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第三話 雪柳《それは奇跡のような》
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お互いの欲望を交換しあったあと。彼は身支度を整え、くちづけをひとつ残して立ち上がった。この町では、子の初刻、つまり23時に大門が閉まり、卯の初刻、5時に開く。閉門までまだ時間はあるけれど、彼はこれから屋敷に帰り、準備をして、日が昇るとともに出発しなければならないらしい。隣国に渡る最短のルートは船で国境線の大河を渡ることだそうだ。できるだけ彼の未練にならないよう、俺は笑顔を作って送り出すことにした。
妓楼の外に出ると、霧雨が降っていた。なんだか寒くて、思わず肩を震わせる。
大門までは傘を差して歩いていかねばならない。そこまで送ろうと、「僕も行きます」と言うと、彼は首を横に振った。
「ここでいい。濡れてしまうし、外は寒いから」
大門までのわずかな距離だけでも、一緒にいたいと思った。けれどそんなことをしたら、離れがたくなってしまうかもしれない。
「また……お待ちしています」
祈りを込めてそう言うと、彼は微笑んで、俺の肩に手を置いた。
一瞬、目が合う。彼の唇が何か言いたそうに動き、すぐに引き結ばれた。
「……ああ。元気で」
そしてくるりと背を向けて、一歩一歩離れていく。その背中が小さくなって、やがて闇に溶けるころ。
……俺の視界は涙でぶれぶれで、もう何も見えなくなっていた。
この世界に来るまで、俺は泣いたりしたことなんてなかった。なのに今の俺はみっともなく泣いてばかりだ。借り物の、18歳の少年の体の影響なのかもしれない。けれど、あまりにも過酷な真波さんの運命を思うと、涙は溢れて止まらなかった。
ぐすぐすと鼻を啜りながら、とぼとぼと、朝まで二人で過ごすはずだった部屋へと戻る。途中誰にも会わなかったのが救いだ。化粧もぼろぼろ、涙で瞼を腫らしたこの状態で人に会うのはきつい。
しんと冷えた部屋には、他の部屋からの楽の音や嬌声が聞こえてくる。俺は広い寝台に横たわり、彼を想った。さっきはここで、ふたりで、あんなに熱い時間を過ごしていたのに。
……どうか無事に帰って来て欲しい。陽と陽を合わせたらっていうあの迷信が本当なら、どうか彼を救ってほしい。そんなことを考えているとまたボロボロと涙が零れて。
―――そのとき。目の下をつん、とつつかれた。つんつんと、涙をつつかれているようだ。
ぎょっとして目を開けた。そこには白いひよこがいた。
「ピヨピヨ……ピピ」
俺の涙をつついていたひよこは、どしたの?とでもいうように首を傾げた。……かわいいじゃねえか。
「……お前、さっき出てこなかったな。えらいな」
その丸い頭をそっと撫でた。ひよこは不思議そうにまた小首を傾げる。ちゃんとわきまえてくれていたのがありがたい。
「かわいいな。……名前、つけてやろうか。そうだな……ひよこだから、ひよちゃん、は安直すぎるか。白いから、しろちゃん。ピヨピヨいうからピヨ、ピヨ美、ピヨカ」
ひよこは不服そうに俺の手を高速でつついた。こいつ、絶対言葉わかってるよな。
「いてててて、なんだよ、嫌なのかよ。じゃあ……リュウ」
ひよこはつつくのをやめて俺を見あげた。
「……元の世界の俺の名前。ここでは呼んでくれる人もいないしさ。お前に、向こうでの俺の名前、あげるよ。だからさ」
言いながら、人さし指で丸い頭を撫でた。
「なあリュウ。もしお前に何か力があるなら、あの人を守ってあげてよ。こんなことで命を落としていい人じゃないんだから」
ひよこは動きを止めて俺を見た。
そしてにっこりと…………笑った。
そのまま、すっと俺の手の中に消える。
……まただ! この世界にきて初めて、俺は鳥が笑うということを知ったぞ!
気づけばいつの間にか涙は止んでいて。俺は謎のひよこにちょっとだけ感謝したのだった。
妓楼の外に出ると、霧雨が降っていた。なんだか寒くて、思わず肩を震わせる。
大門までは傘を差して歩いていかねばならない。そこまで送ろうと、「僕も行きます」と言うと、彼は首を横に振った。
「ここでいい。濡れてしまうし、外は寒いから」
大門までのわずかな距離だけでも、一緒にいたいと思った。けれどそんなことをしたら、離れがたくなってしまうかもしれない。
「また……お待ちしています」
祈りを込めてそう言うと、彼は微笑んで、俺の肩に手を置いた。
一瞬、目が合う。彼の唇が何か言いたそうに動き、すぐに引き結ばれた。
「……ああ。元気で」
そしてくるりと背を向けて、一歩一歩離れていく。その背中が小さくなって、やがて闇に溶けるころ。
……俺の視界は涙でぶれぶれで、もう何も見えなくなっていた。
この世界に来るまで、俺は泣いたりしたことなんてなかった。なのに今の俺はみっともなく泣いてばかりだ。借り物の、18歳の少年の体の影響なのかもしれない。けれど、あまりにも過酷な真波さんの運命を思うと、涙は溢れて止まらなかった。
ぐすぐすと鼻を啜りながら、とぼとぼと、朝まで二人で過ごすはずだった部屋へと戻る。途中誰にも会わなかったのが救いだ。化粧もぼろぼろ、涙で瞼を腫らしたこの状態で人に会うのはきつい。
しんと冷えた部屋には、他の部屋からの楽の音や嬌声が聞こえてくる。俺は広い寝台に横たわり、彼を想った。さっきはここで、ふたりで、あんなに熱い時間を過ごしていたのに。
……どうか無事に帰って来て欲しい。陽と陽を合わせたらっていうあの迷信が本当なら、どうか彼を救ってほしい。そんなことを考えているとまたボロボロと涙が零れて。
―――そのとき。目の下をつん、とつつかれた。つんつんと、涙をつつかれているようだ。
ぎょっとして目を開けた。そこには白いひよこがいた。
「ピヨピヨ……ピピ」
俺の涙をつついていたひよこは、どしたの?とでもいうように首を傾げた。……かわいいじゃねえか。
「……お前、さっき出てこなかったな。えらいな」
その丸い頭をそっと撫でた。ひよこは不思議そうにまた小首を傾げる。ちゃんとわきまえてくれていたのがありがたい。
「かわいいな。……名前、つけてやろうか。そうだな……ひよこだから、ひよちゃん、は安直すぎるか。白いから、しろちゃん。ピヨピヨいうからピヨ、ピヨ美、ピヨカ」
ひよこは不服そうに俺の手を高速でつついた。こいつ、絶対言葉わかってるよな。
「いてててて、なんだよ、嫌なのかよ。じゃあ……リュウ」
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そのまま、すっと俺の手の中に消える。
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気づけばいつの間にか涙は止んでいて。俺は謎のひよこにちょっとだけ感謝したのだった。
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