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第三話 雪柳《それは奇跡のような》
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「ア………いいよ、そこ……。うん、あ…………」
「ここ、ですか。それとも、ここ?」
「いいね。ん……ぅ、……ぁ」
「ここ、ですね……よっと…………」
「ぁ……いたたたた!!!なにするんだ!」
がばっと月季が身を起こした。慌てて彼の足から手を放す。
俺がいるのは月季の大きな寝台の上。いまはちょうど彼に足裏のマッサージをしている最中だ。遊んでいるわけではなくてこれも立派なレッスンである。マッサージはサービスとして喜ばれるらしく、最初は肩や腰など普通の、そして最後にえっちなマッサージに移行するそうだ。そして足首にはあちらを元気にするツボがあるらしい……って下ネタか。
とにかく、足の裏には身体にいいツボが集中している。そして月季は身体中に加えて足裏のツボにも知悉しており、客の心身を癒しているらしい。今日はそれを教わっていたのだが、いつの間にかすごい力で押してしまっていたようだ。
「……申し訳ありません、すごく凝ってたので……、ごりごりって」
「……だからって、力一杯押すやつがあるか! お客さんにやったら蹴り飛ばされるよ!」
珍しく月季は怒っている。とはいえ、実は彼は案外気が短い。彼とレッスンを始めて知ったことだが、気にくわないことがあると、よく一人でむすっとしている。人に当たったりはしないし、もちろん接客のときにはそんなこと、おくびにもださないのだが。
「あーもう。休憩休憩」
月季は寝台の上に立て膝で座り、はあ、とため息をついた。サイドテーブルの湯飲みを手に取って水を飲み干すと、とん、と軽い音を立てて湯呑みを置く。
「……雪柳。お前、身が入ってないだろ」
言われてドキッとした。真波さんの不在は続き、確かに俺は身が入っていない。
「すみません」
座り直して正座をし、神妙な顔で俯く。
「どういうわけだい? ここのところ、しばらくだね」
……気付かれていた。洸永遼も鋭いが、月季もここで長年ナンバーワンを張っているだけあり、観察眼が鋭い。
「……ちょっと、心配ごとがありまして」
「心配ごと?」
細く長い指先を唇に当てて考える。きれいな形のその爪は短く、磨かれているのかぴかぴかと綺麗だ。
「程将軍のこと?」
「えっ……」
言葉につまった。真波さんの事情については、鶴天佑にも言っていない。俺が言ってはいけないような気がしたから。けれど彼も情報通だし、「砂条」のことは知っているのかもしれない。そこから月季に流れたのかも、と思っていると。
「好きになっちまったのかい?」
意外なセリフに驚いて彼を見た。
「……どうして?」
思わず聞くと、彼は肩をすくめた。
「そりゃあね。初めてのお客さんは特別なもんだ。しかもあれだけの男ぶりだろ。もともと程将軍はここに興味もなさそうだったし、一度『孵化』に付き合ってくれたあとは、一度も来ないだろうっていうのが大方の見方だった。それが蓋を開けてみれば、孵化の相手でもない子のところに、ずいぶん熱心にいらっしゃる。お前によほどご執心なのかね、とは思ったよ。そしてあんないい男なら、絆されるのは道理だ」
「……あ」
なるほど。外から見るとごくわかりやすい。そりゃそうだよな。
「しかもどうやら洸さんもお前にお熱だっていうだろ。あのひとは遊び方も綺麗だしうちでも人気のお客様だ。いい男二人に言い寄られて参っちまってるんじゃないか、っていうのが、店の者たちの噂だね」
「はははあ、えへ」
……驚きのあまり変な相槌を打ってしまった。しかし月季は気にしていない様子で、サイドテーブルに置いた扇子を手に取った。扇子は香木とやらでつくられているらしく、扇ぐたびにとても良い香りがする。
「程将軍が、好きなのかい?」
ストレートに聞かれて、思わず俯いた。彼のことは好ましいと思う。一緒にいたいと思うし、今すごく心配もしている。でも。
「わからないんです。……真波さんをとても大事に思います。一緒にいたいとも。だけど、ここで会っているからかもしれない。初めて優しくしてくれたひとだから、勘違いしているのかもしれない。のぼせあがっているだけなのかも」
一息で言うと、月季は扇子で口元を隠して言った。
「真面目な子だね。普通はその時点で、もう恋に落ちたって思うもんだよ」
そう言われて驚いた。てっきり、諌められるものだと思っていたのに。
「でも、そもそも男妓は、お客さんを好きになってはいけないんでしょう?」
問いかけると、月季は首を横に振った。
「恋は落ちるもんさ、それ自体は止められない。一番楽なのは、その日、その部屋のお客さんと恋に落ちることだね」
「そんな……でも、好きになれないお客さんもいそうじゃないですか」
「いいところをひとつ、見つける。ひとつもなけりゃ相手はしないよ」
そりゃそうか。彼はナンバーワンだし、ひとつもいいところのないやつを相手する必要もない。
