手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

武本少年の事件 小学生編1

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武本 正輝たけもと まさき…小学5年生。
 僕は何の取り柄もない…誰の目にも留まらない。
存在感が薄いのだ。
 勇気を出して手を挙げても、先生の目に留まることさえ殆どない。
 僕は本が大好きだった…本の中の主人公達は皆、個性的で活き活きしていて…憧れだけが胸の中で膨らんで行った。
 さすがに小学生から格好で差をつける事なんて考えてなかったし、母親に言われるままの美容室でいつものおかっぱ状態。
 服装も安い物やお下がりでブランド物なんて着てなかった。
 
 夏休み明け…重たい足を引き摺るようにしながら教室に入った。
 いつものように、こちらから挨拶しなければ誰も挨拶などして来ない。
イジメられてる訳でも嫌われてる訳でもない。

「おはよう!」
「武本君、おはよう!」
「おはよう。武本君!」

 挨拶をすれば、皆ちゃんと返してくれる。
だけど…そこまでだ。
 自ら話しかけない限り、声を掛けてくる奴はいなかった。
 そんな…モヤモヤした気持ちのまま、席に着いた。

「転校生だって!うちのクラス!
始業式の後に来るんじゃない?」
 クラス委員長が教室に入るなり興奮状態で、大声を上げた。
クラスがザワザワし始めた。
 僕は実はこういうノリに着いて行けない。
 皆んなが良いというものが、本当に良いとは思えない事も多々あったし、皆んなが皆同じ感覚だと言う不自然感に吐き気がするのだ。
 個性のない僕が、こんな事を言うなんておこがましいのは十分わかっていた。

 モヤモヤ…モヤモヤ…。
 相変わらず胸の中で何かが疼いていた。
 この気持ちの悪い衝動から僕は抜け出せるのだろうか…いずれ…化け物でも産まれてしまいそうな嫌な感じ…。

 始業式の間中、僕は胸を鎮めるのが精一杯で何の話しも耳に届かなかった。
 
 教室に戻ったのさえ、記憶に残っていない。
 病気なのかもしれない…。
 最近、真剣にそう思い始めていた。
 誰にも治せない、誰にも気がつく事さえ出来ない病気…。
 
 ぼーっと、黒板を見ていると、先生が転校生らしき少年を連れて来た。
 5年生にしては背の高い160cmくらいの身長に、ウエーブのかかったショートヘア、両手をズボンのポケットに突っ込み斜めに立つ姿、そして…何よりも…僕の胸に飛び込んで来た、鋭い眼差し。
 …寄せ付ける者は全て傷付ける様な攻撃性のある…冷たく…鋭く…哀しい眼差し。
 【彼】と初めて出逢ったのだ。
 そして…僕は【彼】に運命を感じ、瞬時にして魅了されてしまったのだ。

 ドキドキした…つまらない世界を一気に反転させる、圧倒的な空気感。
 生徒達はザワザワと騒めき出していた。
 気が付くと、胸のモヤモヤなんて何処かに消え去っていた。

 先生が【彼】の席を指定した。
 ところが、隣の生徒が瞬時に立ち上がって拒否を示した。
 ザワザワ、ザワザワ。
 クラスが一層騒めき始めた…。

「先生!ちょうど、武本君の隣も空いてます。
 女子の隣より男子の隣の方が良いと思います。」
 
 クラス委員長が手を挙げて、急な提案をした。

「あ…、えっと。武本は構わないか?」

 先生もこの状況に困り果てた顔をして、僕に助けを求める様な目で言った。

「はい…。どうぞ。」

 おお!
 クラスの生徒全員の視線が僕に向けられた。
 こんな体験は産まれて初めてだった。
 これが…優越感…?
 こんな事で、クラスの生徒達が僕に尊敬の眼差しを向けているのだ。
 胸の鼓動が高鳴った。

 ドキドキ…ドキドキ…。

 【彼】はゆっくりと、無言のまま僕に視線を投げて来た。
 そして、スタスタと僕の隣に歩いて来て着席した。
 
「よろしく…武本 正輝です。」
「…お前、変わった奴だな。」
「えっ…。」

 彼の言葉で、身体中に電気が走った。
…僕が…変わってる…??
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