手の届かない君に。

平塚冴子

文字の大きさ
上 下
227 / 302
3学期

魔女の孤独2

しおりを挟む
「真朝は私の事なんて言ってます?」
「えっ…君がいなければ…ゴミのように扱われたはずとか…感謝してるとか。」
「ぶっ!あははは。
あの子らしいわね。全部知ってるくせに。
…私がいないとあの子が生きて行けない…?
逆だわ…あの子がいるから私はこうやって権力を持つ事が出来るの…。」
「な、何言ってんだ?
彼女…田宮 真朝がいるからって…。」

「母親があの子に毎日、何をしてるかご存知?
顔を合わせば罵倒、怒号して、側にいるのがわかれば大声で悪口や愚痴を浴びるように聞かせるの。
私と比べる事も多いわ。
そして…私を異常に可愛がる。
あの女は気が付いてないけど…私にはそれが恐怖なのよ。」
えっ…恐怖…?
彼女が恐怖を感じるんじゃなく、魔女の方が恐怖を感じてるって言うのか?
なんでそんな…。
「真朝は私と対比した位置にいた。
毎日毎日、あの女の真朝を罵倒し続ける態度。
…もし…真朝がいなくなったら。
…次は私の番なんじゃないかって。
あそこで、うずくまってるのは真朝じゃなく私なんじゃないかって!
いつも不安だったわ…。
でも…その度にあの子…笑うのよ。
…私は大丈夫だよって。」

そうだ…。彼女はいつも、相手を気遣ってムリに笑う…大丈夫だと…全然大丈夫なんかじゃないのに彼女は…自分を犠牲にする。

魔女は意外にも弱い…金井先生が以前推察した通りだ。
しかし…何でそんな話しを僕に話すんだ?
話し易いから?…売春斡旋の罪の意識…?

「…あの子…真朝を変えないで。
あの子が変わって…逃げ出してしまったら。
全てを失って…私は壊れてしまう。」
何言ってんだ…?変えないでって…僕が?
「ちょ、ちょっと待て。
話が全く見えないぞ!
僕が彼女を変える?
僕はそれほど彼女に影響を与えてるとは思えない。」
ンな事あり得ないだろー。
「そう…。それならいいけど。
でも先生は…いずれあの子を私から奪うのよね。
ねぇ。先生は、あの子をどうしたいの?」
「それは…自由にしてあげたいし…母親からも助け出したい。」

「…それって結婚しますって聞こえるけど。」
「なっ!ンな訳あるか!
なんで、どいつもこいつも結婚させたがるんだよ!無理に決まってんだろ!
付き合えてさえいないんだから!」
「真っ赤になっちゃって、先生可愛い。」
「か、からかうな!」

「私の初めての男は中学校の数学教師だったの。」
「はああ?お前それって!」
「そうよ。強姦されたの。中2の時教室でね。」
何すげぇ事、告白してんだよ!
僕は言葉が出なくて口をパクパクさせた。
「真朝が羨ましい。
武本先生はちゃんと真朝を愛してくれてるもの。
同じ先生でも、私の場合はすぐに逃げちゃったけど。」
「えっ…と。」
何て言ったらいいんだよ。
僕はオロオロし始めた。
「誰かに相談しなかったか?でしょう。
大人が良く言う、お決まりのセリフ。
そんな話相談出来る人間が周りにいる…なんて子の方が圧倒的に少ないのに。」
「すまない…何て言っていいか。」
「武本先生、おっかしー。
先生が謝る話しじゃないのに。
おかげで世の中には汚い事の方が多いって、勉強になったわ。」

まさか…だから逆にそれを利用しようとしたのが売春斡旋なのか?
同じ傷つくなら大金と引き換えに…!?
聞きたい…けど…まだ、聞ける話しじゃない。
証拠もないんだから。
僕は拳を握って黙り込んでしまった。
魔女は孤独で傷ついていた。
僕が抱いていたイメージと全く違う…18歳の悩める少女だった。

「最後に聞かせて。真朝のどこが好き?」
「あ…えっ…と。
イタズラっぽく笑ったり、すぐ1人で我慢して…大丈夫って言ったり…勉強出来るのに恋愛には全くの知識不足で…。
側にいると時間がゆっくり流れて…気持ちよくって…手を繋ぐとホッとして…。」
あ!ついつい…何言ってんだ僕は!
耳が真っ赤に染まったのを感じた。
「あ~~もう。のろけ過ぎ!
呆れちゃう。どんだけ好きなんだっつーの。」
「…ごめん。図に乗った…。」

「ありがとうございます。武本先生。
もっと早くこうして話せていたら…楽しかったかな。
もう、お昼休み終わりますね。」
「あ、そうだな…じゃあ行くよ。」
僕は席を立って生徒会室を出た。

バタン。
閉まったドアの向こうで…何故だか魔女が泣いている気がした。
しおりを挟む

処理中です...