手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

僕は嘘つきだから

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月曜日になり、今日はまた機関誌製作委員会がある。
写真の選考をしなければならないので写真データを持参しなければ。
「風邪治ったかな…。」
今日は1年4組の授業が無いので、彼女の様子は見る事が出来そうもない。
朝は旧理科室にいたものの、うつ伏せで寝ていて様子がわからなかった。
「おっす。武本、よく眠れたか?
連れて帰んの大変だったんだぞ。」
「はぁ。すいませんでした…っくしゅん!」
「風邪かぁ?」
風邪…!!田宮に伝染された風邪か?
マジ伝染った…。
「あ、薬を飲めば治ります。ハックシュン!」
「2日酔いの次は風邪かよ。
若いのにだらしないな。」
「すいません。」
僕はテッシュの箱を抱えて言った。
「お前…酔った時、田宮の名前言ってたぞ。」
清水先生が爆弾を投げてよこした。
「はああ?何て…言ってました…僕。」
「…ここでは言えないな。ヤバすぎて。」
「いや!マジ何て言ったんですか!」
僕は清水先生に食い付いた。
「後悔…するぞ…。」
「えええ~。」
まさかキスのことじゃ…。
「『田宮~僕は男好きじゃない。
ロリコンでもないんだ!』って。」
「何…それ。」
自分のセリフにドン引きした。
「だから、後悔するって言ったろ。」
はい。別な意味で後悔しました。
「おそらく、機関誌製作委員会の塚本と望月に男好きを疑われたからですね。はぁ。
また今日も委員会があると思うと憂鬱ですよ。」
「まあ、今のその黒づくめの格好も余計、喜ばせるんじゃね。」
清水先生は面白がって僕をかまった。
「ハックシュン。ヤバ…マジ、薬を飲んで来ます。」
「ほらよ、マスク俺からの、お見舞いがわりだ。」
清水先生は自分の机の中から、新しい使い捨てのマスクを出してくれた。
安いお見舞いだよ。まったく。

僕は風邪薬を飲んだ。
本当に…田宮のが伝染ったんだ…。
僕は病気なのに変に嬉しかった。

昼休み、廊下で葉月 結菜に呼び止められた。
「先生。ほら、約束通りにお弁当。
持って来ました。」
「あ…。悪い。風邪引いてるから、一緒には…。」
僕は口のマスクを指差した。
「いいんです!私のお弁当で栄養つけて下さいね。」
「ありがとう。」
僕は葉月の弁当を受け取った。
廊下では何人かの生徒もそれを見ていた。
多分、噂は田宮の耳にまで届くだろう。
僕は内心、葉月にウンザリしながらも嘘を付くために弁当を職員室まで持って行った。
これが…田宮の作った弁当だったら僕は天にも上る気持ちなのに…。

職員室で、僕は葉月の弁当を食べる気にはなれず、机の上でうつ伏せで溜息ばかりついていた。
清水先生が戻って来て僕の机の上の弁当を見た。
「これが、さっき廊下で聞いた噂の弁当だな。
葉月だって。モテるな。」
「食欲ないんで、食べたければ食べていいですよ。
葉月にはごまかしておきますから。」
「お前…。やっぱり何かあったな。」
「別に…。」
僕が彼女を守るにはこんな事しか出来ないんだ。
「ふ~~ん。じゃ、
俺のおにぎりと交換しよう。
握り飯くらいは食え。
午後の授業に差し支える。」
「はい。」
僕は清水先生のおにぎりと葉月の弁当を交換した。
食欲自体ないんだが…。
清水先生の手前、おにぎりを一口食べた。
ん、んん?あれ…この…おにぎり…。
「せっかく、田宮に無理に作ってもらったのに、まさかお前に食べられるとはな。
ま、病人だから勘弁してやる。」
田宮の…彼女のおにぎり…。
確かに…あの夏休みの終わりに食べた…懐かしい味。
優しくて、ちょうどいい塩加減の小振りのおにぎり。
食欲がないはずなのに、僕はペロリと3個のおにぎりを食べてしまった。
田宮の味だ…。
そう思うだけで僕は幸せで、胸がいっぱいになった。

