャーペンを置くと、軽く瞑想するかの様に目を伏せた。
まただ!
時間が止まった感覚が再びした。
空気が…僕と彼女の周りだけが何もない空間にいるような不思議な感覚。
でも、嫌ではない感覚だった。
むしろ、しばらくこの中にいたいとさえ思えた。
窓の外の細雪だけがゆっくりと時間を刻んで行く…。
ピピ!ピピ!
タイマーが時間と空間を遮った。
「えー、1番後ろの生徒は小論文を
順番に集めて前の教壇まで持って来て下さい。」
僕は小走りで教壇まで戻った。
列ごとに生徒が小論文を手渡しにきた。
彼女がゆっくりと自分の列の小論文を僕に手渡す。
その時、やっと目があった。
切れ長だが瞳の大きな目が、真っ直ぐに僕との視線と重なった。
けれど、小論文を手渡すとすぐに視線を外し自分の席に戻って行った。
「以上で小論文テストは終了です。忘れ物のないように帰宅して下さい。結果は後日連絡します。お疲れ様でした。」
ガタガタと席を立つ生徒達。
僕は視線を彼女の席へと流す。
彼女はしなやかな仕草で席を立つて教室を出て行った。
彼女を追って僕も教室を出た。
胸のモヤモヤを解消したかった。
けれど、他の生徒の中にいる彼女に声を掛ける事なんて出来るはずもなかった。
個人的な関係性を疑う生徒がいたら彼女に迷惑が掛かるからだ。
喉まで出かかった声を抑えて僕は彼女の姿が消えるまで廊下に立ち尽くしていた。
4月になれば、会えるんだ。焦らなくてもチャンスはいくらでもあるだろう。
ただし、それまでこの胸のモヤモヤに僕は悩まされるんだろうな。
「はぁ。」
大きな溜息が漏れた。
職員室へ入り、清水先生に小論文テストを全て手渡した。
「ご苦労さん。小会議まで時間あるしお茶でも飲めば?
俺は入れてあげないけど。」
「自分でコーヒーくらい入れますよ。」
大き目の自分のカップにインスタントコーヒーを入れ始めた。
清水先生は小論文テストを流し読みしていた。
一息ついて席にすわり、コーヒーを一口。
混乱してる頭のリセットをしようとした時、清水先生が声をもらした。
「これは…!いいね。
田宮妹、ゾクゾクするくらい、俺のタイプだ。」
「ぶっ!!」
思わず、コーヒーを吹いてしまった。
「お気に入り決定だな。優先的に担任になろうかな。」
「な、何を言ってんですか!!」
「えっ何?まさか武本も彼女がお気に入り?でも、無理だぜお前は絶対に担任になれない。」
「そうじゃなくて、そういう目で生徒を見るなって…。絶対に担任になれない?」
「彼女、特進クラスは希望してない。一般クラス希望だ。
学校から出されてる成績は1番良いのに。親が分かってないんだろうな。
こんな小論文書ける中学生、滅多にいないぜ。」
そうか、僕は特進クラス担任。特進クラス希望者しか担任しない。
当たり前の事なのに何故だかショックを感じた。
今思えば、担任になれていたなら僕は運命を感じられたかもしれないという期待があったのかもしれない。
「その小論文、見せて下さいよ。」
軽く言った僕に、清水先生は少し眉を寄せて言った。
「ダメだな。それは。
お前だけじゃなく他のやつには見せん!
これは、俺と彼女の秘密だ。」
「はぁ?秘密って…恋人みたいな言い方やめて下さい!相手は中学生ですよ!」
「おやぁ?随分とムキになって。
私情を持ち出してるのは武本の方も同じに見えるけどな。
でも、彼女は渡せないな。」
「同じじゃありませんよ!全く違う!僕は…。」
「彼女持ちだろ、武本は。」
「あんたこそ!既婚者でしょうが!」
ニヤニヤとした清水先生とムキになって赤い顔をして立ち上がった僕の間に、岸先生が下から入り込む。
「そろそろ、小会議を始めませんか?お昼時間過ぎるの嫌ですし。」
モヤモヤが消えない。
それどころがどんどんと大きくなって行く。
4月になればどうにかなるのだろうか?
僕は彼女にあの夏の日の事を問いただせるようになるのだろうか?
彼女を知れば知る程、遠くに感じるのは何故だ?
