手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

委員会はお気楽に

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今日の機関誌製作委員会は試し刷りの確認作業だ。
特に問題がなければ正式に印刷される。
それほど大変な作業ではない。
僕はいつもと違い、早めに席に着いた。
田宮も葉月もまだ来ない。

「武本先生。知ってますか?
先生のニックネーム。」
塚本が委員会開始まで時間があったせいか話しかけて来た。
「ニックネーム?」
「2年の間じゃ結構有名なんです。
そっか、先生、2年はまったく受け持ってないんでしたね。
スキャンダル王子です。」
「スキャンダル王子!?」
言うに事欠いてなんつーニックネームだよ!

「プッ。スキャンダル王子。
センス抜群ですね~。」
僕の後ろからクスクス笑う田宮が現れた。
「笑うなよ!今の結構ショックだったぞ!」
「すいません。
あまりに合っているので。」
ウケる田宮に塚本か喜んだ。
「ほら!田宮さんもそう言ってるし。
1年でも定着させましょうよ!」
「やめろ!ンなのー!」
思わず叫んだ。
「王子ですよ。喜んで下さい。ふふ。」
田宮が肩を震わせながら言った。
「僕をおもちゃにするなー!」
僕は拗ねて膨れた。
「先生のご機嫌を損ねちゃったわね。
そろそろ委員会始めようかしら。」
塚本がそう言って席に戻った。

「遅くなりました。」
葉月が入ってきた。
葉月は僕の隣りに無言で座った。
「?」
なんだか様子が変だぞ。

「それでは、全員そろいましたので、年明けの機関誌製作委員会を始めます。
今から試し刷りの冊子を配布しますので、個々でチェックして下さい。」
塚本の指示で機関誌の試し刷り見本が配布された。
全員パラパラとめくり始めた。
「武本先生のこの最後の後書きの部分、これコピペしました?」
田宮が僕をイジって来た。
「なんでコピペすんだよ。」
「先生にしてはちゃんとした文になってると思いまして。」
「あのな!僕は文系の教師!文才ゼロの英語教師ってどんなだよ!」
「イメージ先行してました。
すみません。」
「お前のイメージなんなんだよ。
僕は何か?教師失格か?」
いつも通りのやり取り…そろそろ…。

「そこの2人!夫婦漫才じゃないんだから!静かに!」
ほら、塚本に怒られた。
「はい。すみません。」
「失礼!」
僕と田宮は視線を合わせて笑った。
「田宮のせいだぞ。」
「武本先生のせいですってば。」


委員会は滞りなくスムーズに作業を終えて、機関誌を本番の印刷に回す事となった。
生徒達はゾロゾロと教室を出て行き、パソコンの処理をし終えた田宮と僕と葉月が教室に残っていた。

「田宮さん!」
葉月が田宮の正面に立った。
「はい。なんですか?」
一瞬の出来事だった。

バチン!
葉月が思い切り田宮を平手打ちした。
「何やってんだ!葉月!」
僕はすぐさま葉月の右手を掴み上げた。
「私だってバカじゃありません!」
葉月は僕を睨んで来た。
「僕を…怒らすな!」
僕も負けじと葉月を睨み返した。
2度も田宮を…!

僕の怒りの眼差しに、田宮が焦って止めに入った。
「やめて下さい。
大丈夫です。
単なる葉月さんの勘違いです。」
赤くなった左頬を押さえながら田宮は葉月をなだめようとした。
「そうやって、周りをごまかして、影でイチャイチャしてたんでしょ!」
「違います。
先生も言って下さい。」

僕は葉月を睨んだまま言った。
「お前が思うならそうかもな!
想像でも妄想でも勝手にしろ!
ただし!3度めはないぞ!葉月!」
「3度めって…。」
「田宮に水を掛けただろ?自分のした事くらい覚えておけ!」
「先生!」
田宮が僕を止めようと、僕の胸にしがみついた。
「そう…知ってたの。
もう…いいわ。」
葉月は力が抜けたような表情でそう、言って教室を出て行った。

田宮は僕の胸にで震えていた。
「ごめん。嫌だったな。」
「……いいえ。」
僕は彼女の左頬をそっと撫でた。
「腫れちゃうな…痛いか?」
「大丈夫です。
葉月さん追いかけてあげて下さい。」
彼女が葉月をいたわる態度を見せた。
「…嫌だ。
君の側にいる。」
「でも…。」
「これでいいんだ。
これで大丈夫だ。」
僕は彼女の頭を撫でた。

葉月が何をやろうと僕は動じない。
顔色を伺うのはもうやめたんだ。
そんな事をしても意味のない事だってわかってしまったから。





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