手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

道化師の見解その1

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耳障りな叫び声や、派手な音楽で目が覚めた。
白い天井、白いカーテン。
「ああ、保健室か…。」
結構、長時間意識を失っていたのか、前夜祭が始まっていた。
「つぅ!」
頭から背中にかけて痛みが走る。
ゆっくりと、身体を起こした。
まだ、少しだけ頭の中がボヤけていた。
足元に、重さを感じて視線を送った。

「田宮…。」
田宮が僕の足元の方で、上半身をベッドの上に預けて眠っていた。
怪我は…してないみたいだな。
右手をそっと伸ばして、彼女の髪に触る。
そして、その手を頬に移動させた。
「よかった…。」
左手で布団を剥ごうとしたが、左手首に激痛が走った。
どうやら捻ってしまったようだった。
溜息をついて、田宮に気が付かれないように右手で布団を剥いで、ベッドから降りた。
腕を組んで窓の外の様子を見る。
お祭り騒ぎの生徒達が滑稽だった。
久しぶりに、緩やかな時間を感じた。
田宮の眠る顔を眺めて、自然と笑みが浮かんだ。
やっぱり…居心地がいい…。

危険…か。
僕が思う、この空気感が…彼女にとっては危険なのかもしれない。
僕が…深入りしてしまうのを…彼女は察知しているのかもしれない。
確かに…危険といえばそうかもしれない。
教師と生徒なのだ…倫理的に考えて…それは危険だ…。
冷静になれば、何ら彼女が僕から遠ざかるのは、おかしな事ではない。
……普通の事だ。

…ソウダヨ…フツウダヨ…。

『…だよ。…ダメだよ…先生。』

何だ!?今の…僕の頭に響く声に、被さるように彼女の声が響いた。

「…そんなバカな事はないか。」
ベッドにもたれかかり。彼女はまだ眠っていた。

ガラガラ。
保健室のドアを開けて、清水先生が入ってきた。
「何だ。起きて大丈夫なのか?」
「ええ。多少、手首を捻ってますが明日からは文化祭なので、問題ありません。」
「田宮が携帯で連絡をくれたから、直ぐに対応できたつもりだが、病院で診てもらった方が…。」
「本当に大丈夫です。
逆に清々しい感じですよ。」
「…彼女に手を出さなかったようだな。」
「当然でしょう。生徒ですから。」
迷いなく言う僕に、清水先生は眉をひそめたが、何も発しなかった。
明日からは文化祭だ…。

「ヤッホー!来ちゃったよ!武本っちゃん。
オールバックに黒メガネって、なんかインテリでうける~。」
派手な柄のアロハシャツにサングラスの遊び人さながらの奴が校門で手を振る。
文化祭当日の早朝から久瀬の顔を見るとは…。
無視しようとしたが、ガッツリと左腕を掴まれた。
「痛っ!!」
「あれ?ケガしてんの?」
「大丈夫だ。お前1人か?」
「途中まで、安東部長等と一緒でしたけど。
彼女とデートだしジャマでしょ。俺は。」
「…ああ、そうか。」
「何か、ありありだね。その顔。その格好。」
「…別に…と言いたいとこだが、お前の事だ。
しつこく聞くだろう。」
「何か、嫌だね~。
物分かりのいい武本っちゃん。
もっと焦らして欲しいのに…。」
「じゃあ、言わない。」
「あー!!嘘!嘘ー!すっごく聞きたいなぁ。」
僕は久瀬に全てを話そうと思った。
そして、もう全てを終わりにしようと…。

僕はESS教室の中に久瀬を案内した。
久瀬以外の奴には聞かせたくない話しだ。
ここなら防音だから安心だ。
「やだぁ!武本っちゃん、鍵までかけて~。」
ふざける久瀬に対応せずに、淡々と僕は
語り出した。
「僕は危険なんだそうだ…。」

僕は清水先生と田宮の会話を全て話した。
そして、僕の出した結論を伝えた。
久瀬は口を挟まず、最後まで聞いてくれた。
「う~~んん!?」
久瀬が唸った。そしておもむろに、口を開いた。
「あのさ~~。それ…。
【危険】の意味…違くない??」
「どう言うことだ?」
苦しそうな表情で久瀬は言った。
「んん~~。参ったな。
多分、勉強会の人間しか意味が理解出来ない感じだな~。
田宮慣れっての?え~~と逆説…みたいな。」
「判るように言えよ。」
「だから、田宮の癖なんだって!その、謎かけみたいなやつ。
直球で取るもんじゃないんだよ。
こう、もっと捻って…。」
「捻るって…。」

「ああああー!!なるほど。
…ははん。判っちゃった。すげぇな。俺!」
久瀬が決めポーズで僕にウィンクした。
「説明しろ!!」
「あ~。待て待て。焦るなっての。
順序よくね。
まずは、俺が武本っちゃんに会った時の話から…。」
「何でそんなに遡るんだ?」
人差し指を左右に振りながら語り出した。
「いーから。何で俺が初めに何故、武本っちゃんに興味を持ったか?
俺は武本っちゃんが言った、田宮があんたを嫌ってるってのに違和感があったんだ。
そもそも、田宮に【嫌う】と言う概念がないんだよ。
なのに武本っちゃんは、嫌われてると感じた。
判る?」
「さっぱり。」
「嫌うじゃなく、近寄らせない。遠ざけてる。
つまり、田宮と同じ死の世界に取り込まれないように…守ってたんだよ。
田宮はあんたを守りたいと、思ったんだよ。」
僕を…守りたいと…田宮が?
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