手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

武本少年の事件 小学生編2

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 何の個性もない、平凡で取り柄もない僕が…変わってる…【彼】には僕が、そう見えてるの?
 まるで、僕と言う人間が初めて認識されたかの様な嬉しさが胸に込み上げて来た。
 
 ノートでにやけた顔を隠しながら、横目で彼を見た。
 肘をついて、窓の外に視線を泳がせていた。
 視線の先には雲が流れていた。
 まるで一枚の絵を見てる様なその姿が、カッコよくさえ思えた。
 
 仲良くなりたい…彼の世界を僕も知りたい!

 その後、僕は【彼】との距離を少しづつ縮めて行った。
 積極的に僕から動くなんて、自分でも驚いたがそんな事よりも、彼との時間は僕にとって、キラキラと輝いて、まるで異次元世界にいる様で、毎日がドキドキしてワクワクして、スリルと興奮の日々だった。
 教師に反抗する態度も、クラス委員長を威圧する態度も、周りがドン引きする中で、僕の【彼】に対する憧れはどんどん膨れ上がるばかりだった。
 
 そう…【彼】は僕のヒーローだった。

 「お前さぁ…俺といたら、そのうちハジかれるぞ。
 俺はずっと、そうだったから平気だけど。」
「僕だって平気だよ。
 周りに合わせて首振るのが、嫌で嫌でたまらなかったんだ。
 見えない檻の中にいるようでさ。
 君といると自由になった気がする。
 自分が行動してないのに…スカッとする!」
「あははは~マジか?
 武本の頭もヤベ~な。ははは。
 俺はもっと、もっと自由になりてぇ!
 世界をぶっ壊して、全く新しくしたい!」
「壊すの!?スゴい!
 君の考える世界の話しを聞かせてよ!」

 裏山の秘密基地で、僕等は語り合った。
 2人だけの世界は自由で、破天荒で、毎日がドキドキとワクワクの連続で…。
 時間も忘れて思わず、帰宅時間もしばしば遅くなるようになっていた。

「何処に行ってたの?
こんな遅くまで!母さん、心配で先生に電話を掛けたのよ!」
 母子家庭のウチでは、母親の帰宅時に間に合わないと大騒ぎになってしまう。
母1人子1人だから、余計に事故や事件に敏感になるのだ。
「ゴメンなさい。
 友達と遊んでるのが楽しくて…つい。」
「ねぇ正輝。
 母さんはあなたに、多くを望んでいないわ。
 勉強の成績にしろ、運動能力にしろ、ある程度あればそれでいいと思ってる。
 けどね、人の道を外れるのは辞めてちょうだい。
 最低限度、守らなきゃならない約束は守って。
 母さんの希望は、貴方がちゃんとした普通の成人に成長してくれる事だけよ。
 言ってる意味、わかるわよね。」
「はい…ゴメンなさい。」

 怒鳴るでもなく、怒るでもなく、悲しい表情でそう言われるのは辛かった。
 あれだけ、笑って楽しんだ事が…まるで罪かのようにさえ思えて、帰宅後の僕は自分を責めた。
 
 けど…【彼】との時間は僕にとって、生きる糧にさえ思えるほどの充実感なのだ。
 失いたくないし、邪魔されたくない…。
 やっと…見つけた僕の場所…。
 心の何処かで、ダメだとわかっていても…僕は【彼】の世界に浸っていたかった。
 きっと…周りの人間には危険としか思えない、彼の破滅的な思想も、僕にとっては夢の世界だったのだ。

【彼】と遊ぶようになっても、クラスの人間は僕を以前と同じ、空気のように扱った。
 ただし、【彼】は月日が経つにつれ、クラスでは汚い物でも見てるかのような視線を浴びせられるようになっていた。
 どうやら、僕は強制的に【彼】の隣の席になった、貧乏くじを引いた、可哀想なクラスの仲間の1人という位置付けみたいだ。
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