手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

甘えない君、甘えたい僕

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うおおおぉ~~!!
なんで…こんな体制になったんだっけ?
自分の行動に驚いた…。
タクシーの中で僕は…今。
彼女の膝枕で横になっていた…。
あまりの事に心臓がバクンバクン言ってる。
そうだ…さっきの話しの途中で、雷が光って、驚いて体制を崩して…そのまま…。

「大きな雷でしたね。」
彼女が言いながら、僕の髪に手を充てた。
身体中の血液が逆流しそうなくらい体温が上がって来た。
間近に見える彼女の膝に鼻息が荒くなりそうで口元を押さえた。
彼女の太ももの感触が僕の左耳に伝わる。
起き上がるタイミングがわからない~!
「た、田宮…そのブレスレットの事だけど…。
アレは…その…。」
「私、持ってないんですよ。
あんまりアクセサリーって…。
だから…。
大切に使わせてもらいますね。」
彼女の手が、僕の右耳に触れた。
くすぐったいような、恥ずかしいような、嬉しいような気分になった。
「…ありがとう。」

本当に君は優しい…。
まるで僕の1番欲しい言葉を知っていたかのように自然に言ってくれる。
君は僕に甘えてはくれない…でも…僕は甘えてもいいだろうか…君に…甘えたいんだ。

タクシーが田宮の家に着いて、彼女は家に帰って行った。
僕はタクシーの中で、彼女の余韻に浸っていた。
彼女の香りも太ももの感触もまだ、僕の身体に残っていた。
彼女の温もりごと僕は自分自身を抱きしめた。
彼女の事を考えていた僕は、大雨の雨音も耳に入らなくなっていた。

翌朝、旧理科準備室で僕は固まった。
金井先生が入って来たのだ。
「おはようございます。
マイカップ…持って来たんですね。ははは。」
「おはようございます。武本先生。」
丸椅子を差し出し、僕は金井先生にコーヒーを入れた。

「昨日、実は真朝君と少しだけ話しましてね。」
知ってる…居づらくなって引き返したから。
「そうですか。」
「武本先生。
あなたの話しをすると盛り上がりまして。」
「はあ?僕の話しですか?」
おいおい。
何か変なこと喋ってないだろうな。
「記憶の欠落については…真朝君やはりとっくに気が付いているようでした。」
「あ、えっ…と僕から話しました。」
「そうでしたか。
真朝君、僕に言いましてね。
自分から記憶を引き出さないと武本先生は…死んでしまう可能性があるから、僕に記憶の欠落について調べるのは辞めてくれと言われました。」
「死んで…ですか?」
「ええ。ハッキリとそう言いました。」
やはり…そういう意味で彼女に近いと…久瀬が言ってるのは、そういう事なんだな。
でも、実感がないから…。
確かに似てるところはあるけど…。

「真朝君…あなたに、何か仕掛けてるんじゃないかと思ってるんです。
何か、彼女と特別な話とかしてますか?」
「特別なって…まぁ変な事は幾つか聞かれましたが…普通は幸せか?僕にとって幸せか?とか。
…雨が自己犠牲の象徴…とか。」
「ほう。凄いな…。アプローチの仕方が…。勉強になる…。」
金井先生がほくそ笑んだ。

田宮が登校して来たらしい。
足音が聞こえて来た。
ガチャ。
旧理科室のドアを開ける音が聞こえた。

金井先生は僕の前を通って、中扉の小窓を覗いた。
「なるほど…いい眺めですね。
こんな景色をいつも独り占めしてたんですね。武本先生。」
僕は恥ずかしくなってコーヒーを飲んでごまかした。

結局、中扉を金井先生に占拠されて、僕は彼女を見る事が出来なかった。
まったく…この場所を知られてるのは痛いな…。
せっかくの安息の地がぁ…。

金井先生のせいで、今日1日気力が出せない気がした。
憂鬱だ…。
昨日のタクシーの中が幸せだった分余計に今日が虚しく感じてしまう。
欲張りなんだな僕は…。

バシッバシッ!
また職員室で、清水先生に出席簿で頭を叩かれた。
「清水先生!いい加減にやめて下さい。」
「おっ!せっかく昨日イチャつけるように協力してやったのに…。」
「イチャって…。」
「したんだろ?タクシーの中でエロい事。」
清水先生はいやらしい目で僕の顔を覗き込んだ。
「エロって…!してませ…ん…よ。」
膝枕は偶然なった訳で…。
「あんんん?何だ?その言い方。
是非聞きたいよね~。」
「清水先生は下衆すぎです!」
僕は清水先生から視線を逸らした。
「おう!俺は下衆だ!
だが…お前のように何もしないで逃げ回るのはゴメンだな。」
「逃げ回って…清水先生にはわかりませんよ。
僕の気持ちなんて。」
「まったく…お前といい…田宮といい
…面倒くせえなぁ!」
「ほっといて下さい!もう!」
僕は小うるさい清水先生を跳ね除けて、職員室を出た。

「大変です!」
僕と入れ違いに12月から生徒会長になる広瀬が慌てて職員室に入って来た。
「3年の田辺さんが階段から落ちて…!」
えっ…3年…!?
今のは広瀬…。嫌な予感がした。
「広瀬!どこだ!?」
「武本先生!屋上へ行く階段から転げ落ちて!」
「お前は山中女史と他の先生連れて来い!」
僕は屋上へ向かう階段へ急いだ。
胸騒ぎがする。嫌な…あの醜悪のする雰囲気がする。

生徒の山を掻き分けて、僕は現場にたどり着いた。
田辺は頭から血を流し、左脚を痛そうに押さえている
「田辺!大丈夫か?」
僕はとりあえず、ハンカチで頭を止血した。
視線を…感じた…。
いやらしくて…吐き気のする視線を…。
田宮 美月!

すぐに駆け付けた先生と山中女史で担架に田辺を乗せ保健室へと運んだ。
僕は携帯で救急車を呼んだ。
横目でニヤニヤ笑う、田宮 美月を見ながら…。

「田辺 香純3年の学年トップでしたね。
話しの状態では期末テストが受けられないかも知れませんね。」
金井先生が職員室に騒ぎを聞きつけてやって来た。
「期末テスト…?」
そうだすぐに期末テストが始まる。
「僕の集めた情報では、田宮 美月とも何度か衝突しているそうです。」
「だからって何も期末テストの時期に…。」
「期末テストの時期だからですよ。
相手に最大のダメージを与えられる。
3年の2学期なんて好都合でしょうね。
魔女にとっては。」
「嘘だろ…。」
「でも、おそらく田宮 美月は今回も自分の手は汚してないでしょうね。
だから、調べて犯人を捕まえたところで根本の解決にはなりません。」

僕はさっきの田辺の姿がもし…彼女だったら…田宮 真朝だったら…。
魔女の恐ろしさを再び感じていた。
彼女を守らなければ…。
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