清水先生という障害まで出て来たこの状況に、僕は不安で胸が押しつぶされそうだった。
「担任さえ早いのに何で特進クラスなんだよ。地獄だ。」
職員室もザワザワして慌ただしい雰囲気の中、自分のデスクで思い切り項垂れてると清水先生が肘をツンツンとついて来た。
「いやいや~。教師不足のせいか嫌な仕事は若いやつにドンドン回されるね。
2年目ともなれば初心者では済まされないし。」
「そういう清水先生だって新1年の学年主任ですよ。
って、直の上司があんたですか?不安極まりないですよ、こっちは。」
「そんな不安の中、悪いけど来週推薦入試の面接官の1人やってもらうよん。」
「はい?推薦入試?面接官?無理ですよ!」
「大丈夫。大丈夫。入試って言ったって推薦だから99パーセントは既に合格決定してる様なもんだし。
面接官も頭数揃えてるだけで座ってればいいし、実際の質問は俺がやるし。」
「マジか~。」
「ちなみに、テストは小論文テストのみだから30分だけの試験官。
本入試よりも楽なはずだよ。」
「小論文テストの採点ってどうなるんですか?」
「ああ、それも形だけだから。俺が目を通して特に問題無ければ合格だよね。
あ、でもこれが結構楽しみでさ。
俺好みの文章の子は入学前からチェックいれるんだよ。」
「好みって…相変わらず下衆牧師ですね、清水先生は公私混同しまくりじゃないですか。」
「あはははは。それ位の特典が無きゃ教師なんて10年もやれねー訳だよ。」
「…。」
「そうそう。これ、関係書類。
外への持ち出しは禁止だからここで目を通しておいて。
願書とかだから大事にね。」
書類とバインダーを受け取ったがわざわざ前もって見る気にはなれなかった。
清水先生の様なよこしまな感情を持ち合わせていないせいか、自分が担任になるかもしれない生徒にすら興味は全くなかった。
だが、後に僕は後悔した。
このバインダーの中にある物が僕の運命をこれから変えて行くのだ…。僕の一生を…。
雪のチラつく1月中旬。
今日は推薦入試の日だ。
雨は嫌いだが雪は嫌いじゃない。ゆっくりと舞い落ちる粉雪は静けさと落ち着きをくれる。
在校生も殆どいない学校は僕にとっては天国だ。
今日は清水先生の主導で僕は特にする事は無いだろう。
無表情で面接官と試験官をこなせばいい。
うるさいガキ達の相手をしなくて済むからな。
少し気楽な表情で、テスト採点の赤ペンをクルクルまわす。
「武本!いよいよだな面接官デビュー!
9時から面接、休憩を挟んで10時30分から小論文テスト、11時過ぎに受験生を帰宅させてから、軽く面接官の会議。ってトコかな。」
満面の笑みで首から下げた十字架を指に絡ませながら清水先生が僕の肩をたたく。
「はい。僕は座って大人しくしてますから大丈夫ですよ。」
「そうそう。そして俺は生徒の品定めを。
ここのところ飛び抜けて俺の好奇心を刺激する生徒に出逢ってないんだよな。
今回、いるといいんだけど。」
この人、これが冗談じゃないから怖ぇよ。
性格がチャラいせいでごまかせてるけど本当なら訴えられてるぞニセ牧師!
「僕は清水先生のお気に入りが出ないように祈ってますからね。
あなたに気に入られたら学校生活が地獄化しますからね。被害者は僕までにして下さいよ。」
「相変わらず、キツイ毒吐くね。
まぁ、こんな仕事は気楽が一番だ。
さて、第2会議室でスタンバイしようか。
下ではもう受け付けが済む頃だからな。
岸もそろそろ上がってくるだろう。」
僕は資料とバインダーを片手に清水先生と職員室を出た。
会議室には職員室の椅子とは違うフカフカの高級そうな椅子が並んでいる。
会議室用の机を面接仕様に並べ替えた。
清水先生を中心に新1年の担任予定の教師である僕、岸先生が面接を担当する。
新1年の担任はスポーツ専門クラス、特進クラス、一般クラス合わせて全員で8名だが2人は部活顧問で外出、他の3人は現3年の担当の為卒業までの作業があり、推薦入試の仕事は僕らに一任されてしまった。
とはいえ、推薦入試は受験人数も30人と少ない。何事も無ければ楽な仕事なのかもしれない。
そして、9時になり面接が開始された。
かなりのハイスピードで面接が淡々と進められた。
元々、合格の決まってる様な生徒にこちらも特に聞く事もないせいか顔合わせたらハイOKな感じで緊張感のカケラもなかった。
そして、18番目…。
ゆっくりと会議室のドアが開いて冷たい風が室内に入った瞬間、おもむろに顔を上げた僕は息を呑んだ。
また…あの時の感覚だった。
時間が一瞬止まって見えた。
彼女だ…!!
