手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

魔女包囲網2

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「本当ですか?金井先生。」
「天堂に調べさせていた金の流れが不自然だったんですよ。」
「不自然ですか?」
僕は金井先生を食い入るように見た。
「ええ。
つまり、魔女の取り分が異常に少ないんです。
高額分の8~9割は当事者に。
残り1~2割は魔女に行きますが、このお金も協力者の手数料として手渡されてました。」
「なんだそりゃ。
魔女は無料奉仕か?」
清水先生も驚きを隠せない。

「そんな感じかと。
やはり魔女はお金目的ではなかったと結論付けられます。
捻じ曲がった、少女達への救済活動だったと見るべきなんです。
汚い大人達に少しでも爪痕を残し、処女喪失の報酬を出来るだけ当事者に与える。
魔女の目的はそこだったんです。」
金井先生が理論立てて説明した。
「歪んだ優しさ…歪んだ愛情…。
やはり、魔女自身が悩み苦しんでると言う事ですね。」
僕は生徒会室での魔女の表情を思い出した。

「その通りです。」
これは、結局は薄汚い大人の欲望が生み出した歪みなんだ。
そして…いつも傷つき、悲しむのは少女達。
そんな世界だからこそ、あえて魔女は自分の手を汚して同じ歪んだ角度から救済しようとしたんだ。
力のない自分が出来る方法で…でも、やっぱりそれは間違ってる!

「俺達も含めて、教師は教師失格だな。
自分の仕事は学業だけと割り切って、生徒を見ようとしない。
そうやって、生徒はどんどん大人の汚さに傷つき苦しむってのに…。
まったく、情けねぇ。
ここまで来て、気づくなんて。」
清水先生は現実の残酷さにショックを隠せないでいた。

「金井先生…これからどうしたら、いいですか?
魔女を更生させ、正しく導くにはどうしたら…。」
「まずは、葉月さんの話しを聞きましょう。
彼女は未遂に終わってるので、他の当事者よりも話し易いはずです。
ただし…僕も、こんなケースは想像してませんでしたからね。
正しく導く自信なんて、正直ありません。
ですが…逃げない事が1番だと考えています。」
「ある程度の証拠が出次第、魔女に接触し、出来れば説得まで持っていければいいんだがな…。」
頭を抱えながら、清水先生は呟くように言った。

なんてこった。
皆んなが皆んな傷つき、汚れて行く。
遥さんじゃなくても、こんな話しを聞くとこの世界に嫌気がさしてくる。
でも、これは現実で悪夢なんかよりもっとタチが悪いんだ。

「多分…魔女自身、それを望んでるんじゃないでしょうか?
抜け出したくても、その方法がわからないでいるんだと思います。
だから…僕に自分と妹との関係性や過去のトラウマを話したんだと思います。
本当はもっと告白して楽になりたいんだと…。」
僕は2人に呼びかけるかのように言った。
「武本先生。僕も同じ意見です。
でも、だからと言って、焦った行動に出るのは好ましくないとも思ってます。
これは、かなり繊細な問題です。
行動を間違えると、とんでもない事になります。」
金井先生の言葉に納得したものの、事の重さに3人共しばらく黙り込んでしまった。

「とにかく、葉月の話しを待とう。
続きはそれからだ。
魔女もその様子だと、新たな問題を起こすとは思えない。」
清水先生は沈黙を破り、席を立った。

「周りをしっかりと固めましょう。
それが、こんな過ちを再び起こさない為にも重要ですから。」
金井先生も席を立ち会議室を出た。

僕は何も言葉に出さず立ち上がり、清水先生と会議室を後にした。

彼女に…会いたい…。
また、胸の奥に黒いものが渦巻いていた。
これは…僕が…同じ罪人だからなのだろうか。
黒い物に脚を取られるような感覚。
僕は職員室に向かう足を、くるりと向きをかえて旧理科室へと走り出した。

「武本!?どうした?気分悪くなったのか?」
清水先生の声が遠くで聞こえた…。
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