手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

『勉強会』への秒読み開始1

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僕は真朝…田宮との時間差でマンションを出て、珍しくゆっくりと出勤した。
今日は一緒に朝食食べたし、旧理科室には行かなくてもいいかな。

あ、朝のキス…すりゃ良かった。
まあ、いいか。
なんか、それよりもあの空気感の方が僕には嬉しかったし。

昨夜から今朝の事を思い出してはニヤつき、思い出してはニヤつき、はたから見たらかなりキモい顔で学校に辿りついた。

「おはようございます!先生!」
「うわぁ!つ、塚本か。おはよう。」
職員玄関に入り廊下をゆっくり歩いてると後ろから声を掛けられた。

「チョコ食べました?」
「あっと、まだ…てか、義理チョコだから先生方とかにも分けるし。」
「お!義理チョコでも女子には倍返しだよ!
バレンタインなんて女子にとっては投資なんだから!」
「投資って…お前なぁ。」
「マジよ!男はプレゼントの高さで価値が決まるのよ。」
「何処の何情報だよ。まったく。
雑誌やらネットからしか情報仕入れないからそんなんなるんだよ。」
「…ん?だってプレゼント以上の価値のある男にあった事無いし。」
「お前の彼氏はプレゼント以下かよ。」
「金持ちなので問題なしです。」

「あ、そ。
ホワイトデーは先生方のお金集めて適当なの一律で返すから、期待するな。」
「うわぁ、イタイ教師達!」
「恋愛感情防止の為だそうだ。
教頭からそういう命令受けてんの。」
「つまんない学校だわー。」

そこは、僕も同感だ。
声には出さないけどね。
いちいち禁止したところで、無くなるほどの恋愛なんて遊びだろうに。
しかも、本気なら更に燃え上がる可能性の方が大だ。
単純に禁止とか言ってる時点で、それは失敗策だろうに。

「昨年の事があるからな、一応対策しとかなきゃ学校もメンツが立たないんだろ。」
ま、後々の事を考えての防御策だな。

塚本は両手を挙げて伸びをしながら懐かしそうに斜め上を見た。
「何か去年は、結構ドタバタな1年だったかな。
武本先生のおかげで楽しくもある失敗して、思い出としては最高の話しのタネになりました。
3年とデキちゃった先生もいて、ニュースとしては面白かったです。」
「ははは~~。良かったな。」
僕は乾いた笑いでごまかした。

「今、考えたら武本先生って、良い先生なのかなって。
良くも悪くも、感情で生徒を怒鳴ったりしないし。
見てて、面白いくらいに動揺するし。
生徒を理解してくれそう。」
何だよ!急に褒て来て…。
ズレた黒縁メガネを直しつつ、返答した。
「まだまだだよ。僕なんて。
これから経験を積んでいかなきゃ。」
「そうですねー。頑張って下さい。では。」

塚本は職員室前で2年の教室へ向かう廊下を曲がって行った。
生徒から『良い先生』なんて言われる日が来るなんて思わなかったな。
何だか、変な気分だ。
嬉しいっちゃ嬉しいけど、自分の事の様に思えない。
こうやって、生徒とラフな会話出来る様になったのだってここ半年位の間だ。


自分では教師としては、まだまだだ。

そして…人間としても。
週末の『勉強会』
それをクリア出来れば、僕は君を救い出すチケットを手に出来るはずだ。

僕は職員室に意気揚々と入って行った。

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