手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

彼女を守りたい

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「あ~~やっちまった!
しかも、学校内でだよ!
多分誰にも見られなかったとは思うけど!
どうしよう!
完全に嫌われたよな!くそっ。」
「はいはい。落ち着けよ武本っちゃん。」
僕は、テンパって久瀬に助けを求めた。
駅前のハンバーガー屋で久瀬と落ち合い、
隅の方に座った。
「はい!深呼吸して~。」
僕は深呼吸した。
「言ったろ、田宮には【嫌い】って概念ないから、そこは安心しろよ。」
「けど…。」
「むしろ、俺としては酔った勢いよりは全然マシだったと思うけど。
で…その水をかけたの…田宮 美月じゃないよね。」
腕組みしながら、久瀬は言った。
「えっ…じゃあ誰が?」
「田宮 美月ほどの女が、そんな目立つ事するかよ。
表沙汰にするわけないだろ。
だから他の誰かだよ。」
「誰なんだ…。」
「まぁ、チープな子供っぽいヤキモチみたいな感じが取れるけどね。
心当たりない?
田宮に対してそんな感情持つ生徒とか?」
「ヤキモチって…葉月 結菜!?」
待て、葉月だとしたら…僕のせいで…彼女があんな目に…。
「やっぱり、いるんだ心当たり。
ま、でも田宮はンな事で怒ったりしないさ。
なんせ、あいつは不幸の貯金をしてんだからな。」
「不幸の…貯金…??」
「そっ、不幸の貯金…。
彼女の死の世界を完成させる為にはそれが必要なんだ。」
久瀬は奥歯を噛み締め、辛そうに言った。
そうだ…!
僕は以前、彼女の口から似たような事を聞いてる…。
「でも、僕のせいで彼女が…。
葉月には僕の方から何とか…。」
「辞めろよ!武本っちゃん。
あんた本当に田宮をまだわかってないな。
何で雨なんて言ったと思う?」
「えっ…葉月をかばう為じゃ…。」

田宮の言葉をそのまま聞いちゃいけないよ…捻りがあってさ…。
捻り…もっと捻れって事は…!!
「わかったよね~武本っちゃん。」
久瀬はニンマリ微笑んだ。

「あ…僕を…かばう為だったのか…?」
「大正解!!」
久瀬は僕を指差した。
彼女が…僕の事を!?
ダメだ喜んじゃ…でも…でもメチャクチャ嬉しいいい~!
僕は必死で顔が緩むのを抑えた。
「あはは本当、16歳に翻弄される25歳なんて。
武本っちゃんって可愛いな。
安東先輩いなかったら、マジ惚れてるわ俺!」
「惚れるな!勘弁しろ!」
僕はごまかすようにハンバーガーを口に入れた。
「順調、順調。
やっと武本っちゃんの意思で行動出来たってのは。
成長してるって事だよ。
25歳にしては遅いけど。」
「お前は成長、早すぎだ!」
だけど、久瀬がいて助かった。
本当に16歳かと思う程、久瀬は成熟している。
清水先生に相談出来ない今は、唯一の相談相手だ。

マンションに帰って、部屋が片付いている事に気がついた。
香苗が来たのか…。
香苗にはどうしても、判ってもらわなければならない。
僕はもう…田宮 真朝しか愛せないという事を。
僕の周りはすでに彼女の事を中心に動いてる。
香苗に心変わりする事はもうないと確信出来る。
この恋が成就する可能性はかなり低いけど…。
僕は自分の唇を指でなぞった。
彼女との2度目のキス…確かに僕の気持ちが乗っていたキスだった。
彼女はどう受け止めただろうか…?

翌日、2時限目後の中休み僕は、旧理科室で天使の人形の2体目を棚に隠すように置いた。
1体目が動いてないので、まだ彼女は気づいていない。
僕は人形を仕掛けて、すぐに職員室へと引き返した。
職員室前…田宮が立っていた。
うっ。今、会うのは…。
昨日のキスがフラッシュバックした。
「田宮ちゃ~~ん!お待たせ!」
ガバッ。
清水先生が職員室から出た途端、彼女の背中から抱きついた!
なっ!何してくれてんだ!
「先生、ふざけないで下さい。」
田宮は淡々と言った。
「ほーい。」
清水先生はわざと僕の方を見て、挑戦的に笑った。
「……。」
僕は無言で2人の横を通り過ぎた。
腹の中は煮えくり返っていた。
田宮も、もっと怒れよ!セクハラじゃんか!
って…僕はキスしたけど…。
ふくれっ面のまま、僕は自分の席に着いた。
しばらくして、清水先生が席に戻って来た。
「清水先生、セクハラですよ。アレ。」
「大丈夫だよ。
お前と違って俺と田宮には信頼関係があるからな。」
なっ!そりゃ僕には信頼関係ないですよ!
本当に嫌味だな!
「そうですか…。で、清水先生の方の問題は片付きそうなんですか?」
「いや、まだちょっとな。」
「岸…先生の事じゃないですよね。」
「誰が貴様に教えるか!
お前は黙って機関誌作ってろ。」
「先輩として、どうなんですかね。
その態度。」
「知るか!俺は手一杯なの。」
相変わらず、勝手な理屈に勝手な態度だ。
僕は次の授業の為に席を立った。

昼休みに入って、廊下で葉月が僕に声を掛けて来た。
「先生!お昼一緒にいかがですか?
2人きりが嫌なら他の人も誘いますから。」
「あ…。」
僕は、断わろうとして辞めた。
ここで、葉月に冷たくすれば、田宮にまた何かするかもしれない。
田宮 美月も監視が必要だが、葉月もまた監視が必要だ。
僕が田宮を守らなければ…。
「わかった。後から食堂に行くから、数人集めておけ。」
「本当ですかー!わかりました!」
葉月は嬉しそうに駆けて行った。
「はぁ。」
溜息をついて振り返ると、廊下の向こう側に田宮 真朝の姿があった。
一瞬、視線が合ったものの、彼女は反対方向に歩いて行ってしまった。
僕は君を守りたい…。
僕は胸の中で強く願った。

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