手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

土曜日の苛立ち

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翌日土曜日は憂鬱なまま、テニス部の午前練習に参加した。
今頃…田宮と金井先生が一緒だと考えただけでイライラしてる自分がいて…。
弁当だってきっと豪華なんだろうな…。
まぁ、何とか我慢だ。
来週のスキー体験合宿はきっと、金井先生の方がこんな気持ちでいるんだ。
お互い様なんだ…。
なんだ…けど…。
「あー!やっぱり気になるし、腹立つな!」
思わず叫んでしまった。
テニス部の生徒が驚いてこっちを見た。
「あ…気にしないで、続けて!」
参ったな…。
電話やメールも出来ないし。

『キス以外にも乳くらい揉めただろ!
2人きりの室内なんだから!』

ああっ!昨日の清水先生のセリフが思わず頭に浮かんだ…。
乳くらいって…出来たらこんなに悩まないっつーの!
田宮の胸かあ…肌白いしな…。
って!おいい!
何考えてんだ!くそっ!
僕は男の性を呪った。

早く来週の月曜日にならないかな…。

晴天の空を仰いでため息をついた。

そう言えば…火曜日は推薦入試だっけ…。
去年の推薦入試からもう1年経ったんだ…。
今でも鮮明に思い出せる…彼女のあの透明感のある雰囲気…幻しではないと確信した日…。
あの時は、こんなに彼女の事を好きになるなんて少しも思わなかった。

今じゃ、他の男が側に居るだけでこんなにもヤキモチ妬いてるなんて…。
「やっぱり…教師なんて…好き好んでやる仕事じゃないな…ははは。」
彼女が好きすぎて…おかしくなりそうだ…。

テニス部の練習を終えて、ジャージを着替えて僕は職員室へと入った。
「武本先生。
1年の担任の携帯番号と2年の担任の携帯番号を交換して下さい。」
ロバ先生が話しかけて来た。
「えっ…あはい。」
「ほら、スキー体験合宿で連絡取れないとこまりますし、中日は観光グループと級取得グループに分かれますから。」
「そうですね。
じゃあ、お願いします。」
僕はロバ先生と携帯番号を交換した。
「スキー体験合宿は初めてなので、わからない事も多いと思うのでよろしくお願いします。」
「はい。よろしくお願いします。
教師の他にインストラクターも数人いますので、結構楽ですよ。
スキー滑れるのなら、楽しんで下さい。」
「ありがとうございます。」
僕はロバ先生に礼を言って自席に着いた。

月曜日は半日授業で火曜日に推薦入試の為に、担当職員以外及び生徒登校禁止の休日。
火曜日にスキー体験合宿の準備をしろって事らしい。
朝7時半のバスで出発か。

バスか…ここでも担任ではない自分が悔やまれた。
「きっと4組のバスは楽しいんだろうな。はぁ。」
また、隣で肩を寄せ合って座りたいのに…。
僕は彼女の事を考えると欲張りになってしまう。
本当は一緒にスキー体験合宿に行けるだけで幸せなはずなのに…。
一緒に滑って…ペアリフトに乗って…。
そんな想像ばかりだ…。
クラスやグループ分けできっと僕とは離れてしまうだろう。
期待するのは虚しいとわかってるのに…。

不安要因もある。
牧田が何か企んでたり、2年もまた何かを仕掛けて来そうだ。
ゆっくりと2人になれる時間なんて無さそうだ。
「となると…やっぱり《勉強会》しかないのかなぁ。はぁ。」
僕は肘をついて頭を抱えた。

側に居るだけで凄く幸せな気分になるのに…離れてるだけで不安でたまらなくなる。
彼女の事だ、すぐに金井先生とどうこうなるとは思えない。
わかってるんだ…わかってるのに…不安で心細くてたまらない。
顔が見たい…声が聞きたい…触れたい…。
感情の渦が僕を責め立てた。

そんな苛立ちで土日は何をしていたかさえも思い出せないくらいだった。

月曜日の朝…。
「田宮のおにぎり…。」
朝の寝起き一発目のセリフがこれだった。
まるで、餌付けされてる動物のようだ。
彼女の細く長い指で握られるおにぎりを想像しただけで気分が上がった。

金井先生との事は聞かない事にした。
過ぎた事をあれこれ聞いても、どうしようもない事はこの歳であればわかる。
今日はおにぎりの事だけを考えよう。
僕の為だけに作るおにぎりだ。
この前は金井先生に1つ食べられてしまったから。
今度こそ全部僕が食べる!
そんな勢いで僕は出勤た。

旧理科準備室の中扉からいつものように小窓を覗いて見る。
…金井先生はいない。
彼女は手鏡を見て溜息をついていた。

「何か様子が…大丈夫か?」
少し心配になった。
何かあったのだろうか…土曜日に…。
まぁいい。
ここでは何も出来ないし…。
少し様子を見よう。
深く考えないで僕はそっとその場を離れて、職員室へと向かった。

職員室へ向かう廊下で金井先生とばったり会ってしまった。
おそらく旧理科室に行くつもりだ。
「おはようございます。金井先生。」
僕は先に挨拶した。
あれこれ言われると面倒だからた。
「おはようございます。」
予想外に何も吹っかけて来なかった。
そのまま僕の横を擦り抜けて行ってしまった。
やはり…何かあったのか?
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