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魔法植物は危険すぎる

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次の授業は、中庭の大樹の下での魔力制御レッスンだった。
全員に謎の鉢植えが渡される。

「前回、ここに『フウセンノキ』の種を植えましたね。もう土に馴染んだ頃合いだと思います。今日はこれを使って、魔力制御を学んでいきましょう。やり方は前々回のウミウシスライムで行った時と同じです。今日の目標は、このお手本のように花を咲かせることです。はい、ではやってみましょう!」

実技の教授っぽい女の先生がそう言うと、普通に皆は植木鉢に魔法を掛け始めた。
……私前回とかないんですけど。
カレン、やり方! ノートとか取らんかったのか、ガリ勉だろ!? カレンの記憶の名残を思い出そうとしたけど、それは無意識なので私の意志で捻り出せるようなものじゃないらしい。
しかたない、エミリアに聞こう……。

「うーん、こうかな? あんまり膨らまないなぁ……」
「え、エミリア、良かったら手伝おうか!?」
「引っ込んでろ下手くそ。なあエミリアちゃん、俺植物得意なんだ。先生に内緒で花咲くとこまで育ててやるから、俺と……」
「ええっ、みんな優しいんだね! えっとぉ、じゃあね……」

おう。モテてるな。
デレデレとやに下がった男子に囲まれて、エミリアには声を掛けづらい状況だった。
エミリアが迷惑そうなら男子を散らす助け船を、と思ったが、楽しそうにも見えて判別が難しい。
よし諦めた。
しょうがない、適当に人真似でやってみるか。

「ほら、鉢は両手で持つんだよ! んで、念じると魔力が流れ込みやすいらしいぜ!」
「おー、そうか!」

声のでかい男子の話を参考に、鉢を両手で持ち念じてみる。
花、咲けーい!
恥を忍んで真っ先に先生を頼るのがベストアンサーだったと気付くのは数分後のことなので、今の私には全くわからなかった。

「う、うわっウワッなにこれキモッ」

私の鉢から、ボコボコと黄土色の風船状のモノが湧き出した。
球体が繋がって上に伸び、シルエットはサボテンに似ているが、ジュウジュウと謎の煙を吹き出しているのは植物とは思えない。
周囲を見ても、そんな状態の人は誰ひとりいない。皆の鉢からは緑色の草の芽が生えている。

黄土色のボコボコは際限なく増え続ける。
あっという間に鉢から溢れんばかりに成長し、ガタガタ揺れながら膨らみ続ける。うねうねしてるしどうしよ、キモッ!!

「せ、せんせー!」
「はいどうしまし……ぎゃあっ気持ち悪っ!! ギャー私無理ぃ!」

教師ー!!
先生は大樹の陰にぴゅっと引っ込んでギャーギャー叫ぶだけで、こっちに来てくれない。確かにキモいけど!
私の鉢が異常な成長を見せていると気付き、他の生徒が一斉に自分の鉢を持って離れていく。

「エミリアちゃん、こっちだ!」
「あの階段の上へ逃げよう!」
「でも……」

エミリアも男子に拉致られて結局避難である。
こうなったら私も逃げなきゃ!と思ったが、なぜか手が鉢にくっついていて取れない。
ブクブク増殖したフウセンノキ(なのか?)は黄土色の泡状の集合体となり、鉢からとっくに溢れて地面に積み重なり、みるみる小山のような塊になってきた。
ヤバくない? どんどん囲まれてきたんだけど。なんで手取れないの!?

「ちょっ、誰か~~~!! キモいよ助けて~!」
「カレン・スミス! 鉢に魔力を与えるのをやめろ!」

助言をくれたのは再三に渡る救世主、シャロン様だ。マジで、クラス唯一の良心!
でも、魔力を止めるってどういうこっちゃい!

「私そもそも魔力とか与えてるつもりないんですけど! ていうかカレンは少量の魔力しかないんじゃなかったっけ!?」
「無理なら手を離せ!」
「離せるならとうに離してるっつーの!」
「何……?」
「うわーんこんな所で謎植物にやられて死ぬの嫌だよ~!!」

圧死と窒息死と謎の煙が有害物質だった場合の毒死、どれが可能性一番高いかな……。

「ああっ、シャロン殿下! いけませんわそんな気持ちの悪いモノに!」

喚いていると周囲のお嬢様たちが止めるのも構わず、黄土色の塊の隙間を縫ってシャロンが駆け寄ってきた。
私の手を掴んでグッと引っ張る。が、鉢ごと私の体が横にずれただけだった。

「これは、呪い……」
「え!? 呪いって言いました今!? 私呪われてるの!?」 
「うるさい耳元で喚くな、教授は……!」

教授はいなかった。生徒としては、応援を呼びに行ってくれたのだと信じたい。
シャロン様は舌打ちしそうな勢いでそれを確認すると、追ってきた従者に向かって言う。

「ジョシュア、これは緊急だ」
「シャロン様、」
「大丈夫だとは思うが、問題になった場合証言を頼む」
「……はい」

そして、鉢に触れた。
私の視点からは、シャロンの目が薄っすらと光を帯びたように見えた。
漆黒の髪が微風を受けたように襟足から僅かに浮き上がり、チリッと銀の火花を散らす――ように、見えた。
錯覚かなと思う程度の、ほんの一瞬の印象だった。

手から鉢が離れ、ゴトンと重い音を立てて地面に落ち、割れた。
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