暗殺貴族【挿絵有】

八重

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第2章 ジェス編

祈り①

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「ラリウス様。紅茶をお持ちいたしました」

「ありがとうございます」


 リラさんに紅茶を淹れてもらい、たわいもないことを話すティータイム。

 私にとって特別な時間。

 あぁ、幸せだ。素直にそう思える。


「あ…」


 私と会話をしていたリラさんが何かに気づき、私から視線を外した。

 私も釣られて同じ方を向く。するとそこには優しい笑みを貼り付けた“あいつ"が立っていた。

 嫌悪と憎悪で私は眉間に深いシワをつくる。

 リラさんに危険を知らせようと横を向いたが、すでにそこには彼女の姿はなかった。その代わりに誰かと楽しそうに笑うリラさんの声が聞こえてきた。


「!?」


 声のする方を見ればそこはリラさんと"あいつ"が一緒に立っていた。リラさんは私と話している時よりも幸せそうに笑っている。

 ふつふつと黒い感情が私の中で煮えたぎる。

 なんで"あいつ"なんかと…!


 つかつかと2人に近づき、ガシッとリラさんの腕を掴んで"あいつ"とリラさんを少し離した。彼女は一瞬驚いた表情をしたが、すぐにいつもの表情で「どうかされましたか?」と返してくれた。


「リラさん。あの方に近づいてはいけません」

「え? でも…」


 そう言ってリラさんはちらりと奴に視線を送る。


「いいよ。リラちゃんの好きにしなよ」


 嘘くさい笑顔と優しい声でそう言う"あいつ"。
 
 私は「あちらに行きましょう」と今一度リラさんに"あいつ"から離れるよう言った。


「……申し訳ありません」


 それは私に向けられた言葉。


「リラさん……?」


 驚きで手の力が緩み、するりとリラさんの腕が私の手から抜けた。

 リラさんはそのまま"あいつ"の側まで歩いて行くと再び幸せそうな笑顔で話し始めた。そして2人はそのまま私に背を向けて歩き始めてしまった。


奴はリラさんを殺そうとしていたくせに。
自分の欲の為いいように利用していたくせに。
本当に愛してなんかいないくせに。


 なぜリラさんは"あいつ"を選んだのか

 なぜ…あいつなんか

 なぜ…

 なぜ…

なぜなぜなぜなぜなぜなぜ何故何故何故何故何故何故…


 何故私を選ばない!

 何故!!


 ダッと駆け出し、右手でリラさんの腕を掴み、引き寄せ私の後ろにやる。と、同時に左手に持つナイフで振り向いた"あいつ"の首を掻っ切ってやった。

 叫ぶ暇もなく赤い液体を派手にぶちまけ倒れた物体。
 
 そうだ。私は奴を始末しなければならなかったのだ。


「い…いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 泣き叫び、私の腕を振り払おうとするリラさん。


「ジェス様ジェスさまっ…!」

「リラさん。目を覚ましてください。こいつはあなたの事を騙していたのですよ」

「いやっ! 離してください! ジェス様が…」

「リラさん! あなたが奴を選ぶのは間違ってる!」


 地中の奥深く流れていたマグマが噴火によって地表に一気に押し出されるように、私の奥底に押し込めていたどす黒い感情が一気に吹き出した。

 ダンっと地面にリラさんを押し倒す。


「っや、いた…ラリウスさま…何を…」

「私はこんなにも…あなたを…」

「ラリウスさ…やっ…、いや! いや! 止めてください! いや! いやぁぁ」


 そこからはもう夢中だった。

 はっと我に返る頃には全ての事は終わっていた。
 私の下にいるリラさんの髪の毛は乱れ散っており、衣服は私の赤い手によって所々赤黒く汚れていた。

 ハラハラとリラさんの頬を流れる涙を見て私はとんでもない事をしてしまったのだと気づく。


 私はこんな事するつもりではなかった。
 私はただ…ただ…


 何か言おうと口を開こうとした瞬間。彼女が小さい声で私に言葉を投げかけたのだ。



「これで満足ですか?」





【祈り】




「っつ…!」


 ラリウスは伏せっていた体をガバっと起こし、はぁはぁと息を荒げた。


「ゆ、め…」
 

 くしゃりと髪の毛を掴み、今自分に起こったことを頭の中でゆっくりと整理する。
 そしてすぐに整理し終わるとはぁ、大きなため息をついた。


(またあの夢ですか…)

 ここ最近よく見る夢。毎回"あいつ"を殺す方法は異なるが大体話の流れは同じで、いつも同じ所で目が覚める。


『これで満足ですか?』


 思い出すだけでもゾッとする瞬間だ。
 ラリウスは今一度大きなため息をつくと眼鏡をかけなおし、時計で今の時刻を確認した。


(もうこんな時間ー)