あの、去年の夏の旧理科室で見た彼女の姿がそこにあった。
「18番、田宮真朝。藤中出身です。
よろしくお願いします。」
淡い藤色のセーラー服。
髪は後ろで束ねてポニーテールにしているものの、あの時と同じ存在感が感じられない表情。
後ろが透けて見えそうなほどの白い肌。
少し高めながらも意思の強さを感じさせる声で、彼女は真っ直ぐを見据えて言った。
幻覚じゃない…!
「ほう、田宮美月の妹か?全然似てないな。」
「はい。よく言われます。」
清水先生が上目遣いで彼女と書類を見比べた。
「なるほど。田宮姉の信用度は職員室でも高いし、成績では姉の上をいってるし、文句無しかな。
面接は以上だ。小論文テストの教室へ移動して下さい。」
「ありがとうございました。失礼します。」
他の生徒同様に早々に面接が切り上げられた。
「なっ…えっ…。」
僕の思考は一連の事に追いつかない!
パニックだ!!
現実に現れた幻覚だったはずの彼女。
慌ててバインダーの中の生徒情報を確認する。
18番。田宮…真朝…。
田宮美月の妹?って事はあの時、彼女は姉に連れて来られたのか?
いや、でも、だとしても…何故隠れる必要がある?姉も妹の存在を隠す必要があったのか?
何の為に?
本来なら姉の田宮美月に聞けば済むところだか、あいつがそう簡単に自分が隠そうとしてる事を話すタイプではない。
では、彼女に話し掛けて問いただしてみるか…って、出来るわけないじゃん!面識あったの今さっきだし!!変な教師って思われるに決まってる!
うぉぉ。モヤモヤする~。
それからの面接の記憶は一切なかった。頭の中の彼女と彼女に対する疑問がぐるぐると脳をかき回していた。
「ほい!以上で面接終わり!
じゃあ、武本は小論文テストの会場に作文用紙持って試験官ね。
そうそう、小論文のタイトルは『自分について』だからな。
俺は岸と職員室で一休みだ。頼んだぞ。」
清水先生は僕の動揺に気が付いていないのか、そう言うと岸先生と出て行った。
小論文テスト…。試験官って事は、彼女との接触のチャンスがあるかも。
とにかく、僕は急いで小論文テストの教室に向かった。
道中、自分の心臓の音が耳の中で鳴り響いてるかのように聞こえていた。呼吸も荒い。
そんな経験はあまりなかった。自分の身体ではないような変な感覚だ。
落ち着かなきゃ。最低、試験官としての仕事はこなさなくてはならない。
教室の前に行くと深呼吸して、緊張を解く。
教室の窓から中を覗くと生徒は既に自分の受験番号順に着席していた。
彼女は?
中央の1番後ろの席に落ち着い様子で座っていた。
もう一呼吸してから意を決してドアを開けた。
ガラガラと開けたドアの音に生徒達は視線を向けた。
彼女以外は。
彼女は無関心さながら 黒板の方を向いていた。
あの夏の日、僕と視線があった事など微塵も覚えていないのだろうか?
テンションが一気に下がった。
「あーえー。これから小論文テストを行います。今から作文用紙を配ります。
タイトルは『自分について』です。
時間は30分。
では1番前の席の人は用紙を1枚取ったら後ろの人に残りを廻して下さい。」
作文用紙が全員に渡るのを確認すると僕はタイマーを準備した。
「まず、タイトルと記名を書いて下さい。では、スタートします!」
タイマーをセットすると同時に、生徒達が小論文を書き始めた。
小論文だけにカンニングの心配もない。
僕は見回りするように、ゆっくりと彼女の席を目指した。
さっき、ととのえた呼吸が少し荒れる。
彼女に近づくに連れて手に汗をかきはじめる。
彼女の席を通り越し、後ろに立った。真ん中でテスト監視には丁度いい位置だった。
皆んな、集中してるせいか僕の行動が怪しまれる心配はなかった。
もう一度、彼女の顔を斜め後ろから確認する。
間違いなく彼女だった。
切れ長の目に長いまつ毛。小さい鼻に小ぶりのふっくらしたピンクの唇。透明に違い白い肌。漆黒の長い髪。
純日本人的な柔らかい頬の曲線。
姉とは全く似てない顔立に落ち着いた仕草。
セーラー服へとうなじから伸びた首すじに思わず顔が赤くなった。
どこ、見てんだ僕は…!
大体、僕が気になってるのはあの時の事についてで、特別な個人的感情で彼女を見てる訳じゃないはずだ!