清水先生が弁当を食べてくれたおかげで、葉月の機嫌を損ねる事は避けられた。
放課後、僕は機関誌製作委員会に出席する為に写真データを持って職員室を出た。

教室内には生徒がすでに着席していた。
僕は何時もの田宮の隣に座った。
「では、武本先生も来た事ですし、前期の写真データの選別をしたいと思います。」
僕は書記の田宮に写真データを手渡した。
「…体調大丈夫ですか?」
マスクをしてる僕に田宮が聞いてきた。
「あ、まぁ。」
「体調管理はちゃんとして下さい。」
冷たい口調でダメ出ししてきた。
「はぁ!?って!田宮が…。」
思わず叫んでしまった。
すかさず、委員長の塚本に叱られた。
「武本先生!そもそも、マスクしてるんですから静かにして下さい!」
ちくしょー。自分が伝染したくせに!
僕はふくれっ面で田宮を見た。
小刻みに肩が震えていた。
クスクス笑ってる…。
可愛いから…いいか…。
マスクの中で僕の口は緩んでいた。

写真選出の為にノートパソコンが4台用意されていて2人で1つのパソコン上で写真を選ぶ事になった。
予想通りに、席の関係から僕と田宮が同じパソコンを見る事になった。
今日は左隣に葉月が座っていて、物凄い目でこちらを見ていた。
まったく…。
「では、球技大会の写真から選んで行きたいと思います。
清水先生がかなり躍動感ある写真を撮って下さいました。
より良い物を選んで下さい。」
塚本の指示で、僕らは写真を選び始めた。
「躍動感あるって…清水先生の趣味丸出しじゃねぇか?」
「そうですね。女生徒が多いですね。
あ、武本先生は男子生徒の方が良かったんですね。」
「お前なぁ~。そのネタ引っ張りすぎだぞ!」

「これなんか、どうですか?」
「!!」
彼女は田宮 美月の写真を見せた。
「…却下!!」
よりにもよって田宮 美月なんか選ぶなよ!
「う~ん。先生の趣味ではないんですね。」
「趣味で選んでねー!
さっきから突っかかるな!っクシュ!」
忘れた頃にくしゃみが出た。
「先生!!大丈夫ですか~?
写真は田宮さんに選んで貰って、早めに上がった方が良いですよ。
なんか田宮さん、先生をいじめてるみたいだし。」
左にいた葉月が口を出してきた。
また、変な時に首を突っ込んでくる!
「そうですね。
私じゃ先生のお身体に悪いでしょうから。」
田宮が葉月の提案に乗って来た。
僕は迷った。
本当はもっと…2人で…写真を見て、ああだこうだ言っていたいのに。
くそっ!
「そう…だな…今日は早く帰るよ。
葉月が心配してくれてるからな。」
心にもない言葉を僕は胸の奥から出した。
そして、葉月の頭をポンと軽く叩いた。
田宮のいる前で…僕は…。
「委員長!武本先生、体調不良で早退させて下さい!」
葉月が言った。
「判りました。
先生といえど無理は禁物ですし。」
僕は田宮の顔をチラ見した。
無表情で写真を選んでいる。
ヤキモチでも妬いてくれれば、少しは救われるのに…。
「先生、私が職員室まで送って行きます。」
「あ、ああ。」
もう、どうでもよかった。

葉月は僕の腕に絡み付きながら廊下を歩いた。
「先生、私とのキス覚えてる?」
葉月がいきなり聞いて来た。
田宮とのキスばかり考えてて、忘れてたがそんな事があったな。
「あ、ああ。僕も困るし、その事は…。」
「今度は先生から…してもらいたいな…。
先生のキスの仕方を教えて下さい。」
「!!」
葉月が潤んだ瞳で僕を見つめて来た。
どうしたらいい…。
ここで冷たい態度を取れば…でも…。
……田宮…。

「おー!廊下では乳繰り合うなよ!
教師の職を失うぞ!」
清水先生が通りかかった。
助かった…。
僕は安堵の表情で清水先生に感謝した。
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