「一人だけに恋慕すれば、外でのその人が気になるだろ。でもあたしたちには外でのことはわからない。焦って来訪を乞えば金がかかるから、請け出してもらうまでに余計に時間がかかる。そもそも請け出してもらえればいいけれど、外に出て幸せになれる保証はあるかい?」
「ここ、ですか。それとも、ここ?」
「いいね。ん……ぅ、……ぁ」
「ここ、ですね……よっと…………」
「ぁ……いたたたた!!!なにするんだ!」
がばっと月季が身を起こした。慌てて彼の足から手を放す。
俺がいるのは月季の大きな寝台の上。いまはちょうど彼に足裏のマッサージをしている最中だ。遊んでいるわけではなくてこれも立派なレッスンである。マッサージはサービスとして喜ばれるらしく、最初は肩や腰など普通の、そして最後にえっちなマッサージに移行するそうだ。そして足首にはあちらを元気にするツボがあるらしい……って下ネタか。
とにかく、足の裏には身体にいいツボが集中している。そして月季は身体中に加えて足裏のツボにも知悉しており、客の心身を癒しているらしい。今日はそれを教わっていたのだが、いつの間にかすごい力で押してしまっていたようだ。
「……申し訳ありません、すごく凝ってたので……、ごりごりって」
「……だからって、力一杯押すやつがあるか! お客さんにやったら蹴り飛ばされるよ!」
珍しく月季は怒っている。とはいえ、実は彼は案外気が短い。彼とレッスンを始めて知ったことだが、気にくわないことがあると、よく一人でむすっとしている。人に当たったりはしないし、もちろん接客のときにはそんなこと、おくびにもださないのだが。
「あーもう。休憩休憩」
月季は寝台の上に立て膝で座り、はあ、とため息をついた。サイドテーブルの湯飲みを手に取って水を飲み干すと、とん、と軽い音を立てて湯呑みを置く。
「……雪柳。お前、身が入ってないだろ」
言われてドキッとした。真波さんの不在は続き、確かに俺は身が入っていない。
「すみません」
座り直して正座をし、神妙な顔で俯く。
「どういうわけだい? ここのところ、しばらくだね」
……気付かれていた。洸永遼も鋭いが、月季もここで長年ナンバーワンを張っているだけあり、観察眼が鋭い。
「……ちょっと、心配ごとがありまして」
「心配ごと?」
細く長い指先を唇に当てて考える。きれいな形のその爪は短く、磨かれているのかぴかぴかと綺麗だ。
「程将軍のこと?」
「えっ……」
言葉につまった。真波さんの事情については、鶴天佑にも言っていない。俺が言ってはいけないような気がしたから。けれど彼も情報通だし、「砂条」のことは知っているのかもしれない。そこから月季に流れたのかも、と思っていると。
「好きになっちまったのかい?」
意外なセリフに驚いて彼を見た。
「……どうして?」
思わず聞くと、彼は肩をすくめた。
「そりゃあね。初めてのお客さんは特別なもんだ。しかもあれだけの男ぶりだろ。もともと程将軍はここに興味もなさそうだったし、一度『孵化』に付き合ってくれたあとは、一度も来ないだろうっていうのが大方の見方だった。それが蓋を開けてみれば、孵化の相手でもない子のところに、ずいぶん熱心にいらっしゃる。お前によほどご執心なのかね、とは思ったよ。そしてあんないい男なら、絆されるのは道理だ」
「……あ」
なるほど。外から見るとごくわかりやすい。そりゃそうだよな。
「しかもどうやら洸さんもお前にお熱だっていうだろ。あのひとは遊び方も綺麗だしうちでも人気のお客様だ。いい男二人に言い寄られて参っちまってるんじゃないか、っていうのが、店の者たちの噂だね」
「はははあ、えへ」
……驚きのあまり変な相槌を打ってしまった。しかし月季は気にしていない様子で、サイドテーブルに置いた扇子を手に取った。扇子は香木とやらでつくられているらしく、扇ぐたびにとても良い香りがする。
「程将軍が、好きなのかい?」
ストレートに聞かれて、思わず俯いた。彼のことは好ましいと思う。一緒にいたいと思うし、今すごく心配もしている。でも。
「わからないんです。……真波さんをとても大事に思います。一緒にいたいとも。だけど、ここで会っているからかもしれない。初めて優しくしてくれたひとだから、勘違いしているのかもしれない。のぼせあがっているだけなのかも」
一息で言うと、月季は扇子で口元を隠して言った。
「真面目な子だね。普通はその時点で、もう恋に落ちたって思うもんだよ」
そう言われて驚いた。てっきり、諌められるものだと思っていたのに。
「でも、そもそも男妓は、お客さんを好きになってはいけないんでしょう?」
問いかけると、月季は首を横に振った。
「恋は落ちるもんさ、それ自体は止められない。一番楽なのは、その日、その部屋のお客さんと恋に落ちることだね」
「そんな……でも、好きになれないお客さんもいそうじゃないですか」
「いいところをひとつ、見つける。ひとつもなけりゃ相手はしないよ」
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