手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

話したいんだ。

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翌日は雨も上がって週末の金曜日。
僕は《勉強会》の話しを切り出すチャンスを逃したままのこの状態を脱すべく、早朝の旧理科室を目指した。
また金井先生がいたら、そのチャンスも失われる。
出来ればスキー体験合宿後、すぐにでもやりたいんだけど…。
とりあえず、約束を取り付けない事にはどうにもこうにもいかない。

携帯のGPSではまだ彼女は学校に向っている最中だ。
僕は旧理科準備室へは行かず直接、旧理科室へ入った。
旧理科室の暖房のスイッチを入れて彼女が登校してくるのを待った。
金井先生が来ない事を願って…。

しかし、その願い虚しく昨日の事もあり、金井先生は彼女と共に旧理科室に入って来た。
「おはようございます。武本先生。
今日は待ち伏せですか?」
「おはようございます。金井先生。」
金井先生が挑発してくるかのような挨拶をして来た。
「おはようございます。」
田宮は僕等の間を擦り抜けて、鞄とコートを実験台の上に置いた。

「随分とこの部屋、人の出入りが激しくなりましたね。
1人気分になかなかなれません。」
田宮が僕と金井先生にチクリと言った。

「…で、武本先生は何用でここに来たんですか?」
「あ…、いや別に…。」

《勉強会》の件を金井先生の前では切り出せない。
かと言って電話で言うのも違う気がする。
こちらから、自分の記憶回復のための協力のお願いをするのに…やはり面と向かってお願いしなきゃならないと思った。

「僕は、明日の土曜日に剣道の試合がありまして。
彼女に応援に来てくれるように、お願いしていたんですよ。
手作りのお弁当を持ってね。」
金井先生が自慢気に話した。
「そうですか。
頑張って下さい。
僕はもう行きますので。」
そう言って、僕は立ち去ろうとした。

ガシッと金井先生に腕を掴まれた。
「来週からスキー体験合宿でしたね。
残念ながら職員ではない僕は行けないんですよ。
受験生のケアもありまして。」
「それが何か?」
「下手な事をしないで下さいね。
鬼の居ぬ間に抜け駆けなんて。」
「…保証し兼ねますね。
僕も一応、教師である前に男なので。」
「随分と強気に出るようになりましたね。武本先生。」
「…とにかく、急ぎますの失礼します。」
僕は金井先生の手を振り払い視線を合わせながら、そう言って旧理科室を出て行った。

背中に彼女の確かに視線を感じていた。

やっぱり…彼女と直接話す機会が少ない。
スキー体験合宿前に言うのは無理かもしれない。
「はああ。」
僕は溜息をつきながら職員室へと向った。

「武ちゃ~ん。おはようサンクス。」
「お、おはよう牧田。早いな。」
珍しく牧田が朝早く登校して、職員室にいた。
「スキー体験合宿の実行委員なのさ。
しおりを取りに来たんよ。
武ちゃんも、もちろん行くんでしょ。」
「ああ。担任だからな。」
「じゃあ、中日の自由行動は決まってんの?」
「ああ、なか…日か。」
そっか。
オプションを利用しない生徒は自由行動の日で主に観光に出るんだっけ。
「多分…観光グループの監視役かなんかじゃないかな。」
「ふむふむ。よろしい。
では銀子ちゃんが素敵な中日になるよう協力しましょう。」
「えっ…。」
「むふふふ。お楽しみに~~。」
「おい!牧田!ちょ待て…!」
僕の言葉を最後まで聞かずに牧田は職員室の外へ消えて行った。

何するつもりだよ~~。
悪い予感しかしないんだけど…。
でも…もし…田宮と…。

バコン!
「入り口で何口開けてんだよ。」
清水先生が出席簿で僕を叩いた。
「あ、いえ、ちょっと。」
思わず妄想しそうになった自分を恥じた。
「そういえば、清水先生もスキー体験合宿行きますよね。」
「担任だしな~。」
「スキー出来るんですか?」
「な!お前!自分が滑れるからってなんだよその言い草は!」
「あ!もしかして…滑れないんですか?」
清水先生は一瞬で青ざめた。
「悪いかよ!俺の担当はロッヂ担当だ!ゲレンデなんか行く必要ないんだよ!」
「プッ。なるほどね。ププッ。」
なんか清水先生の弱みを初めて見つけた。
「笑うなー!」
清水先生は僕の頬をグイグイ引っ張った。

朝のミーティングでは来週からのスキー体験合宿の担当が説明され資料が配布された。
僕は1日目ゲレンデでの見回り監視。
2日は観光グループの監視と連絡係。
3日目ゲレンデでの見回り及び宿泊施設内の点検。
その他クラス担任としてのまとめや指示をする事になってる。
「えー。コホン。
これは職員内の話しですが毎年恒例の最終日の夜に…ミニ新年会があります!」
パチパチパチパチ!
職員は拍手をして喜んだ。

何ーー!ンな話し聞いてねぇ!
生徒いるのに新年会って!
この不良教師どもが!
ハメはずしすぎだろうが!

スキー体験合宿に一抹の不安を覚えてしまった…トラブルの予感がする…。
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