手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

王子の決意

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バスが学校に到着した。
生徒はその場で解散となる。
生徒を降ろした後、僕は点検をしてからバスを降りた。
目の前に…金井先生がいた。
「おかえりなさい。武本先生。」
「ただいま戻りました。」
刺すような鋭い視線を感じる。
「どうして4組のバスに?」
「ロバート先生に付き合った清水先生が二日酔いがひどくて、騒がしい4組じゃ吐いてしまうからと交換したんです。
細かい事、気にしますね。」
「細かい事ですか…。確かに。
いえね、武本先生のお顔が随分と楽しそうでしたのでつい…イジワルしたくなりました。」
「…そうですか。」
その気持ちもわからなくはない。
この3日間、金井先生にしてみれば不安でたまらなかったはずだ。
しかも、実際僕は彼女に告白までしてる状態だ…。

僕は深く掘り下げる事なく、点呼を取り生徒を帰宅させた。
グロッキーな清水先生がヨロヨロとこちらに向かって来た。
「おっす。金井先生。」
「おかえりなさい。清水先生。
おや、本当にかなりグロッキーですね。
保健室で休みましょうか?」
「ああ、そうするよ。」
金井先生は清水先生を保健室まで連れて行ってくれた。

僕は生徒全員が帰宅してくのを確認してから職員室に行った。
今回のスキー体験合宿の報告と反省会が簡単に行われた。
清水先生の分も書類を貰い、自席に戻った。
サッと片付けて帰宅しようとすると、職員室に金井先生が入って来た。
真っ直ぐに僕の方にやって来た。
「少しだけ、お話し出来ませんか?
武本先生。」
おそらく、この3日間の事を知りたいのだろう。
田宮 美月の件もあり、僕は了解する事にした。
「わかりました。
ここではなくカウンセリングルームですよね。
行きましょう。」
僕は自ら歩み出した。

カウンセリングルームでは金井先生が僕にブラックコーヒーを入れてくれた。
金井先生は日本茶を一口飲んだ。
小さなテーブルを挟み向かい合わせで椅子に座ってお互いの出方を待っていた。
金井先生が痺れを切らして口火を切った。
「実は真朝君に言われましてね。
手が…僕と手が繋げないと。」
「…そうらしいですね。
彼女から直後聞きました。」
「ほう。直接話したんですか。」
金井先生の目がギラギラして来たのがわかった。
「本人も悩んでいるらしいです。
前にも言いましたが、彼女は繊細です。
焦らないであげて下さい。
僕だってすぐに手を繋げた訳じゃありません。」
僕も負けじと視線を金井先生に合わせた。
「…ということは、武本先生とはちゃんと手を繋げてるんですね。」
「そうですね。一応。」

「…彼女は武本先生が好きだと思いますか?」
金井先生は直球を投げて来た。
「いえ。彼女が僕を好きになるのは可能性としては少ないですね。
彼女は決して《好き》とは言わないでしょうから。」
「なるほど彼女をよく理解してる。
手強い訳だ。」
「…金井先生。
隠しておく気はないので言っておきます。
僕は彼女に自分の気持ちを昨夜告白しました。
でも、返事は貰っていません。いえ。
必要ないと考えました。」
僕は意を決して金井先生に話した。
「どういうつもりですか?
僕にそんな事を話すなんて。」
「いずれ聞かれるのなら、今言った方が早いので。
それと…僕の彼女への愛し方は金井先生とは違う事を知って欲しかったからです。」
「愛し方が違う?どういう事です?」
「僕は見返りは期待していません。
だから、もし彼女が金井先生を選んでも構いません。」

金井先生が僕の言葉に噛み付いた。
「偽善だろ!そんな物は!」
バン!!
テーブルを両手で叩いた。
「…かもしれません。
それでも、それが今現在の僕です。」
僕は揺るぎない信念を見せつけるかのように真っ直ぐと金井先生を見つめた。
「随分と大人に成長したようですね。
まさか…こんなに手強い相手になるとは思いませんでしたよ。
あなたを甘く見過ぎたようだ。」
「金井先生が彼女にキスした事も知ってます…それでも僕の心は揺るぎません。
おそらく…それ以上の関係があったとしても…何1つ変わりませんよ。」
「そうですか。わかりました。
ですが、僕は僕のやり方で行きます。
僕にも信念がありますから。」
息がつまるほどの緊迫感が部屋中に充満しているのがわかった。
冷静な振りをしている金井先生も、実際は腹わたが煮えくり返るくらいに憤りを感じているに違いない。

「金井先生。
実は田宮 美月の件で話したいんですが。」
緊張した空気を破るように僕は話しを切り替えた。
「何かありましたか?」
「あくまで噂なのですが、1、2年にウリを斡旋する生徒がいるらしいのですが…。」
「その話しですか…。
実は詳しく話してませんでしたが、うちのカウンセラーが精神を病んだのはその件なんですよ。
直接加担した訳ではないようですが…。」
「やはり田宮 美月…!?」
「でしょうね。
ただし、この件に関しては証拠が何1つありません。
事が事だけに尻尾を出すかどうかさえ不透明な状態です。」
「1年に、声をかけられた生徒がいました。
顔は覚えていないらしいのですが。」
「そうですか…という事は今現在もやっている可能性がありますね。」
金井先生は考え込んでしまった。
「とりあえず、今度また清水先生ともお話ししましょう。」
「わかりました。
対策も兼ねてそうしましょう。」
金井先生はそう言うと僕の顔をチラリと見て言った。

「真朝君から《好き》を引き出した方が勝ちということにしませんか?」
「えっ…。勝ちとかはそんなつもりは…。」
「僕はケジメをつけたいんです。
ダメですか?」
「…そうですね。
きっと彼女が《好き》と認める時は本気だと思いますから。
わかりました。
それで結構です。
では…これで失礼します。」
僕はそう言うと席を立ってカウンセリングルームを後にした。
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