落ち着け!子どもだろ相手は。
って僕は何を誰に言い訳してるんだ?!
モヤモヤが更に膨れ上がった。
彼女はスラスラと小論文を流れる様に書くと、ものの10分もしないうちに書き終えた。
そしてゆっくりとシャーペンを置くと、軽く瞑想するかの様に目を伏せた。
まただ!
時間が止まった感覚が再びした。
空気が…僕と彼女の周りだけが何もない空間にいるような不思議な感覚。
でも、嫌ではない感覚だった。
むしろ、しばらくこの中にいたいとさえ思えた。
窓の外の細雪だけがゆっくりと時間を刻んで行く…。
ピピ!ピピ!
タイマーが時間と空間を遮った。
「えー、1番後ろの生徒は小論文を
順番に集めて前の教壇まで持って来て下さい。」
僕は小走りで教壇まで戻った。
列ごとに生徒が小論文を手渡しにきた。
彼女がゆっくりと自分の列の小論文を僕に手渡す。
その時、やっと目があった。
切れ長だが瞳の大きな目が、真っ直ぐに僕との視線と重なった。
けれど、小論文を手渡すとすぐに視線を外し自分の席に戻って行った。
「以上で小論文テストは終了です。忘れ物のないように帰宅して下さい。結果は後日連絡します。お疲れ様でした。」
ガタガタと席を立つ生徒達。
僕は視線を彼女の席へと流す。
彼女はしなやかな仕草で席を立つて教室を出て行った。
彼女を追って僕も教室を出た。
胸のモヤモヤを解消したかった。
けれど、他の生徒の中にいる彼女に声を掛ける事なんて出来るはずもなかった。
個人的な関係性を疑う生徒がいたら彼女に迷惑が掛かるからだ。
喉まで出かかった声を抑えて僕は彼女の姿が消えるまで廊下に立ち尽くしていた。
4月になれば、会えるんだ。焦らなくてもチャンスはいくらでもあるだろう。
ただし、それまでこの胸のモヤモヤに僕は悩まされるんだろうな。
「はぁ。」
大きな溜息が漏れた。
職員室へ入り、清水先生に小論文テストを全て手渡した。
「ご苦労さん。小会議まで時間あるしお茶でも飲めば?
俺は入れてあげないけど。」
「自分でコーヒーくらい入れますよ。」
大き目の自分のカップにインスタントコーヒーを入れ始めた。
清水先生は小論文テストを流し読みしていた。
一息ついて席にすわり、コーヒーを一口。
混乱してる頭のリセットをしようとした時、清水先生が声をもらした。
「これは…!いいね。
田宮妹、ゾクゾクするくらい、俺のタイプだ。」
「ぶっ!!」
思わず、コーヒーを吹いてしまった。
「お気に入り決定だな。優先的に担任になろうかな。」
「な、何を言ってんですか!!」
「えっ何?まさか武本も彼女がお気に入り?でも、無理だぜお前は絶対に担任になれない。」
「そうじゃなくて、そういう目で生徒を見るなって…。絶対に担任になれない?」
「彼女、特進クラスは希望してない。一般クラス希望だ。
学校から出されてる成績は1番良いのに。親が分かってないんだろうな。
こんな小論文書ける中学生、滅多にいないぜ。」
そうか、僕は特進クラス担任。特進クラス希望者しか担任しない。
当たり前の事なのに何故だかショックを感じた。
今思えば、担任になれていたなら僕は運命を感じられたかもしれないという期待があったのかもしれない。
「その小論文、見せて下さいよ。」
軽く言った僕に、清水先生は少し眉を寄せて言った。
「ダメだな。それは。
お前だけじゃなく他のやつには見せん!
これは、俺と彼女の秘密だ。」
「はぁ?秘密って…恋人みたいな言い方やめて下さい!相手は中学生ですよ!」
「おやぁ?随分とムキになって。
私情を持ち出してるのは武本の方も同じに見えるけどな。
でも、彼女は渡せないな。」
「同じじゃありませんよ!全く違う!僕は…。」
「彼女持ちだろ、武本は。」
「あんたこそ!既婚者でしょうが!」
ニヤニヤとした清水先生とムキになって赤い顔をして立ち上がった僕の間に、岸先生が下から入り込む。
「そろそろ、小会議を始めませんか?お昼時間過ぎるの嫌ですし。」
モヤモヤが消えない。
それどころがどんどんと大きくなって行く。
4月になればどうにかなるのだろうか?
僕は彼女にあの夏の日の事を問いただせるようになるのだろうか?
彼女を知れば知る程、遠くに感じるのは何故だ?
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