手の届かない君に。

平塚冴子

文字の大きさ
43 / 302
2学期

狂っていく僕、遠ざかる彼女その1

しおりを挟む
職員室へ行った僕への視線は痛かったがこれも2、3日で収まるだろう。
大した事じゃない。
「何だそりゃ。仮装のつもりか?葬式か?」
「おはようございます。清水先生。
僕なりに、金曜日の反省をしましてね。
教師として心を入れ替えようと。」
「金曜日の反省ね…。」
清水先生は出席簿を肩の上でトントンしながら、不快そうな目で僕を見ていた。
「文化祭は今週末だ。
出来るだけ協力してくれ。」
「はい。部活の方も休みなので。」
「……。」
そんなやりとりの中、矢口が素っ頓狂な声を上げた。
「どーしちゃったんすかぁ!武本先生。
インテリになっちゃって。
なんかイメージ悪い!」
「はぁ。たまにはいいでしょ。
気分転換ですよ。」
「なんか、俺は以前の方が好きだな~。」

矢口を連れて僕は職員室を出た。
僕が1年の廊下を歩いて行くと、生徒達がザワザワした。
「何、武本先生どうしたの?」
「彼女となんかあったのかな?」
「怖い~~。」
僕は冷静に歩いた。
葉月結菜が、僕の前に立ちはだかった。
「先生!カッコいい!でもどうしたんですか?」
「席に着け!」
僕は感情のない声で言い、葉月を避けた。
「きっついっすね。
もう少し優しくした方がいいですよ。
女子高生には。」
「……。」
僕は矢口を無視して1年3組て朝のホームルームを始めた。
僕の豹変した態度にクラスは水を打ったように静かになった。
この次の1時限目は1年4組だ。
大丈夫…この調子なら…。

ホームルームを終えると、生徒達が廊下でザワザワし始めた。
僕は矢口を連れて、隣の1年4組に早めに入った。
「武ちゃん!どったの?失恋でもしたの?」
牧田が跳んできた。
さすが、妖怪恋愛アンテナ!鋭い指摘だ。
しかし、僕は表情一つ変えずに言った。
「いや、子供っぽい事はもう、辞めたんだ。
結婚近いしな。」
「ふうう~~ん。
でも、武ちゃん。
辛そうだよ!」
「えっ…。」
牧田は吐き捨てるように言うと、田宮の席に歩いて行った。
田宮は朝と違って髪を後ろで結わえていた。
牧田と軽く話しをしていたが、すぐに始業のチャイムがなった。

授業中、3組とは違い4組ほザワザワし続けていた。
僕は簡単に例題をいくつか黒板に書いて、適当に当てた生徒に解くように言った。
ところが2問目の生徒が手を止めて動かない。
「武本先生!」
田宮真朝が手を挙げた。
「何だ、田宮。」
「2問目の問題ですが、まだ習っていない文法です。習うのは3ページ先です。」
「そうだな。しかし、高校にもなって、予習もしないのは問題だ。」
僕の冷たく、硬い答えにクラスが凍りついた。
「でも、全員が全員予習しなければならない校則はありません。
例え授業が1教師の采配に任せられてるとはいえ、思い込みでの例題は生徒には負担です。」
田宮の言葉にクラスが同調する。
「ウオ!田宮ナイス!」
「また、バトル?今日の武本強そうだよー!」
騒がしくなった。
「…では、代わりに君が答えてやればいい。君には答えが解ってるはずた。」
「…わかりました。」
田宮は、僕の横を通り過ぎ、黒板に答えを書いた。

あまりに、不思議なこのやり取りに、矢口もオドオドしていた。
生徒達のザワザワがいっそう強くなった。
「…正解だ。」
僕はそれだけ言うと、解説を簡単に済ませた。
生徒達の印象は最悪だろう。けれど、それでいいんだ。
きっと、田宮も僕を軽蔑したはずだ。
これで…いいんだ…これで。

昼休み、僕は食欲が全く無かった。
疲労感のあまり、誰とも話したく無かった。
旧理科準備室で昼寝でもしようと、鍵を開けた。
机の上にはフルーツキャンディの小瓶がキラキラ輝いていた。
僕は一口、キャンディを口にして丸イスに腰掛けた。
「はああ。」
溜息と同時にクッションに顔を押し当てる。

これで…彼女は僕を嫌いになるだろう。

そう思った瞬間、涙目になった。
これでいいんだと、自分に何度も言い聞かせた。

『…て…』

ふと、中扉の向こうから声が聞こえた。
誰かが歌ってる…?

『守り通して欲しかった…幾千年の時を超えて…キズがうずく程抱きしめていた…あの夜思い出して…』

少し高めの心地よい声で囁くように歌う優しい歌。
田宮真朝が、実験台に乗り、足をプラプラさせながら歌っていた。

『守り通して…キズがうずく程に…』

僕は中扉を背にして、歌を聞いていた。
そして、胸の奥で何かが騒めいていた。


今週は文化祭準備室の為に午後の授業は無かった。
清水先生との約束通りに僕は3組に自習をさせて、矢口と4組の手伝いに向かった。
「武本!ちょっと荷物を取りに行く、ついて来い。」
「はい。」
清水先生、男子生徒数人と工具やら脚立、大きい板などを運びこむ。
「しっかし、武本先生ってマジ、田宮と仲悪いよな。」
「ってか田宮もよくやるよな。負けてない。
男よりも男らしい!」
「言えてる!
田宮って、あんまり女子って感じないし。
サバサバしてるよな。ははは。」
男子が背中ごしに、僕をディスってた。
「また、やったのか。お前。」
清水先生が横目で僕を見た。
「大した事じゃないですよ。」
シラッと答えた。
僕は清水先生がチラチラと、僕を意識しているのを感じながら、それを無視していた。
大丈夫…これでいいんだ、これで。
そして僕の心の中から感情が消え始めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

処理中です...