手の届かない君に。

平塚冴子

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夏休み

道化師の策略その2

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バスに小一時間揺られているとヒソヒソと牧田に声をかけられた。
「武ちゃん、薬箱とかある?」
「え?ロバート先生が持ってると…。」
「まーさ、車酔いしたみたい。」
「あ…。」
そうだ、彼女は見かけよりも身体が弱かったはず。
大丈夫だろうか?
「ロバート先生。薬箱とかありましたよね。」
僕は、1番後ろの座席で久瀬と話すロバート先生に声を掛けた。
「どうかしましたか?」
「田宮が車酔いをしたみたいで…。」
「あ!それは大変だー!
武本っちゃん薬と飲み物持ってくから、田宮の隣…隣で様子見ててよ。」
久瀬は勢いよく立ち上がると、僕をグイグイ引っ張り前の座席に連れて行った。
「銀子ちゃん、席変わってよ。
田宮は武本っちゃんが、ちゃーんと介抱するから。
あっちで、面白い話ししようよ!」
「面白い話し?するする!じゃあ武ちゃん真朝をお願いね。」
こらー!牧田!そんなアッサリと!
「ほら、武本っちゃん席に座って。
薬飲ませてあげなよ。優しくね。
クククッ」
こいつ…!
久瀬の事は腹が立つが、彼女の方が心配だった。
彼女は窓に寄りかかり、少し汗をかいていて息が荒い。辛そうだ。
「気持ちが悪いのか?」
顔を覗き込むが喋るのも辛そうだ。
小さく左右に首を振るだけで、精一杯って感じだ。
「ほい、水と薬。1番前列で二人きりだからって興奮しすぎないでね。」
「何で興奮すんだよ!」
久瀬からペットボトルの水と酔い止めの錠剤を奪うように取った。
久瀬が後ろの席に座るのを確認してから、僕は田宮のとなりに腰を下ろした。
「田宮、ほら薬!」
ちょっと、ぶっきらぼうに水と薬を差し出した。
「…。」
ペットボトルを持てないのか?身体に力が入らない様子に、僕は観念して、薬を田宮の唇に押し当てた。
僕の指が彼女の赤い唇に触れた。
あ…ヤバイ…ドキドキしてきた。
「ほら口開けろ。薬飲めよ。」
田宮はゆっくりと口を開き、薬を受け入れた。
なんか…なんか…エロくないか?このシチュエーション!!
いかん!いかん!そんな気はないんだ。
僕はペットボトルのフタを開けて彼女に水を飲ませた。
口から溢れる水の雫が、顎を伝って鎖骨を通り、胸元のすき間に落ちていく。
だからっ!勘弁してくれ!
興奮するつもりなんて全然ないのに、身体が熱くなってくる!息が苦しい…。
…誰も見てないよな…。
僕は落ち着く為に深くゆっくりと呼吸した。
久瀬も牧田も他の奴らも後ろの席にいて、僕らの姿はみえていない。

薬を与え終えて、10分くらい経っただろうか、彼女の表情が和らいできたようだ。
僕は、誰も見ていないのを確認してから、彼女を見つめ続けた。
2人だけのあの、求めていた空間がそこにはあった。
幸福感が胸に広がる。
「あ…!」
彼女が窓に寄りかかっていた体制から、ゆっくりと僕の肩の上に寄りかかり始めた。
寝返り…かな。
自然と彼女の顔が僕の右肩に乗った。

なんか…映画館の恋人同士みたいだ。
僕は、そっと彼女の頭に顔を近づけた。
シャンプーのいい香りがした。
彼女の髪に頬を当ててみる。
愛おしさが込み上げてくる…。
ダメだ顔が完全に緩みきってる…!
僕は手で口元を押さえた。
心臓の音が大音響で鳴っていた。
彼女に聞こえてないだろうか…。
目の前にある彼女の手を握りたい衝動にかられてしまう。
何を考えているんだ…僕は…。
この彼女の手を握る日なんて、きっと来ないのに。
僕は、誰も見ていないのを確認して彼女のおデコに軽く口づけした。

「さー着きましたよ!ウチの親戚経営の日本旅館。宿の裏を流れる川辺で撮影ロケーションバッチリ!部屋割りはもう決めてあるから…。」
久瀬は旅館の前で両手を広げた。
「コラァ!」
浮かれる久瀬に部屋割りの紙を押し付けた。
「あれ?武本っちゃん、ご不満??」
「何で!お前と2人部屋だよ!ざけんな!僕はロバート先生の部屋で寝るぞ!」
「あら、気がついちゃった?残念。」
こいつ!いつかぶん殴ってやる!
バスから田宮と牧田も降りてきた。
「銀ちゃん、後で一緒にお風呂入りましょうね。」
「うん、大浴場楽しみー!」
お風呂…。
「武本っちゃんのドスケベ~。今、思いっきり想像したろ?」
「ばっか…してね~よ!ガキの裸なんか興味ねぇ!」
本当は…瞬時に…想像しちまった。
「そうね。武本先生は大人ですものね。」
「…なんだよ。それは嫌味か?」
田宮の言葉にまた、反発してしまう。
「いいえ。そうじゃなくて、先生は私を嫌ってるみたいだし。」
そう言って彼女は牧田と旅館に入って行った。
「あ…ぇっ。」
ええ~ええ~~!!
「うはっ!あははは~~。
ダメだ耐えらんね!ウケる!マジウケる!!」
久瀬が大爆笑した。涙まで流してやがる!
くそっ!何でそう思うんだよ!…そりゃ、ちょっと…冷たい態度…取ったけど…。
僕は横目で久瀬を睨むと、機材を旅館に運び入れた。

