手の届かない君に。

平塚冴子

文字の大きさ
上 下
59 / 302
2学期

君を守る為に

しおりを挟む
僕は気乗りはしなかったが、葉月との約束の為に昼食を取りに食堂へと向った。
葉月の機嫌を損ねて、田宮に嫌な思いをさせたくはない。
彼女に、僕のせいで傷ついて欲しくない…。
僕は自分の行動を考えなくてはいけないと感じた。
例え、それが嘘をつく事になっても…。

「先生!こっち!私の隣に座って。」
葉月は僕の腕に絡みつくようにやって来た。
いつもなら、絡みつく腕を剥がすところだか、僕はそれをしなかった。
葉月の友達3人の女子とテーブルで一緒に食事をする事になった。
3人共、1年3組なので別に気兼ねはいらなかった。
姦しい、女の子4人の話を受け流しながら、僕の視線は田宮 真朝を探していた。
「葉月、お前昨日、機関誌作製委員会が終わってからどこにいた?」
一応聞いてみた。正直に話すとは思えないが、確認は必要だと考えた。
「あ、すぐに帰ったかな。」
やはり、曖昧な返事だ。これで昨日、田宮を水浸したのは葉月だと確信出来た。
「そうか…似た奴を見たんだが人違いか。」
「えっ…。そうなんですか。」
明らかに、焦る態度を葉月は取った。
チープなヤキモチ…確かに久瀬の推理どうりだ。
「先生!私、どうしても聞きたい事があるんです。」
「何だ?言ってみろ。」
「田宮さんの事…先生の態度が気になって。田宮さんの事、気に入ってたりしませんよね。」
「…嫌いなタイプだよ。僕に合わないタイプなんだ。」
僕は思い切り嘘をついた。
「そうだよ、葉月の勘違いだって。
4組だって、2人の仲は最悪だって噂してんじゃん。」
友達の1人が笑いながら言った。
「考えすぎだ葉月。
僕は大して田宮の事なんか気にしていない。」
さらに嘘ぶいた。
瞬間、僕の眼は通り過ぎる彼女を捉えた。
…多分彼女にハッキリ聞かれただろう。
でも、これでいいんだ。
敵を欺くには…田宮…君に嘘をつき続けなければならない。
胸の奥がズキズキと悲鳴を挙げていた。
「ですよねー。あ~スッキリした。やっぱり武本先生は私の物!」
葉月は僕の腕に胸を押し付けてきた。
「…。葉月、今度僕に昼飯作ってくれるか?」
「ええ!いいの?作って来ます!」
葉月は大声で喜んだ。
おそらく田宮の耳にまで入っただろう。
「楽しみにしてるよ。」
彼女を守る為なら、どんな嘘でもついてやる…。
僕1人が傷付けばそれで、いいのだから。

昼食後、牧田が職員室に入って来て、僕に話しかけた。
「これ、真朝がついでに武ちゃんに渡せってさ。」
「これは…。」
キチンとアイロンをかけられた白衣だった。
「コスプレでもしたの?」
「いや、ちょっと貸しただけだ。」
「んんんんん?武ちゃんなんか…呪われてんよ。」
また変な事言い出すな。妖怪のくせに。
「呪われって…誰にだよ!」
「頭の周りに黒ぉーいモヤモヤ!銀子ちゃんがお祓いしてあげる!」
「はっ?」
「てえぇえい!」
牧田は僕の頭にチョップを食らわした。
「うわっ!何すんだよ。」
「人生、もっと楽しむのねん!じゃあね。」
牧田は白衣を置くと風のように立ち去った。
人生…楽しむか…。
僕の人生はお先真っ暗だ…ははは。

「武本先生、武本先生。」
急にロバート先生が話しかけて来た。
しかも、コソコソしていて何か変だ。
「実は3年の女生徒が教師と付き合っていると、電話でタレコミがあったそうで、3年の教師に厳戒令が出てましてね。
武本先生、何か聞いた事ありますか?」
「あ、嫌何も…清水先生も何も話してくれなくて。」
岸先生の事がバレてるんだ!大丈夫なのか?覚悟はあると清水先生は言っていたけど…。
僕は不安になった。
せめて、佐藤が卒業するまではと願っていたのに…。
「今のところ、噂止まりなので何とも言えませんが、武本先生も気をつけて下さいね。若いんですから。」
「はぁ。気をつけます。」
バレる前に何とか岸先生と話しが出来ればいいんだか…。
しかし、下手に動けば清水先生に見つかるし…。
「おい!武本!」
清水先生に呼ばれて、ちょっとだけビビってしまった。
タイミングが~。心臓に悪いわ~。
「今晩開けとけ!」
「はっ?」
「今晩開けとけって言ったんだよ。呑みに行くぞ!」
「えっ…。」
僕は驚いた。清水先生にはもう誘われないと思っていたからだ。
でも、岸先生の事も気になるし。
こんなチャンスを逃せない。
「判りました。ご一緒させていただきます。」

放課後、僕は授業で使う資料の為に図書室で本を選んでいた。
ふと、奥を見ると田宮 真朝が何冊かの本を机の上まで運んでいた。
何の本か判らない。
僕はしばらく様子を伺った。
パラパラ…パラパラ。
流し読み?速読?適当にパラパラめくっている様にしか見えない。
一冊終わると本の上に手を置き、まぶたを閉じる。
そしてまた、次の本も同じ仕草をした。
わかんね~。何してんだよアレ。
僕は好奇心に負けて、彼女に近付いた。
「何してんだよ。本を読んでる風には見えないぞ。」
「情報を…自分に必要と思われる情報だけを頭に入れているんです。」
「ん?サッパリわからんな。」
僕は、近くにあった本を一冊持ち上げた。
「インカ文明の謎…?」
「インカ文明は…文字を使用せず成功した数少ない文明のひとつです。」
「それが…必要…?」
「文字が無いという事は対人コミュニケーションに長けていたと推測されます。
相手の表情、骨格と筋肉の動き、仕草を瞬時に感覚的に理解出来たと…まぁ仮説ですけど。」
「現代が文字に依存しすぎてると?」
「さあ…どうでしょう。」
「変わってるな…。」
「お褒めの言葉と受け取っておきます。」
彼女はまた、本をパラパラとめくり始めた。
僕は彼女の頭を撫でたい衝動を抑えて図書室を出た。
図書室の扉にもたれ掛かった。
彼女が愛おしい…。
本当は抱きしめて、連れ去りたいくらいに…。
けれど、僕は嘘を突き通すと決めたのだ。
一呼吸置いて僕は、清水先生との約束の為に職員室へと向かった。
しおりを挟む

処理中です...