手の届かない君に。

平塚冴子

文字の大きさ
上 下
262 / 302
3学期

王子と魔女3

しおりを挟む
ここから斜向かいの道を歩いて3分程。
PM9:15~喫茶店『ナナカマド』に入店。
奥の席にて魔女を説得。
*無理やりな説得はせず、魔女に合わせるように遠回しで。

頭に叩き込んだ情報を思い出しながら、田宮 美月を喫茶店に案内した。
店に入ると、店主が目配せして、入れ違いにさっと表の開店の札を貸切の札に変えた。

「随分と暇そうな喫茶店ね。
客が1人もいないなんて。」
「店主にも聞かれたくない話しかもしれないから奥のボックス席で話すぞ。」
僕は彼女を誘導して奥の席に座らせた。

「俺はコーヒー。君は?」
「私もコーヒーで。
頭をハッキリさせた方が話しやすいでしょう。」
相変わらず、何か含みのありそうな話し方だ。
店主にコーヒー2つを頼み、それが運ばれるまではお互い無言で待った。

コーヒーが運ばれて、店主が引き下がったところで話しを始めた。
「先生は話しを聞きたいだけって行ったけど、何をどこまで話していいか自分でもわからないの。」
様子を伺うような視線で僕を見た。
「そうだなぁ、君は今幸せかな?」
「ぷっ!あははは!やっぱりダメ!
面白すぎるわよ先生は。
幸せなら…こんな事やる訳ないでしょ。
自分がドンドン汚れて行くのに、周りはチヤホヤするの…矛盾してる。
でも、それが大人の世界だったわ。
汚い人間の方が慕われて、純粋なバカは蔑まされる。
そして、大人はそれを幸せだって平気な顔で言うのよ。」
「自分より下の人間を見て幸せだと思う。
確かに汚いが…人間のほとんどはそういう思考を持っている。
可哀想な人を見て憐れむのも、逆を言えば自分はこの目の前の人より幸せだから、上の立場だから助けなきゃと…。
相手のプライドがどんなものかも知りはしない。」
「あら、物分かりが良くなったわね。
嫌な感じ…。
でもね、あの子は違ったの。
同じ薄汚い血が流れてるはずなのに…。
あの子はそんな感情を抱いたりしなかった。
幸せも欲望も希望も夢も…。
あの子にとっては、きっと汚い大人が金を欲しがるのと同じに見えてるのかも知れない。
そして…どんな不幸も、全て受け止め自分の中で消化して行く…。」
「あの子は…田宮 真朝の事だね。」
「ぷっ!先生、私ずっと気になってたの。
真朝って名前で呼べばいいのに…。
いつも、フルネームか彼女。
私の彼がそんな事したら平手打ちよ。」

カチャカチャ。
思わず、ドキッと動揺してカップの音を立ててしまった。
「だって…。しょうがないだろ。
別に付き合ってないし…。
変かなって…。」
「そつか、『先生』だからダメなのね。」
「えっ…何が?」
「『先生』って呼ばれるから、そうなるのよ。
無意識にね。
一度2人きりになったら…下の名前で呼ばせてあげたら。ふふふ。」
「やっ…えっ…!ってか何で僕の話ばっかり!」
僕はもう耳まで赤くなっていた。
「いいわよ。付き合っちゃいなさいよ。
お似合いよ、あなた達。
…ここまで落ちて初めてわかったの。
私…幸せな顔が見たかったんだって。
それなのに…逆ばっかり…。
あの子の幸せな顔…見せてよ。先生。」
田宮 美月は背筋をすっと伸ばして僕を見据えた。
「あ、えっ…と。」
僕の頭の中を田宮 美月の言葉が駆け巡った。

田宮 真朝の幸せな顔…笑顔は見ていたが、確かにそれは幸せな顔だったのだろうか…?
いや、そんな訳ない。
心から幸せの笑顔なんかじゃなかったはずだ。
僕だって見たい…幸せな笑顔。

「約束する!今はまだ無理だけど…。
絶対に幸せな顔を見せられるようにするよ!
絶対にして見せる!」
僕は両手の拳を握り締めて自分を鼓舞するように言い放った。

「良かった…。
その言葉を聞きたかったの。
あの子、自分の幸せなんて気がつかないかも知れないけど…気づかせてあげて。
そしたら、きっと私はやっと救われるわ。」

初めて、彼女と田宮 美月が似てると思った。
全ての棘が抜け落ちた薔薇のような優しい顔で魔女は光を放っていた。

「全てを話すわ…何でも聞いて。
私は、もう悪い事ばかりして来たから、そろそろ罪を償わなきゃ。
あれだけ嫌ってた汚れた大人に染まってしまうから。
今のうちに少しでも罪を償いたいわ。
その為に声を掛けたんでしょう。」
しおりを挟む

処理中です...