旅館内に入ると、ロビーでロバが外国人に捕まっていた。
ハーフで見た目金髪のバリバリの外国人にしか見えないロバだが、思いっきり日本の田舎育ちで英語が話せない。
僕は、仕方なく間に入り英語で会話した。
どうやら、大浴場への通路を聞いていると判り、案内図を見ながら説明した。
「助かりましたよ~。
外国人は大きいし、英語は話せないしで怖くて怖くて。」
ロバが震えてる…シュールだなぁ。
せめて、名前をロバートじゃなく太郎とかにすればいいのに。
「へぇ。ロバート先生英語話せないんだ。
ちっちゃいし金髪で可愛い人形みたいだな。」
「久瀬…何狙ってんだよ!」
「やだなぁ。ヤキモチ妬かないでよ。
武本っちゃんも、ちゃんと愛してるよ!」
僕は無言で、久瀬に蹴りを入れた。

部屋への移動中、石井と牧田と田宮は楽しげに撮影についての打ち合わせをしていた。
「田宮も出演するのか?」
他の部員に聞いてみる。
「いいえ。田宮さんは撮影NGだそうで、裏方のお手伝いです。」
「撮影NG?恥ずかしいとか…?」
「武本っちゃん、んな事知らないの?
昔しっから田宮は基本、写真、動画全て記録に残るものはNGなの!
ま、証明写真とかは仕方なくだろうけど。」
「!」
僕は無意識に胸ポケットの手帳に手をあてた。
証明写真…挟んだままだ。
僕の…お守り…。

荷物を各自の部屋へ置き、裏の川辺で撮影するために機材を運ぼうとすると、田宮も機材搬入の手伝いにきた。
さっきまでのバスでの事が頭をよぎった。
「…田宮の分は僕が持つ。先に行ってろ。」
「でも、お手伝いしないと。
大丈夫です、結構力ありますから。」
イラっとして、機材を持とうとした彼女の手から、機材を奪い取った。
「…だから!また、体調悪くなってからじゃ遅いだろうが。
教師が側にいるんだから、少しは頼りにしろ!」
また、僕はやってしまった。
嫌ってる訳じゃないんだ…むしろ…。
また、図書室と同じ、困惑した表情で僕を見た。
「いや~。武本っちゃん、不器用すぎにも程があるって。
女の子には優しくしないとさ。」
久瀬が後ろから肩に手を掛けてきた。
「うるさい!黙れ!」
ちくしょう!
自分で自分が嫌になる。
彼女とまともに話せない。
意識し過ぎてる。
胸の奥がムカムカしてくる。
自分の気持ちのコントロールが効かない。

…キモチヲコントロールシナケラバ…。
…クウキヲヨメ…マワリニアワセロ…。

頭の中で何かの呪文のような声が聞こえた。

「おい!まて!水着なんて聞いてねぇ!」
僕は、渡された衣装に着替えた…がパーカーを羽織ってはいるものの…スポーツタイプの水着だった。
「えー川辺だよ、やっぱり水着でしょ。本当はブーメランパンツタイプがよかったんだけど…武本っちゃんナニのがデカイと困るし…。」
「何がデカくて困るんだよ!下ネタから離れろよお前はぁ!」
完全に久瀬の趣味を押し付けられた。
「水着がなにさぁー。着ぐるみの銀子ちゃんよりマシでしょー!」
後ろから、半魚人の着ぐるみを着た牧田がバシャバシャと川の水を足で蹴った。
やっぱり、面白動画だな、これは。

撮影が始まって2時間後、僕のシーンを先に撮り終えた。
「はい。お疲れ様です。飲み物どうぞ。」
田宮がお茶を持ってきてくれた。
「ああ…。」
彼女の手からペットボトルのお茶を受け取った。
普段なら、ありがとうの一言が軽く言えたのに…。
自分が歯がゆくて唇を噛んだ。
「先生…。お願いがあるんですけど。」
「えっ?僕に?」
田宮が僕に…お願い…。
「少しの間だけ、そこの岩に座って下さい。」
「何で…。」
「スケッチのモデルになって欲しいんです。」
「へっ。僕を描くのか?」
「ダメだったら、いいんです。
すいません、迷惑でしたよね。」
また、よそよそしい彼女の態度…。
あーもう!
「迷惑なんて一言も言ってないだろ!
あっ…いや。やるよ。」
僕は溜息をつきつつ、岩の上に膝を立てて腰掛けた。
「何で急に、僕なんかの絵を…。」
「うーん、色気が無いんですって、私。
色気ってよく解らなくて。
美人じゃないし、子供だし…。
先生は大人だから、何か描いたら色気ってわかるかな~って。」
スケッチブックの上で鉛筆が流れるように動く。
田宮か僕を見てる…そう意識するだけで…ヤバイ…緊張してきた…。
何で水着なんだよ僕は!
「右腕を膝の上に…そうだなぁ。
ものを考える感じで、口元に指を当てて下さい。」
「こう…か?」
「いい感じです。」
彼女が僕を見つめ、僕は描く彼女の姿に釘付けになっていた。
色気がないって…。
水面の反射が彼女の肌を照らす。
僕にとっては…魅力的で…官能的にさえ見えるのに。
緊張と興奮と幸福感が混ざり合う。
あぁ。時間が止まる…。

僕は彼女に恋していない…でも…自分で自分が解らなくなる程…
…好きだ…君が…愛おしい…。
恋じゃない…。

…コレハコイナンカジャナイ…。
                                                               
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