手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

スキー体験合宿2日目その7

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「2年の為にお願いします。」
食堂に入って席に座るとロバ先生から予想外のお願いをされてしまった。
「と、言われましても…。」
「聞いてみると、男女問わずに武本先生に興味があると…昨夜のような事があると困るし…この際、教師と生徒の交流会をと思いまして。」
「はあ…。」
「大丈夫ですよ。
1年と2年の教師を交換して雑談するだけです。
小1時間で終わります。」
ちくしょう!告白する時間がドンドン減ってるじゃないか!
明日の夜は新年会やるとかまで言ってるし…。
本当にチャンスは来るのかな…。
 「お前の正体知らねー2年は、変な期待してんだろうな!」
ニタニタしながら清水先生が突いてくる。
「清水先生も同席なんすから!
ちゃんと2年の相手して下さいよ!」
「高2のガキなんざスケベ話しすりゃすぐに盛り上がる猿だよ。」
「その猿を煽らないで下さいよ!」
清水先生とってのが余計不安なんだよ!
「まあまあ、とにかく生徒の楽しい思い出作りの為ですから。」
「はい…。」
今日は仕事してないし…それ位の仕事はしないとマズいよな。

田宮に告白出来ないのかな…。
僕は清水先生から借りたロザリオに手を当てた。

食後、交流会参加者は大浴場には行かずに
各学年一部屋に集まって話す事になった。
男女混合の為に昨晩のような羽目を外す様子はなかった。

「で、何が知りたいんだ?」
僕と清水先生は椅子に座り、腕組みをして数十人の生徒を相手にした。
「時間がないので、質問を前もって選んでおきました。」
代表らしき2年の生徒がそう言ってノートを読み始めた。
「初体験の年齢は?」
ズルッとこけた。
「お前等!なんでソコにこだわるんだ?」
「答えてやれよ~武本!
ちなみに俺は中3の夏だな。」
おおおお~~!っと清水先生の答えに歓声が上がった。
「ええ~。…高2の夏だ!」
もうヤケクソだ!
おおおお~~!
「やっぱり夏が多いんですね!では、今までお付き合いした人数は?」
「ち…ちょっと…待て!それ系の質問しかないのか?」
「はい!時間がないので人気のある質問を選ぶとラインナップはいずれもこんな感じです!」
「……!!」
猿だ…マジにこいつら猿だ!
清水先生は横で腹を抱えて大笑いしていた。
僕はもうヤケクソで全部ブチまけてやった。
ドン引きしようがわめこうが全部に答え尽くした。
1時間後、2年はスッキリした様子で僕と清水先生を送り出した。
僕はもう魂が口から出そうなくらいにメンタルをやられていた。

高校教師なんて最悪の仕事だ!!
改めてその言葉を噛み締めた。

僕は清水先生と別れて乾いた喉を潤す為に自販機へと向かった。

「本当にこれでいいの?銀ちゃん。」
「うん!飲んだ事ないからチャレンジ!!」
自販機の前に田宮と牧田がいた。
パーカにジャージの田宮と上下ピンクのスウェットの牧田がジュースを買っていた。
「あ…。」
「あら…武本先生も何か飲むんですか?」
田宮が僕に問いかけた。
「あ、うんコーヒーでもと…。」
「じゃあ、おごります。」
「えっ?」
彼女は僕の返事を待たずしてコーヒーを購入して僕に手渡した。
「この前のおにぎりのお金で、銀ちゃんにおごってたんです。
ここの自販機100円だから。
この前300円いただきましたから、これで丁度いいんです。」
「いや…でも。」
「女がおごったら黙って飲んで下さい。」
「そのセリフ…!ははは。
わかったよ。頂くよ。」
僕はコーヒーを一口飲んだ。
「すっげぇ美味い!」
「ぐえ~。銀子ちゃんの何か変なの!
このバナナアボカドソーダ。」
「外れたわね。私のメロンソーダ飲む?」
3人で自販機を囲んで飲んだ。
さっきまでの負傷しまくった僕のメンタルは一気に回復した。

「田宮…明日のスキー。
また一緒に滑ろう。」
「はい。喜んで。」
彼女が肩をすくめて微笑んだ。
「なぁ…田宮は僕がその…過去に付き合った人とかって気になるか?」
「ん?どうしてですか?
全然気になりません。」
「あ…そう…。」
やっぱり、想像通りの答えだ。
「そうですね~。
過ぎた事をあれこれ知っても…変えられないですし…。
過去があってこその、今現在の武本先生がいるので私はそれで充分だと思います。」
「えっ…と。
今が一番いいって事…か?」
「そうですね。
素直に言うとそう言う事です。」
「ありがとう。嬉しい!」
「それほど、喜ぶ事でしょうか?」
「それでも。嬉しいよ。」
君の口から今の僕が一番いいと聞けただけで天にも上る気分だった。
彼女は少し、困惑したものの僕の喜びようにクスクスと笑いだした。
「子供みたいですね。」
「おう!僕はまだガキなんだよ!」
「随分と大きなお子様ですね~。ふふふ。」
彼女か笑うと、牧田が割り込んでさけんだ。
「銀子ちゃんはもお、大人よ!」
「あ~ハイハイ。大人大人。」
僕は牧田を軽くあしらって、田宮に視線を送った。
彼女も笑いながら僕に視線を合わせた。
僕の心は目と目で通じ合った幸せな気持ちになった。

部屋に戻った僕はシャワーを浴びて、部屋着のジャージに着替えてベッドに寝そべって考えた。

明日…ミニ新年会をどうにか抜け出して彼女と2人きりになれないだろうか…。
スキー場には生徒もウロウロしていて一緒に滑れるが告白には向かない。
どうにかして時間と場所を確保しなければ…。

さっきの自販機前の彼女の微笑みで、僕は一層…彼女に告白したくなっていた。
彼女の顔を思い浮かべるだけで身体中の体温が上がる…。

「ああ!もう!バカくそ可愛い!」
僕はベッドの上で悶えながら転がった。
「おいおい、そこで自慰行為なんかするなよ!」
隣のベッドに座り部屋着に着替えていた清水先生に突っ込みをいれられた。
「誰が清水先生の前でンな事しますか!
猿じゃあるまいし!」
「いや…欲求不満溜まってるみたいだからよ…。」
「高校生と一緒にしないで下さい!
自制心はあります!」
「協力してやろうか…?」
「えっ…!自慰行為ですか!?」
何考えてんだこのオヤジは?
「バカ!ンなモン協力するかボケ!
田宮との時間作ってやろうかっつてんの!」
「あ…。」
「明日の新年会な、お前のビールだけノンアルコールにしてやる。
他の奴ら早々に潰してやるから抜け出せ!」
「いいんですか?抜けても…。」
「潰しちまえば、お前の事なんか抜け出してもわかんねえよ。
なんならロビーの信楽焼の狸でも入れ替えときゃわかんねぇよ!」
「信楽焼の狸ですか…。」
明らかに形違うんですけど。
雑な仕事だなぁおい!
でも…チャンスを掴む為には…。
「よろしくお願いします!清水先生。」
「おう!じゃ、明日の為に今日はゆっくり眠るんだな。」
「はい!」

そうだ清水先生だってふざけてる面は否めないものの、全面的に協力してくれてるんだ。…告白成功させないと。
僕は興奮する胸を押さえて眠りについた。
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