手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

恋のレッスンその1

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翌早朝、僕は旧理科室の天使の人形を一体増やした。
彼女の心に今や触れる唯一の手段だ。
次はなんて書いて来るかな。
…そういえば、キスしてたよな…人形に。
人形をひとつ手に取った。
周りをキョロキョロ見渡してから、そっと僕も人形にキスをした。
「はっ。こらだからガキなんだよな。僕は。」
ひとりで照れながら、人形を棚にしまった。

旧理科準備室で白衣を羽織り、コーヒーを入れた。
「あ、もう。残り1個か。」
田宮がくれたキャンディの小瓶を見つめた。
「結構大切に、少しづつ食べてたんだけどなぁ。」
少し残念だった。
もう、彼女が僕に何かくれるなんて事ないだろう。
彼女があげるべき人は金井先生だ。
ツンツン。
小瓶を突いた。
足音が近づいて来た…彼女の足音だ。
きっと、金井先生のお弁当を持って来てるんだろうな。
玉子焼きとか入ってるかな…おにぎりかな…。
僕にはもう食べる権利ないからなぁ。
食べたいな…田宮の弁当…。

僕は小窓を覗く元気がなかった。
机の前の壁をクマのクッションを抱きしめながら、じっと見つめた。
壁にそっと手を伸ばして触れた。
僕の前に立ちはだかる壁は厚いな。
そして崩れる事もないんだ。

職員室に向かう途中で、僕は待ち伏せしていた牧田に捕まった。
牧田は小さな体でグイグイと僕を引っ張って廊下の角まで連れて行った。
「朝のミーティングに遅れる!離してくれ!」
「逃げないでちょ!ニセ学者先生のお弁当作れって言ったの?真朝に!」
「あ…言った…。」
僕は牧田から視線を外した。
「最近の武ちゃん変だよぉ!」
「変って…。」
なんか牧田に言われると腹立つ。
「本気でニセ学者先生と真朝をくつっけるつもりなの ?」
「それは…その方が田宮の為だろ!金井先生は大人だし、頭いいし、抱擁力だって!」
あ…なんか自分で言って、ヘコんできた。
僕は全然勝てない…。
「そう!そっちがその気なら、もう武ちゃんには協力しないからね!ベェ~!」
牧田は怒って走り去った。
僕はその場にしゃがみ込み、頭を抱えた。
僕じゃダメなんだよ…。
「はぁ。」

「あら、ゴキブリかと思ったら武本先生。
おはようございます。」
「誰がゴキブリだよ…!」
僕は勢いよく立ち上がった。
げっ…田宮 真朝。
「だって、黒ずくめでそんな端っこで丸くなって。
ああ、ゴキブリじゃなくてダンゴムシかしら?」
「どっちも、褒め言葉じゃないのは確かだぞ!」
「褒めて欲しいんですか?」
「なっ!なんで僕が田宮に褒めて貰わなきゃならないんだ!」
そりゃ…褒めて欲しいけど。
また、売り言葉に買い言葉だ…。
「う~~ん。じゃあ、笑ってて下さい。
好きな女人のこと考えてでも。
その方が似合ってます。」
「えっ…。」
「泣きそうな顔すると、先生パグ犬そっくりになっちゃうから。」
「パグ犬、パグ犬言い過ぎだろ!この前から!」
「パグ犬可愛いですよ。
私嫌いじゃないです。ふふふ。」
「!!」

なんで、いつもそうやって思わせぶりな態度取るんだよ。

彼女は自分の教室に消えて行った。
僕は複雑な心境のまま、職員室へと向かった。

職員室では朝のミーティングを簡単に済ませた。
ホームルームまで少し時間が空いたので、自分の席に座ってコーヒーを飲んだ。
隣で清水先生がなにやらレポートを読んでいた。
「金井先生に3年の不登校児について調べてもらってるんだが…さすが田宮 美月、シッポを掴ませないらしい。」
「金井先生のレポートですか?」
「ああ、情報収集するのに適してるからな。」
「仕事出来るんですね。完璧じゃないですか。男として。」
「そうだな。お前の負けだな!」
そこまで、ハッキリ言うか普通。
「はぁ。わかってますよ。自分でも。」
僕は1番下の引き出しから、書類を出そうとした。
「あれ…。」
ちょっと待て!目の錯覚かも…。
一度引き出しを閉めて、再び開けてみた。
これ…これ…!この巾着!
「ああ、それ。田宮が入れてったぞ。
弁当。」
「なんで言ってくれないのかな!見てたんなら!」
「面白いかなぁと思って。」
このニセ牧師はぁ!
お弁当にはメモが入っていた。

