手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

スキー体験合宿2日目その4

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「お待たせしました。先生。」
彼女は化粧を落として、いつもの制服姿で現れた。
「じゃあ、行くか。」
「はい。」
上着を着て準備をした。
「ありがとうございました。
またのお越しをお待ちしております。」
スタッフが丁寧に頭を下げて送り出してくれた。
僕達は店を出た。
時間はすでに午後12時を過ぎていた。

ブルルルブルルル
携帯が鳴った。
「はーい。久瀬ちゃんです。
いい写真は撮れたかなぁ?」
「ああ、撮れたよ。
ありがとう。…でも。」
「でも??」
「後で金を払うよ。
どうしても僕が払いたい。」
「あ、うん。OK。わかった。」
久瀬はすんなりと僕の気持ちをわかってくれた。
「でさ…これからの事なんだけど、高級レストランとかも考えたんだけどさ…なんてったって田宮、制服じゃん。
かと言って、普通の所で2人きりだと目撃される可能性大!」
「確かに…。」
「で、昼食は銀子ちゃんと一旦合流して欲しいんだ。
カモフラージュ的にね。
銀子ちゃんには連絡行ってるから、車でそっち行ってくれる?」
「とりあえず、車に乗ればいいんだな。
わかった。」
僕は久瀬からの電話を切ると、再び田宮とジャガーに乗って移動した。
…てか…ジャガーが1番目立ってる気がするんだが…せめてタクシーにして欲しかった。

「こっち!こっち!」
ジャガーを地下駐車場で待たせて、僕達は牧田と合流した。
牧田の隣りには石井がいた。
え…昼食はダブルデート!?
「先生、田宮さんの体調戻ったんですか?」
どうやら石井は事情を知らないようだ。
「ん?ああ。大丈夫。」
「それより~銀子ちゃんはぁお腹ペッコペッコなの~!」
牧田は悲痛な叫びを上げた。
「よし!昼飯食いに行くか!」
僕は3人を引き連れて歩き出した。

結局、暖かい物を食べたいとの事で、もんじゃ焼きと焼きそばを食べる事になった。
「お前ら、もんじゃ焼きちゃんと作れんのかよ。」
もんじゃ焼き食べるのはいいが、このメンバーに不安があった。
「初めてーーっ!」
「僕も初めてです。」
「私も、初めてです。」
ガクッ。
そうなんじゃないかと思ったよ。
なんでわざわざこのメニュー選ぶかな~。

「どの味が美味しいのぉ?
武ちゃんのオススメはぁ?」
牧田と田宮は並んでメニューを見ている。
「そうだな、明太チーズとかは美味かった記憶があるかな。
あと、餅入りとか。」
「じゃあ、それにしましょうか?
変なの選んで失敗しても嫌だし。」
お、田宮はさすがに空気読んだな。
「どうでもいいんじゃん。
武ちゃんのおごりだし!」
「はああ?なんでおごりなんだ?」
「あったり前じゃん。
銀子ちゃんがこの日の為にどんだけ苦労したと思ってのよ!」
「あーったく!ハイハイ!
その通りでしたね!」
僕は石井に変に突っ込まれる前に畳み掛けるように言った。
ってか、久瀬のおかげじゃん!
牧田たいして尽力してない気がするんだけどな!
そして、結局明太チーズ餅入りもんじゃを選ぶ事になった。

先に来た焼きそばを鉄板の上で炒めて食べながら僕の右隣にいた石井が不思議そうな顔をした。
「何か?違いますね。
教室の武本先生と田宮さんとは。」
「へっ?」
ドキッ!何言い出すんだよ!
僕は正面に座る田宮と視線が合った。
「ばっかね~。
それは武ちゃんの授業が面白くないからに決まっちゃってるじゃん!
今は授業中じゃないし。
面白くなくても問題なし!」
牧田が思い切り毒を吐いた。
「面白くない、面白くないって連呼するなよ!
こっちだって、いっぱいいっぱいなんだぞ!」
「ぷっ。やだ…おかしい…あはは。」
思わず田宮まで吹き出した。
「面白い授業って何だよ~~!」
わかってたら苦労してねー!
「…簡単なことですよ。
自分が楽しんで下さい。
それが面白い授業です。」
田宮は僕の目を見て微笑んだ。
ああ…そうだなきっと…。
この前の4組の授業のような…。

「やたー!もんじゃ作るよー!」
牧田が張り切って声を上げた。
「待て!待て!お前はダメだ!
食い物じゃなくなる!
僕しか作り方知らないんだから、手を出すな!」
慌てて止めに入った。
まったく…何度、僕を死に目に合わせるつもりだよ!
「じゃあ、先生の腕前を拝見しましょうか?ふふふ。」
試すように田宮が視線を送って来る。
えっ…もしかして自分でハードル上げたかな。
僕だって数えるくらいしか経験ないんだよな本当は。

確か…油を引いてから、具材だけを炒めて、土手を作って…。
「わお!ドーナツみたい!」
牧田が鉄板に顔を近づけて興奮した。
「こら!危ねぇぞ!
こっから汁入れるんだから跳ねるぞ!」
そう言って汁を流し込んだ。
ジャー。
蒸気が上がる。
「なんかダム湖みたいですね。
ワクワクします。」
田宮が嬉しそうに見つめる。
液がグツグツして来たところで崩しにかかった。
「あ~~壊した!武ちゃん!
ひど~い!」
「酷くねぇよ!こうやって作るんだ!」
僕は3人に小ベラを配った。
いい感じに焼けて来たところで見本をみせた。
「いいか、こうやって小ベラを使って食べるんだ。」
小ベラを使って、もんじゃを押し付けるようにして引き、もんじゃを口に入れた。
「あ!美味い!成功!」
僕の一声で3人が一斉に食べ始める。
「美味ちぃ~!」
「美味いっす!武本先生尊敬します!」
「あっ…あふっ。」
あ…田宮熱いの苦手だっけ…はは。
慌ててジュース飲んで…可愛い!

ダブルデートは結構楽しくて、学生気分を味わう事が出来た。
本当に僕も君と同じ学生だったら良かったのに…。
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