手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

王子VS学者

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水曜日になり、いつも通り早めに出勤して、僕は旧理科準備室ではなく、旧理科室にいた。
棚の奥の方にある7体目の天使の裏を見ていなかった。
そっと7体目の天使に手を伸ばして裏を見た。

…手…。

「手?なんだこれ??」
今までの物と違い全く意味がわからない。
自分の手を見てみる…??
やっぱりわからない。
僕はそっと天使の人形を戻した。

僕は旧理科準備室へはもどらずに実験台の上に腰掛け、彼女が来るのを待った。
携帯のGPSにはもう少しで登校して来るのがわかった。
まるで待ち合わせしているかのように足をプラプラさせ、そわそわした気分で彼女を待った。

しばらくして彼女の足音が聞こえる。
もうすぐ…もう少し…ほら。

ガチャ。
「おはよう…田宮…?」
僕は目を疑った。
目の前に獅子舞の面を被った彼女が現れたのだ。
「おはようございます。
武本先生どうしたんです?」
獅子舞が喋った。
「お前こそ何やってんだよ!」
「ああ、これ。
上履き履くのに邪魔だから被ってそのまま来ちゃいました。」
「そういうことじゃなくて…。」
「映像研究部で使うらしくて。
丁度近くの児童館で廃棄するのを頂きました。」
「いいから取れ!」
僕は彼女から獅子舞を剥ぎ取った。

結わえていない彼女の髪の毛が広かった。
「いきなりですね。本当に。」
「あ…。」
だって…顔見れないだろ…こんなの被ってちゃ。

彼女はマフラーを外し、コートを脱いだ。
外が寒いせいか頬と唇が真っ赤に染まっていた。
「外、寒かったな。」
「雪が降りましたから。昨夜。」
「雪…好きか?」
「嫌いではないですよ。
雪だるま作ったりしますし。」
「今度…一緒に作ろうか雪だるま。」
「武本先生がですか?う~ん。」
「なんだよ。変か?」
「美的センスが問題かと…。」
「相変わらず、ひでぇな。
あ~あ、すっげぇ傷ついた。」
僕は大袈裟に彼女に言った。
「あ…。ごめんなさい。
そんなつもりじゃ…。」
彼女が心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
「ウッソ。嘘だよ。僕は嘘つきなんだろ。」
「そうですね。意地悪な嘘つき。
ぷっ。ふふふ。」
彼女はいたずらっぽく笑った。

「…田宮。」
僕は衝動を抑えきれずに背中から彼女を抱きしめた。
「先生…?寒いんですか?」
「ああ。寒い。寒かった…ずっと。ずっと。」
彼女の髪の毛に顔を押し付ける。
「じゃあ少しだけ、そうして暖まって下さい。
また風邪引かれても困りますから。」
「ん…。」
僕は彼女のシャンプーの香りに包まれて酔いしれていた。

バンン!!
勢いよく旧理科室のドアを蹴り上げて、金井先生が入って来た。
「おはようございます!!
…まったく…なんだかんだ言って。
手を出すのが早いですね。
武本先生。」
「か…金井先生。」
僕は彼女から手を離した。
金井先生は明らかに激怒していた。

「金井先生。
おはようございます。
でも、ドアは学校の物なので気を付けて開けて下さい。
器物損壊ですから。」
田宮は何事も無かったかのように冷静に言った。
「武本先生…もうすぐで朝のミーティングが始まりますよ。
年明けから遅刻は良くないですからね。」
田宮の頭を撫でながら、厳しい口調で僕に言い放った。
「わかってます…。」
僕はその場をゆっくりと立ち去った。
金井先生も年明け初の出勤の為、授業開始のミーティング参加の為に職員室へと向かった。


「おい。金井先生が物凄い目でお前ガン見してんぞ。
何やらかしたんだよ!」
職員室内でのミーティング中、興味深々で清水先生が肘で僕を突いた。
「やらかしたって…。
まぁ、色々と。」
「おう!楽しみだ。」
清水先生は喜んで僕の背中をバンバン叩いた。
「ち…ちょっと!やめて下さい!」

年明け授業開始のミーティングが終わり、僕は自席に着いた。
「ほい。
1週間後のスキー体験合宿の日程表。
確認しとけよ。」
「3泊4日目もあるんですね。」
「まぁな。級を取りたいやつもいるしな。
有料オプションコースはインストラクター付き。」
「そっか…。3日間もスキー出来るんですね。
久しぶりにストレス発散できそうです。」
「有料オプションコース以外は観光コースが中1日入るから、スキーは実質2日だ。」
「そうなんですか。
知らなかった。」
「…部屋に田宮連れ込んで変なことすんなよ。」
「しませんよ。
学校のイベントでンな事!」
「お前、プライベートならすんのか?」
「…知りません。」
「お?おお?しませんじゃないんだな。
やっぱり、冬休みなんかあったな。
昼休みが楽しみだ!」
「本当にゲス牧師ですね!」
グイグイ食い付いてくる清水先生をあしらって、僕は担任クラスのホームルームへと向かった。

ホームルームへ行くのは本当は憂鬱だった。
なにせ葉月の奴が何をしでかすか、気が気じゃなかった。
結構ハッキリと断ったつもりだ。
諦めてくれてればいいんだけれど。
もう、これ以上のゴタゴタは御免被りたい。 
ただ…葉月のあの去り際の恨めしい目が気に掛かっていた。
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