「ラリウス様っ」


 バンっと扉を勢いよく開け部屋に入ってきたのは執事のロード。
 いつもなら必ずノックをし、ラリウスの返事を聞いてから入るのだが今回は違った。


「ロード。慌ててどうしたのです?」

「それがっー…」



*******


「ジュドーのお加減は?」

「あぁ、打撲がちょっと酷いが命に別状はないよ」

「そうですか。良かったです」


 場所は変わってここはメイザース家の地下部屋にある書斎。

 ラリウスは机にひじを立て深刻な顔つきでジッとランプの光を見つめていた。
 マディーナも同様、深刻な顔つきで椅子に腰をかけたままジッと床を見つめていたが、少しして口を開いた。


「どうするんだ」

「どうするも何もリラさんを迎えに行くしかないでしょう。
 ジュドーの上着の内ポケットに入っていた私宛の手紙にはご丁寧に彼のいる所在地まで書かれていましたしね。そして私一人で来いとも」

「その書かれている住所が嘘の住所って可能性は?」

「それはないでしょう。…おそらくジェスはリラさんを手に入れる事だけじゃなく、私に復讐するのも目的です。
 もしリラさんだけ手に入れたいならジュドーは殺され、遺体は見つかりにくい場所に遺棄されているはずですからね」

「確かに。で、本当にお前1人で行くのか?」

「えぇ。彼もそれなりに準備しているようです」


 そう言ってラリウスはマディーナにジェスの手紙を渡して見せた。そこには挑発的な言葉と共に以下のようなことが書かれていた。


ラリウス1人で来ること。

一番早い交通手段は列車であること。列車の職員の内数名金で雇っており、もしラリウス以外のメイザース家のものを見つけた場合ジェス本人に連絡が入ること。

街へと入る道路にも見張りがおり、車で来た場合でもジェスへと連絡が入るということ。

もし、1人で来るという約束を破れば即リラを連れて遠くへ逃げるということ。


「やり方がなんかねっちこくてムカつく」


 マディーナはイラついた様子でラリウスに手紙を返しドカンともとの椅子に座った。


「まぁ、もともと奴を仕留められなかったのは私の責任ですからね。一対一は私も望むところです」

「所在地からしてジェスはマフィアのリーガンって男と同一人物なんだろ? てことは向こうは1人じゃねぇだろ」

「ジェス以外の人間の力なんてたかが知れてるでしょう」

「ん~…まぁな」


 なんだか納得してないようなマディーナの返事にラリウスは小さくため息をつき立ち上がった。


「とにかく私は行きますから」


 ラリウスの固い決意の言葉を聞いてマディーナは諦めたようだった。


「わかったよ。…で、列車の時間は?」

「今から一番早い便があと20分で出発します。この住所がある街までは列車で約6時間ですから、今出発すれば夜中には着きます」

 
 ちなみに今の時刻は夜の8時ちょっと過ぎ。


「…気をつけろよ」


 いつになく真剣にそう言うマディーナに少し驚いたが、ラリウスはすぐに笑みをこぼした。


「私を誰だと思ってるんですか? あなたに心配されるほど弱くありませんよ」

「はいはい。わかってるよ」


ラリウスの言葉にマディーナも苦笑して返事をした。


「ティーナ達には仕事関係の出張だと言っておきます。リラさんは私の付き添いという事にします」

「う~ん…、なんか無理やりな気がしてバレそうだな」

「たぶんアナタの所にティーナ達が詰め寄ると思いますけど…わかってますよね?」

「わ、わかってるよ! 俺は口は堅いんだから大丈夫だって!」

「はい。信じてますよ」

「おう。任せとけって。じゃあ、俺は一応ここで待機しておくよ」

「いえ、そうだとティーナ達に怪しまれるので自宅に戻っておいてください。
 ここにはロードを待機させておいて、もし何かあったらあなたの自宅に連絡するよう言っておきます」

「おう。わかった」

「…もし。万が一。4時までに私から連絡がなかったらリラさんとジェスを全力で探してくださいますか?」


 珍しいマイナスな使い方の"もし"にマディーナは一瞬止まってしまったが、すぐに力強く「あぁ」と言葉を返した。


「ではもう行かなければ」


 扉に手をかけたラリウスをマディーナの言葉が引き止めた。


「…なぁ。ラリウス」

「はい。何ですか?」

「俺はさ、それなりにリラの事気に入っててさ…だから、俺もはらわた煮えくり返ってんのよ。
 だから、さ…俺のぶんもあいつ…、ジェスって奴ぶん殴ってくれよ」

「…当たり前です。ボコボコにしてきてやりますよ」

「ははっ! 似合わねー台詞」


 マディーナの言葉を背中に受け止めながらラリウスは部屋をあとにした。

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