『日曜日のお礼なら武本先生にもしないといけないので食べて下さい。
また、色々教えて下さい。         田宮 真朝』

うわぁ。
もう2度と食べられないと思ってた分、感動した。
でも…色々教えてって何か…超エロくないか?このフレーズ。
僕以外なら勘違いされるぞ!まったく、こういうところが子供なんだ。
僕が教えられる事なんて……あんな事やこんなこと…。
ヤバい妄想が膨らみそうだ!
「お前…かなりのムッツリスケベだな。」
清水先生が引き気味で呟いた。
「なっ!後輩に言うセリフですか!それ!」
確かに顔がメチャクチャ赤くなってた。
教室に着くまで収まってくれ!

昼休みになり、僕は旧理科準備室で田宮の弁当をコソコソ食べていた。
誰かに邪魔されるのは嫌だったからだ。
「今頃、2人でイチャイチャしながら食べてるだよな…弁当。」
そういえば…僕は2人きりで昼食を食べたのは屋上でのチョコレートと文化祭のたこ焼きの時だけだ。
カレーを食べてた時は金井先生が入って来たし…。
夜に学校で一緒に食べたハンバーガーだけが唯一の2人のちゃんとした食事だった気がする。
でも大した話ししなかったなぁ。

金井先生と2人きりだと、どんな話しするのかな…。ちゃんと話せてるのかな…。
笑って…話してるのかな…。
金井先生…田宮に食べさせて貰ったりしてるのかな…。

はああ。
自分からそうさせたんだよ。解ってますよ。
でもね、実際となるとやっぱり…。
僕は自分の嫉妬心にムカついた。
奥歯を噛み締めて手帳の写真を見つめた。
「これで…いいんだよな。」

ブルルルブルルル。
携帯が鳴った。
「えっ…田宮ぁ?」
彼女からの電話だった。
「おい!何で今電話かけてんだよ!」
「いきなりそれですか…。
ちゃんとお弁当金井先生に渡しましたよ。」
ちょ、ちょっと待て!
渡しましたよってそれはつまり…。
「一緒に食べなかったのか?」
「…食べてません。だって…。」
「一緒に食べなきゃ意味ないだろ!」
「だって、先生。そう言わなかったじゃない。
お弁当作れしか…。」

ああ。またかよ…。
「嘘だろ…。あのな~田宮。
そこは、渡す時に、一緒に食べましょうって誘うんだよ。」
「…ごめんなさい。わからなくて…。」
「あ、いや、謝れって事じゃ…。」
ああ!もうどうしたらいいんだ?泣いてないよな…。
「田宮…あの…僕の分まで作ってくれてありがとう。美味かったよ。」
「…はい。」
「田宮…。恋人ってのは2人きりでいるのが1番幸せなんだ。わかるか?」
そう…今、こうやって2人きりで話してる時みたいに。
「はい。でも…私…。」
「困ったら…こうやって話し聞いてやるから。
言ったろ。
僕は…僕は君の事観てるから。」
「はい…。」

いつも強気なのに…恋愛になると…こんなに小さくて臆病で…震えてる…。
彼女の緊張感が電話の向こうから伝わってくる。
くそっ!…抱きしめたい!!
僕は携帯を持つ手に力を入れた。

「後で弁当箱…そうだな。
金井先生にみられると面倒だから、清水先生に渡しておくよ。」
「…はい。わかりました。」
「田宮!人を好きになれ。世界が変わるぞ。」
「……。」
彼女は無言で電話を切った。

僕は携帯を机の上に置くと、壁を何度も殴った。
唇から血が出るくらいに彼女への想いを噛み締めた。
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