死んだ悪女に転生した

桃田産

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第七話

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 次の日、13時ぴったりにアラン陛下は部屋にやってきた。

「行けるか?」
「はい。大丈夫です」

 念のためペンと紙を持って、部屋を出た。
 会議室へと向かう途中、使用人たちに見られているのが分かった。アラン陛下が隣にいるからあからさまではないが、後頭部に視線がぶすぶす突き刺さっている。いつもは人がいない夜中に部屋を出て用事を済ましているので、厳しい視線を向けられるのはこのお城にやって来た時以来だ。ただ、初日とは違い、憎悪交じりの視線だけでなく、戸惑った気配も感じる。別の魂がベアトリーチェの身体の中に入っていることに対して、信じる気持ちと疑う気持ちがせめぎ合っているのだろう。
 そんなことを考えながら歩いていると、アラン陛下が立ち止まった。

「私の客人に対して、失礼ではないか?」

 アラン陛下は振り向くと、落ち着いた声でそう告げた。大きな声ではないのに、威圧感の感じる声だった。ちらちらこちらを盗み見ていた使用人たちの顔から、ざっと血の気がなくなっていく。隣にいる私も、驚きと恐怖でピシリと固まった。美形の怒った表情は、普通の人の百割増しで怖い。
 しんと静まり返った廊下で、誰一人動くことができないまま時間だけが過ぎていった。すると、アラン陛下がため息を吐いて、こちらを見た。

「不愉快な思いをさせて、すまない」
「いえ、全然気にしないでください!」

 私はぶんぶんと、首を横に振った。ここで不愉快だったと言えば、使用人たちは罰を受けることになる。こちらを見る視線は嫌なものだが、別に罰してほしいとは思わない。相手が悪かろうと、罪悪感は残るものだ。
 大丈夫なことをアピールするため、頬を引きつらせながら微笑んだ。すると、アラン陛下は能面のような顔のまま、近くの使用人に声をかけた。

「態度を改めないようなら、城から追い出すと全員に伝えておけ」
「は、はいっ!」

 近くにいたせいでアラン陛下の怒りを直接浴びることになった使用人は、体を震わせながら頭を深く下げた。
 周りからの不快な視線はなくなったが、変な緊張感が残った。別に自分は悪くないのだが、なんだか居心地が悪い。自分のためにも周囲のためにも、早くお城から出た方がいいかもしれないと、密かにため息を吐いて思った。
 そんなことを頭の中で考えていると、隣を歩いていたアラン陛下が立ち止まった。どうやら目的地に到着したらしい。

「そんなに緊張することはない。私と話すときみたいに、気軽な気持ちでいればいい」
「は、はい」

 そう言えば、アラン陛下は国のトップだった。そんな相手に気軽に接しているなんて、不経済で首を飛ばされないだろうか。新たに浮き出た不安に体を震わせている間に、アラン陛下は扉をノックした。すると、すぐに中から返事があり、ドアが開いた。
 アラン陛下に続いて部屋の中に入ると、様々な機械が目に入った。理科実験室のような雰囲気がある。ひときわ大きな机の周りに、技術部の人たちが集まっていた。その中でも年配の男性が、鋭い目でこちらを見ていた。嫌悪しているのでもないその視線に、私は密かに戸惑った。

「なぜファビオがいるんだ?」

 アラン陛下が声を掛けたのは、私に鋭い視線を向けてきた男性だった。

「この国の宰相ですから。どのような技術を取り入れるべきか、一緒に考えさせていただければと」

 ファビオはにこやかな表情を浮かべていた。対称に、アラン陛下は不審そうな表情を浮かべている。でも、それ以上何も言わなかった。

「……なら、さっそく始めようか」

 最初、技術部の人たちは緊張感たっぷりの表情を浮かべていたが、私が飛行機や掃除機の話をし出すと興味深そうな顔を浮かべ、色んな質問をしてくれた。やっぱりこの世界にはないモノの存在は、技術者として気になるらしい。
 中でもみんなの興味を引いたのは、ボールペンとタイプライターだった。

「これが開発できれば、もうインク瓶を倒すのに悩まされなくてもいい!」
「すぐに開発しよう!」
「そうだな!これならみんな使いたいだろうから、研究費用がすぐに下りるかも」

 技術部の表情は輝いていた。彼らだけでなくアラン陛下とファビオも頷いている。やっぱりインクで書類を書くのは面倒なのだろう。

「ハナが欲しいのは何かないのか?」
「そうですね」

 アラン陛下の問いに、私は首を捻った。一番欲しいのは携帯だが、さすがにそこまでのものはまだまだ開発できないだろう。インターネットもないし、携帯が作られても活用できない。なら、何が良いだろうか。

「やっぱり洗濯機ですかね」

 板を使って衣服を洗うのは、腕だけでなく腰や足も痛くなる。お城から出て生活することになったら水で洗うことになるだろうし、洗濯機はやっぱり生活に必須だ。

「ああ~、洗濯機ね」

 技術部のカリーは声を上げて唸った。

「やっぱり作るのは難しいんですか?」
「本体自体はそれほど難しくないけど、排水と給水をどうするか、洗剤をどうやって作るかが問題でね」
「あ~、なるほど」

 確かに、それを考えるのは大変そうだ。

「でも、優先的に考えてみるよ」
「あまり無理しないでもいいので」

 どうせなら個人的に欲しいものよりも、国に役立つものを優先して欲しい。
 和気あいあいとしたまま、技術部との話し合いは終了した。久しぶりにこうやって他人と意見を交換し合うのは、想像以上に楽しかった。部屋に戻って昼寝でもしようかなと思っていると、部屋の外でダミアーノが待っていた。

「陛下、隣国から書簡が届きました。至急、ご確認お願いします」
「分かった。部屋まで送ろう」
 
 私は首を振って、アラン陛下を押しとどめた。

「わざわざ送ってくれなくても大丈夫です。どうぞ、仕事に行ってください」
「しかし……」

 アラン陛下は眉間にし泡を寄せて、困った表情になった。心配してくれるのはありがたいが、さすがに忙しい人に部屋まで送ってもらうのは申し訳ない。それに、さっきアラン陛下が怒ってくれたばかりなので、何かしてくる人はすぐには現れないだろう。

「なら、私が部屋まで送り届けましょう」

 そう言って私たちの間に入ったのは、ファビオと呼ばれた宰相だった。

「お前がか?」

 アラン陛下は不審そうな顔を浮かべた。

「陛下、命に誓って彼女に危害を加えることは致しません」
「……」

 アラン陛下は数秒悩んだ後、頷いた。

「なら、頼んだぞ」
「はい。かしこまりました」

 ファビオは恭しく頭を下げた。先ほどの鋭い視線のこともありファビオと二人きりになるのは正直怖いのだが、口に出す勇気はなかった。

「ハナ、部屋まで行けなくてすまない」
「気にしないでください!」

 そもそも国のトップを護衛代わりにしている方がおかしいのだ。私は申し訳なさそうにしているアラン陛下を見送った。

「ハンナ様」
「はい」

 二人が去った後、ファビオは綺麗な笑顔でこちらを見た。

「少し、お時間をいただけますか?」
「……はい」

 やっぱりファビオは私に言いたいことがあったらしい。一人で帰った方が良かったかもしれないと思いながら、Noと言えない私は項垂れるように頷いた。
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