手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

愛憎の罠の中その3

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僕のいない間に想定外の事が生徒達の間で起きていた。
葉月がある事ない事自慢気に話し始めたのだ。
明らかな合成写真をあたかも実際にあったかのように風潮して回っていたのだ。
清水先生も葉月の行動に頭を痛めていた。
「思った以上に大事になったぞ。」
「すみません。」
「ああいう、女は何考えてんだ?
武本が好きなんだとか言って、自慢気に話して結局武本の首絞めてんじゃねーか。
自分に酔ってるだけだろ。
まったく。」
「はあ。」
「とにかく、校長と教頭に呼ばれてる。
俺が何とか話しをつけるから、お前は大人しくしてろ。」
「ご迷惑をおかけします。」
僕は清水先生に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

清水先生が校長室に消えて行った後、僕は田宮からのメールを再び見ていた。
「大丈夫…。か。」
彼女の声が耳元で聞こえて来たような感覚に僕は酔っていた。
彼女もまた…僕を見ていてくれる…。
僕が彼女を見ているように…。

でも…これは…恋愛とは…言わない…。
きっと…恋愛とは認められないものだ。

僕は補習用の書類をまとめて一呼吸した。
出来ればこの騒ぎは今週までにして欲しい。
補習が担当出来なければ《勉強会》が出来なくなってしまう。
数少ない…彼女との時間…。
大切な僕と彼女の時間の共有…。

「おーい。
処分は一切無しだ。
堂々としてろとさ。」
校長室から出てすぐに清水先生が僕に駆け寄った。
「えっ…。本当ですか?」
「本当だ。」
「良かった…。
でも…どうして?
処分の為に清水先生を呼び出したんじゃ?」
清水先生は鼻でふふんと笑った。
「女神が微笑んだんだよ。」
「えっ…奥さんですか?」
「メグちゃんじゃねーよ!
お前の女神だよ!」
「はああ?僕の女神?」
「田宮だよ!教頭が職員室入る前に足止めして話しをしたらしい。」
「えっ…。」
彼女が教頭に直談判したって言うのか?
「このまま、処分なんかしたら面白がった生徒達の中から模倣犯が出る…逆効果だと詰め寄ったらしい。
まぁ、正論だったからな。
教頭も納得したらしい。」
田宮が…彼女が…わざわざ教頭相手に1人で…。
僕の胸の奥はザワザワと騒めいていた。

「あっ…えっ…と。」
「おっ。久々にテンパったな。」
「僕…ちょっと…。」
僕は職員室を出て、1年の廊下まで走った。
けれど、生徒達はまだ噂で盛り上がり、僕の話しを聞きたがりまとわりついて来た。
生徒達の波の向こうで…彼女が廊下の窓辺で澄ましてるのが見えた。
1人だけ…いつもと変わらない面持ちで立っていた。
いつもと同じ透明感のある出で立ちで。

結局、僕は彼女に近寄る事も、話す事も出来なかった。
肩を落として職員室に戻った僕に清水先生が話しかけて来た。
「まだ無理じゃねー?
しばらく収まってから礼言っても遅くねぇよ。」
「はい。そうします。」

久しぶりに彼女を抱きしめたくてたまらなかった。
キスしたかった…触れたかった…彼女の全てが欲しくてたまらなかった。
まるで…封印していた箱から彼女への思いが溢れて出て来た様なそんな感じだった。

3年の先生達が何やらヒソヒソ話しをし始めていた。
僕は隣りの清水先生に聞いて見た。
「3年、何かあったんですか?」
「あ、まあな。昨日の夕方に登校拒否してる生徒が自殺未遂を起こしてな。
金井先生が運良く面会に向かってて助けてくれたらしい。」
「自殺未遂!?それって…田宮 美月絡みですか?」
「多分な。」
「金井先生がマメに調査してくれてたお掛けですね。」
「ああ。
精神的にかなり不安定だったらしい。
そこで気に掛けてたそうだ。」
金井先生…僕の前ではそんな素振り見せないけど、やっぱり仕事に関してもかなりデキる人なんだな。
田宮にアプローチばっかりしてるイメージだったが…。

羨ましいな。
金井先生のように自分に正直に真っ直ぐ相手に向かって行けるなら、きっと運命さえも味方につけてしまうだろう。
僕とは真逆だな。
どこからあの自信は出てくるのだろう。
不安になったりしないんだろうか?
金井先生が動揺しまくってオロオロする姿なんて想像さえも出来ない。
本当に…羨ましい…。

僕は携帯を持ってメールの作成をした。

『大好きだよ。君が大好きだ。永遠に。』

宛先のない未送信のメール。
言葉にする事がない想いを携帯にそっとしまった。
肘をついて携帯をひたいに当て、彼女を想った。
彼女の髪…彼女の香り…彼女の声…彼女の手の感触…彼女の瞳…彼女の柔らかい唇…。

どんなに気持ちを封印しても僕は何度も君に恋をしてしまう。
決して叶わないと知りながら…何度も何度も恋をする。
でも君にとってこれは恋愛とは呼ばない。
僕の勝手な思いこみ…気のせいですと…君は笑顔で言うのだろう。
行き場のない想い…封印しても溢れてしまう想いを僕はどうしたらいいんだ…?
教えてくれ…田宮…。
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