手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

魔女の孤独1

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2時限目。
1年4組の授業だ。
何とか彼女を当てるとかして声を聞きたい。
白々しくならないように。
ああ…キス…したいなぁ。
柔らかくて、甘くとろけそうな…。
はっ!ヤバい!何、妄想してんだ僕は!

教室のドアの前で妄想なんて…超恥ずかしい。
「はぁ。」
呼吸を整えてドアを勢いよく開けた。

ガラッ。
「席に着け!授業始めるぞ!」
僕の一声で生徒達が慌てて席に着いた。
出席を取りながら横目で彼女を見る。
つまらなそうに、髪の先を指でクルクル巻いていた。

…やっぱり、温度差感じるな…。
僕を好きになるなんて、想像さえ出来ない。
僕だけが、こんなにも好きなのに。

「先生~!実力テストは難しいっすか?」
「範囲が広いからやだ~。」
4組は相変わらず自由で勝手に話し始める。
「実力テストはお前らの実力の程度を測るものだ…普段の勉強の成果がでる。
一夜漬けなんて、浅はかな事考えてやるな。
いいな。
…ま、逆に言えばもう遅い奴もいるかもしれんな。」
僕は軽く毒を吐いた。
「武本先生キビシ~~!」
あれ…これは、チャンスじゃないか?

「田宮!今回は白紙答案出すなよ。
わかってるな。」
彼女の声が…聞ける。
「そうですね。
でも、生徒の1年間の実力のテストなら、出題する問題内容も先生の質を測るものですね。
楽しみにしてます。ふふふ。」
あ!また…こいつは、もう!からかいやがって。
「さすが!田宮負けてねー!」
「今年は武本先生の負けで決まりだな!」
クラスがドッと沸いた。

「ほら!サッサ授業始めるぞ!」
僕は黒板に向かって、顔を思いっきり緩めた。
あの…イタズラっぽい笑顔が、たまらなく可愛かった。

昼休み…魔女に会う勇気が出た。

「おう、まだ葉月から連絡来ないか?」
「はい。
やはり彼女も気を遣って授業時間を考えてくれてるんだと思います。」
「そっか、じゃぁほい!携帯。」
「はい、僕の携帯どうぞ。」
職員室で清水先生と携帯を交換した。
もう昼休みだ。
僕は早々に清水先生と食堂で昼飯を食べ終えて、生徒会室へと向かった。


生徒会室はこの時期、閑散となる。
引き継ぎも終わり、卒業式まで特にやる事はない。
生徒会室のドアの前で耳を澄ませた。
話し声や、複数の人の声は聞こえない。
魔女も1人か…?

コンコン。
ドアをノックすると鍵を開ける音がした。
ガチャ。

「いらっしゃい。武本先生。
どうぞ。入って下さい。
怯えなくて結構ですよ。
鍵も開けておきましょうか?
…と言っても、他人に聞かれると真朝にとって良くはないのかも…。
会議中の札を掛けて頂けます?」
「あ、ああ。」
僕はドアの横にある札掛から《会議中》の札を選んで、ドアの外側に引っ掛けた。

「どうぞ、座って下さい。」
彼女は生徒会室の椅子を勧めた。
「…。」
僕は警戒しながら座った。
魔女は生徒会室のテーブルを挟んで、正面に座って僕を見た。

「先生は…真朝の事をどこまで知ってるのかしら?
あの子が普通じゃない事は…近づけば近づくほど、わかりそうなものなのに。」
「普通とか普通じゃそんなの、定義がある訳じゃないだろ。」
「あら…参ったわね。
その話し方…知恵が付いてきたのかしら。」
「話しと言うのは、そんなつまらない話しか?」
僕の問いに魔女は、クスッと笑った。

「…なんとなく、わかるような気がするわ。
武本先生…弱い人間…怯える人間…。
先生にも同じ匂いがするわ。
底辺を知ってる人間…。」
「悪口かよ。」
「褒めてるのよ。話し易い人って。
真朝がなつくのが少しわかるわ。
話したくなるもの…秘密を…。」
「…秘密!?」
まさか…僕に自白しようとしてるのか?
一気に緊張感が、僕の身体を硬直させた。
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