手の届かない君に。

平塚冴子

文字の大きさ
上 下
213 / 302
3学期

第2回魔女対策会議その2

しおりを挟む
「これは刑事事件になり得る案件だぞ。
俺達だけで話してていいのか?」
清水先生が口を挟んだ。
当たり前だ。
極普通ならそう考えるし…法での裁きを求める。
でも…けど…それで…それが本当に…?
胸の奥の黒いものが益々カサを増してきた。

「僕等は警察でも裁判官でも弁護士でもありません。
あくまで…生徒の味方に立つ。
それが…僕等の正義だと考えます!」
「金井先生…!」
僕は金井先生に視線を合わせ頷いた。
「久瀬君にも教わりましたからね。
本当の正義なんて、その人の側に立たないと意味が無いってね。」

そうなんだ…自分の正義が相手の正義なんて幻想なんだよ。
僕は良く知っている…誰よりも知っている。

「このタブレットには、経験者の声があります。
ほとんどが、こういう事を辞めさせたい。
しかし…今現在の自分の立場を守りたいともあります。
彼女達は罪悪感という罰をすでに受けています。
警察沙汰になれば、辞めさせる事は出来ても彼女達を守る事は出来ません。」

「つまり…魔女の尻尾は俺達が掴まなきゃなんないのか…。」
清水先生は溜め息混じりに腕を組んだ。
「かなり大変だとは思います。
卒業のタイムリミットも迫っています。
ですが…尻尾を掴み、彼女をこれ以上エスカレートさせない為にも。
…魔女を潰すのではなく…魔女の魔法を解く方向で行きたいんです。
法で裁かなくとも、他に方法はあるんだと…僕は信じたい。」
「僕もそう思います。
確かに警察や法廷で裁きを受けるのも大事かもしれませんが、本当に大事なのはその後に残った被害者です。
どんなに法律が正しくとも、起きてしまった過去を正す事なんて出来ない。
だから…僕は1番に…被害者が未来を生きて行けるようにしてあげたい…そう思います。」
そう…これは田宮が僕に教えてくれた答えだ…。
彼女が僕に未来を見せようとしてくれてる…。
僕はここに居ない彼女のぬくもりを思い出しながら、自分なりの答えを発した。

「なるほど…な。
確かに…俺も過去は罪人だ。
そこを突かれるのは…辛いわな…。」
あ…清水先生…遥さんの事を…。
心中未遂…で一緒に逝けなかった悲しみと、彼女1人を逝かせてしまった罪悪感…。
なんて…辛い罪なんだろう。

清水先生もまた、僕等と同じ考えを共有してくれる事になった。
とりあえず、金井先生は天堂さんに引き続きの調査及び、金の行方についての調整を頼んだ。
そして、僕と清水先生は里中や葉月など、魔女に利用されそうな生徒のマークと保護を心掛ける事にした。
金井先生は魔女の足止め、またはプレッシャーを掛けて、尻尾を出させる事に力を入れる事になった。

「時代が時代なら魔女は、歴代の悪女だな。」
清水先生は呟いた。
「そうですね…。
そうまでしてお金が欲しいのでしょうか?」
僕はその点がどうも気になった。
家が貧しい訳ではないし…あの母親なら魔女にはいくらでも金を出しそうに思うのだが…。

「いえ…僕の考えでは違います。
逆に不安なんですよ。
お金というよりも…権力ですかね。
権力を誇示し自分が1番上に立って居ないと…。」
「…確かに。そうかも。」
金井先生が額に人差し指を当てながら呟くように話し出した。
「真朝君にはその仕事についてなにも知らせないし、利用していない…。
真朝君から直に情報が漏れるのを恐れたとも思えますが…おそらく…。
魔女があえて、真朝君を金儲けの材料としないのは…真朝君が魔女にとっての聖域なのではないかと…。」
「聖域…田宮 真朝が?」
「最後まで…どんな事があっても真朝君だけは、絶対的に魔女の下で動いてくれる。
意外にも、真朝君は魔女の最後の砦なのかもしれません。
だから…真朝君だけは汚さないのかもしれない。」
「姉妹としてはイカれた関係だな。」
清水先生が頭を掻き出した。

そういえば…香苗が彼女を刺したナイフは、刃渡りが短く、あれで殺す事なんて不可能だ。
僕が彼女に近づくたびに…魔女は条件を出して来た。
あれは…彼女が自分から離れるのが怖かったのか?
僕が彼女を奪うと…だから…必要以上に僕を仲間に引き入れたかったのか?

心当たりがあった…魔女は職員室でも…僕に言っていたじゃないか…!

『でも…。あの娘は私の道具なの。
武本先生にはあげられないの。
ごめんなさいね。』

「魔女は…屈折してるが…妹を家族としてみてるのかもしれない…。
自分は母親よりはマシだと言ってた…。」
「屈折した愛情…魔女にぴったりじゃないですか?」
僕の言葉に金井先生が同調した。

そして…だからこそ…彼女は、辛くても苦しくても…魔女の言いなりになって、魔女を心配までしていた…。

「もしかして…僕等が思うより…魔女の力は強くないのかもしれないですね。
むしろ…端を突つけば崩れ去る…。
臆病だからこそ…力を誇示しないと生きて行けない。」
「いい見解ですね。
同意させてもらいますよ。」
金井先生はうんうん頷いた。

力強い仲間と酒を呑み交わし、俄然勇気が出てきた。
もう、魔女に脅えたりしない!
しおりを挟む

処理中です...