手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

寒いから僕は…

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田辺の事故で職員室はバタバタしていた。
そうでなくても、事件続きで皆んなピリピリしていたのに…。
とりあえず、期末テスト前というのもあり生徒を午前中で帰宅させる事になり、部活動も中止となった。
「第1発見者が広瀬ってのが気になるな。」
清水先生がコーヒー片手に呟いた。
「そうですね。
それに…現場では魔女が笑って見ていました。
無関係とは思えません。」
僕は白衣から飴を取り出し口に運んだ。
「まったく…。頼むから大人しく卒業してくれよ!やる事がハデすぎなんだよ!」
清水先生がゴミ箱を蹴飛ばした。
彼女は…田宮 真朝はこの事件をもう、知っただろうか?
姉のやっている事に彼女は…ショックを受けていないだろうか?
僕は心配になり、立ち上がった。
「少しだけ席を外します。」

僕は旧理科室へと向かった。
しかし、鍵が掛かり電気も消えていた。
ここじゃないのか…一体どこに…?
食堂、教室、彼女の行きそうなところを探した。
しかし、彼女はいない。
GPSでは学校にいるはず…。
もしかして金井先生のところか…。
「なら…その方がいいか。」
僕は走り回って火照った身体を冷ます為に屋上へ向かった。

ガチャ。
屋上のドアを開けると、膝を抱えて座り込む彼女の姿があった。
「田宮…何してる…。」
「…寒いから…ここにいるんです。」
「はあっ?」
確かに屋上は北風が吹いて寒かった。
彼女はガタガタと震えながら膝を抱えていた。
まるで…自分に罰を与えているかのように。
「ダメなんです…自分以外の人が…傷つけられるのを見るの…。」
泣いてる…泣いてるのか…。
「ごめんなさい…止められなかった…。」
「何で…君が謝るんだ…やったのは田宮 美月だ!君じゃない!」
「それでも…私しか…謝れないから…。」
彼女の背中は今にも消えてしまいそうだった。

「先生…。」
僕は白衣を彼女に掛けた。
そして、白衣を抱え込むように彼女を包み込んだ。
「だったら…僕も謝る…。君が泣くなら…僕も一緒に泣くから…。」
寒いから…よけいに…お互いの体温を感じた。
2人の白い息が混ざり合って1つになっていた…。

「ただいま戻りました。あ~~寒っ!」
職員室で冷え切った身体を震わせた。
「随分遅かったな…って!手ェ冷てえ!何して来たんだよ!お前!」
「ちょっと外に…。」
「もうすぐ、緊急会議始まるぞ。
さっき、田辺の病院から連絡あったみたいだし。」
「はい…。」
僕は熱いコーヒーを入れて身体を暖めた。
彼女はさっき、金井先生に頼んできた。
独りにはして置けなかった。
今…金井先生と何話してんのかな…。
「あ~もう。何で僕はすぐにヤキモチ妬いちまうんだ!ったく!」
僕は自分に少しだけイライラしていた。
そろそろ緊急会議が始まる。
気を引き締めないと…。

会議が終わり、僕と清水先生は席に戻った。
「事故はいいけどよ。
こう何度もだと不審がる保護者も出てくるだろうが。ったく。」
清水先生は頭を掻きながら文句を言っていた。
「学校側にしてみれば大事にしたくないですもんね。」
「…んん?なんだソレ。」
「えっ…。」
僕は机の上にある見覚えのないストラップを手に取った。
「パグ犬!」
手作りのパグ犬のマスコットのついたストラップだった。
「おっ…これは…ははん。似てるな!泣きそうな顔がお前に!」
「ほ、ほっといて下さい!どうせパグですよ僕は!」
これ…だよなぁ…。
多分…田宮が作ったんだよな…。
目ぇでけぇよ!
突っ込みを入れて僕は大切にストラップを机の中にしまった。

携帯のGPSで田宮の帰宅を確認した。
金井先生に送って貰えるように頼んであったから心配する事はなかったが、確認するのがすでに癖になっていた。

「そうだ、年明けのスキー体験合宿は今年から1.2年合同参加になった。
お前、スキー出来るか?」
「一応…1級持ってます。」
「ええっ!見えねぇ~!
スキー場でボーゲンしてる奴かと思ってた。」 
ひどい言われようだな、おい!
「悪かったですね!一応ですよ!
2年くらい滑ってないし。
でも、スノボは出来ません。」
「ヘェ~。じゃあ。
スキー場で田宮にカッコイイところ見せろよ!イチコロじゃね!」
「ばっ!馬鹿言わないで下さい!
すぐにからかうのやめて下さい!」
「いやいや!武本君!
世間にはスキー場で芽生えた恋は沢山あるんだよ!」
「しつこいです!
もう!この話しはやめて下さい!」
退屈しのぎにからかってくる清水先生をあしらって、僕は帰り支度を始めた。

『パグのストラップありがとう。
ただ、眼がデカすぎだろ!』

清水先生に隠れて、田宮にメールを送ってから学校を出た。
外は真っ暗で上を見上げると星が綺麗に輝いていた。
あのイルミネーションで手を繋いだ感触を思い出しながら僕はマンションを目指した。



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