手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

姫おにぎり、王子おにぎり

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今日の職員室でのミーティングは結構、
長かった。
明日の推薦入試担当者への説明と明後日のスキー体験合宿引率者への説明が重なっていた為だ。

ミーティングを終えて清水先生と席に着いた。
「お前、スキー道具持参か?」
「いえ、実家から取り寄せるのも面倒なのでレンタルで。
生徒もほとんどレンタルですし。
別に一級持ってたからってこだわりはありませんから。」
「ふーん。」
「清水先生はウエアだけのレンタルですか?」
「悪ぃかよ!憂鬱だぜまったく。
メグちゃんと3日も会えないなんて。」
「女好きなくせに奥さんとラブラブじゃないですか。
羨ましいですね~。」
「そのうちお前だって、姫とラブラブするつもりなんだろ。」
「出来ませんよ!わかってるくせに嫌味だなぁ。」
僕は拗ねてソッポを向いた。
そんな事…あり得ないんだ。

ブルルルブルルル。
携帯がなった。
メールが来ていた。
田宮からだ!
僕は速攻で内容を見た。

『おにぎり、旧理科室の棚にあります。
鍵空いてますので、都合のいい時に取りに行って下さい。
お代は後で大丈夫ですから。』

ガタッ。
勢いよく立ち上がると猛ダッシュで職員室を出た。
「武本ー?おーい?」
遠く背中に清水先生の声が聞こえていた。

「はぁはぁ。」
僕は旧理科室のドアを勢いよく開けた。
バン!!
そして、棚まで走った。
棚には可愛らしい紙袋があって、開けて見るとラップに包まれたおにぎりが3つ入っていた。
1つ取り出してみた。
顔が…海苔で顔が書いてあった。
桜でんぶで頬がピンクにしてあって。
「うわー。僕の為にこれを…。」
僕の昨日までの苛立ちなんて吹き飛んでしまった。
時間をかけて作ってくれた彼女の優しさに僕は飛び跳ねたい気分だった。

僕は紙袋を大事そうに抱えて職員室へと戻った。
そうだ!今日は半日だから放課後は他の生徒はほとんど帰宅するし食堂に行けば一緒に食べられる!
清水先生も一緒なら生徒や先生に見られても問題ないだろう。

『ありがとう。受け取った。
代金は放課後に食堂払いに行く。』

僕は歩きながらメールを送った。

職員室に駆け込んだ僕に、清水先生が寄って来た。
「お前何をしてんだ?朝のホームルーム始まるぞ。…ん?」
「あ、はい。わかってます。」
「そっか…おにぎりだったな。
有料なんだから大事に食べろよ。」
「…はい。」
僕は紙袋を机の下の引き出しにそっとしまってから職員室を出た。

僕は浮き足立ったまま、担任クラスのホームルームに出た。
「…で、明後日のスキー体験合宿でスキー道具持参の者は大物は明日の午前中までに配布された配達伝票で直接ホテルへ。
宿泊道具は各自持参して集合時間までに登校。
わかったな!」
明後日の予定を簡単説明して、実行委員にバトンタッチした。

僕の気持ちはすでに放課後の食堂へ飛んでいた。
早く…早く放課後になれ!

ホームルームを終え、廊下に出た僕に牧田が声をかけて来た。
「武ちゃん!おはよう武ちゃん!」
「おう、おはよう。」
「こっち!こっーち来てちょ!」
牧田かお決まりの廊下の角まで僕を呼んだ。

「何だ、また何か企んでるか、やらかしたか?」
「はぁ?違うよー!ちゃうちゃう!」
「んん?」
いつもと様子が本当に違うな…。
「真朝がね~。
多分だけど…ヘコんでる??」
「えっ…。」
今朝の彼女の表情を思い出した…やっぱり何かあったのか?
「放課後、食堂に連れてくからさ。
元気付けて欲しーの。
ダメかなぁ?」
「いや、元々食堂で田宮に会うつもりだったし。」
「そーなの?良かった。」
牧田はそう言って教室に戻っていった。

金井先生と何かあったのか…聞きたい…でも…そんな下世話な事をして…逆に彼女を傷つけてしまわないだろうか…。
僕は彼女の気持ちに配慮しなければならないと思った。

金井先生も今朝の様子がおかしかった気がする…。
まさか…!
いきなり手ェ出しちゃったとか?
いやいやいや!無い無い無い!
さすがに…無いとは…思う…思いたい。
逆に僕の方が不安感からモヤモヤして来た。


ようやく放課後になり、僕は清水先生を引っ張るようにして食堂に向かった。
「なんだよ!そう焦んなくても姫は逃げないだろーが!」
「そうなんですけど…。」
心配で心配で…胸のモヤモヤが…。

悪い方に考えないようにしてるものの…。
万が一とか考えちゃって。

僕と清水先生は飲み物を購入してそのままテーブル席の方に行き、田宮と牧田を探した。

「シミ先!こっちこっち!」
牧田がこっちに向かって大きく手を振った。
田宮はこちらに気がつき会釈した。

「じゃまするぞ!」
清水先生が先に牧田の正面に座った。
僕は空いていた田宮の前に座った。
牧田はラーメン、田宮は小ぶりのお弁当を食べていた。
「田宮、ほら300円。おにぎり代金。」
僕はポケットから小銭を出して田宮に渡した。
「ありがとうございます。」
「何!何?」
牧田が飛びついた。
「田宮に頼んでおにぎり作って貰ったんだ。
タダってのもアレだから1個100円で。」
「銀ちゃん、後でジュース飲みましょう。」
「やたーっ!真朝のおごりだ!」
牧田の喜びように、僕と田宮は視線を合わせて笑った。

僕は袋からおにぎりを3つとも出してみた。
「わかります?」
田宮が意味ありげに、聞いてきた。
「えっ…。」
よく見るとおにぎりの顔が3つとも違っていた。
「この…目のデカイやつ…僕か?」
「はい。」
「じゃあ…こっちのシャープな感じはい…久瀬?で残ったのが…田宮?」
「正解です。」
イタズラっぽく彼女は肘をついて笑った。
「わー!可愛いー!いーな!いーな!」
牧田が物欲しそうに見た。
「ダメだ!やるか!」
僕は抱え込むようにして、先に久瀬のおにぎりを迷わず食べた。
「ん美味い!」
おにぎりを頬張る僕をクスクス笑いながら彼女は見ていた。
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