セイとセイとシの話

雨宮ヤスミ

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5.オツヤ

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 人生最初に出るお通夜や葬式は、父方のじいさんのものになると勝手に考えていた。

 実際のところ、物心つく前にひいじいさんの葬式に出ていたらしいが、まあそれはノーカンってことで。

 別に、じいさんが最初に死ぬことについての根拠はない。すべての親戚の中で一番年上っぽかったからだ。嫌いってわけでもない。むしろ、お年玉は沢山くれるし好きな方だ。

 ただ、死ってやつは、年取った方から順番に来るのが常識だと思っていただけだ。

 その常識こそが、単なる勝手な思い込みだったらしい。

「じゃあ、行ってきます」

 いつもより制服をきっちり着て、いつもより早く帰ってきた母に俺はそう告げた。

「……気を付けてね」
「うん」

 適当な返事をして、俺は玄関を出た。

 戸を閉めて、ブレザーの右のポケットを上から触る。ハンカチとポケットティッシュの下の借りものの数珠は、撫でると少しじゃらじゃらという音がした。

 尾花ユイナの通夜が、今夜営まれる。



「まさかだよな」

 通夜の会場は「ナンチャラ院」みたいな名前の、国道沿いにある大きなホールだった。その前に来ると、桟敷が待ち構えていたように俺に話しかけてきた。

「尾花さんが、あんな亡くなり方するなんて?」
「いや、お通夜に呼ばれるなんてさ」

 ちょっと引っかかる、と桟敷は首を傾げている。

「だってさ、普通嫌じゃないか? 娘が突然変な死に方したのに、その場にいたクラスメイトを呼ぶなんて。尾花の父さん母さんは、今ものうのうと生きてる俺らを見て辛くならないのかな?」

 鋭い視点だな、と俺は感心した。全然そんなこと想像もしていなかった。

 尾花さんの頭が突然吹き飛んだことに関しては、気味が悪いくらいに触れられていなかった。警察が現場検証に来ることもなかったらしいし、別に解剖とかもされていないらしい。

 現実に頭が消し飛んで亡くなっているのに、ただの「突然死」で済んでいる。そんなの、よく家族が納得したものだ。

 これも、悪魔の力なんだろうか……?

「へへ、俺の人間力に驚いたらしいな」

 俺が下手に感心して見せたせいで、桟敷が調子に乗ってしまった。

「ま、受け売りなんだけどさ」

 そんなことだろうとは思っていた。

「でも、マジ変なのに三日休校にして終わり、ってどうよ?」
「そんだけよくわかんないってことじゃない?」

 俺は知ってるけど、とこっちは口に出さない。

「マスコミとかも来てないしなぁ。めっちゃ取材きそうな事件じゃん、学校の中で人死になんて。ネットの方にはちょっと書かれてるけど、そっちも全然だな」

 ツイッターや匿名掲示板に誰かが書き込みをしたようだ、と桟敷は言う。

「うちの学校の裏サイトだと、すっげー盛り上がってるけど。そういう内輪のヤツ以外は、不自然なぐらいに語られてないんだよなあ」

「学校裏サイトなんてあるのか、うち……」

 知らんのかよ、と桟敷はせせら笑う。

「だって自分用のパソコンもないし」
「お前それまずいぜ? 情報の授業とかどうすんだよ?」
「それは学校のヤツでやったらいいじゃん」
「予習復習をしないとは、学生の風上にも置けないザマスわね!」

 テストの前にいつも慌ててノートを写させてくれって言ってくるクセに、よくもまあ冗談でもそんなことが言えるな、こいつは。

 というか、そう言う桟敷は自分用のパソコンを持っているのか、初耳だ。「スマホない同盟」に亀裂が入るぞ。

 だったら、何でわざわざポータブルプレイヤーを? パソコンって、うちの親のもそうだけど、DVDを観る装置みたいなのがついているじゃないか。

「お前がどうせ持ってないだろうと思って、ハードオフで仕入れてやったんだよ」
「何でそこまで……」
「そんだけ観せたいDVDなんだよ。観たんだから分かるだろ?」

 例の「ブツ」の件になると、桟敷は途端に小声になる。

「いや、観てないけど……」
「はぁ!? 何で!?」

 そりゃ、この二日ほどそんな気分になれなかったからだ。

 「悪魔を呼ぶ」なんて現実離れした儀式で、本当に尾花さんは死んでしまった。そのことが、どうにも頭にこびりついて離れない。おかげで食欲もわかず、俺もトマトを食べられなくなりそうだ。

 悪魔を呼ぼうとしたのも、実際に死を願ったのも、全部舩橋だ。だけど、俺も無関係とは言えない。舩橋と俺で殺したようなものだと思ってしまう。

「ま、今は観ない方が正解かもな」
「どっちだよ……」

 観せたいのやら、観せたくないのやら……。

「いつでもいいぜ。2000円払ってくれたらプレイヤーも返してくんなくていいし」

 2000円もしたのか、あれ。俺の小遣い一か月分じゃないか。こいつ、もっともらってるのか? 家でかいもんな。いや、俺が少ない……?

「おーい、2年4組集合ー」

 担任の山井先生がそう声を掛けて、ホールの入り口にたむろしていた俺たちは、だらだらとその周りに集まっていく。

「女子は結構泣いてるな」
「まあ、ボスだったし……」

 ちらちらと周囲を見回していると、桟敷が「おい」と親指でこっそりと右の方を指した。

 そちらに目をやると、牧口さんの姿があった。あの時、尾花さんと食事を囲んでいた二人の女子に抱えられるようにして歩いている。周りの二人以上に、目と鼻と頬が真っ赤だ。

「ほら、えっと……、あいつは辛いだろうなあ、仲良かったし……」

 桟敷、多分牧口さんの名前を覚えていないんだろうな。もう十月だぞ。

 でも、俺が探しているのは牧口さんじゃない。

「あたし置いてどこ行くのよー、ユイナー! って感じなんだろうな」

 名前も覚えていない女子の心情をつらつら語りながら、したり顔で何度もうなずいている桟敷をよそに、俺はまた辺りを見回す。

 いた。来ていた。

 柱の陰に同化するように、舩橋ミオコが立っていた。

 当然、他の女子のように泣いてはいない。一部の女子みたいに泣くふりさえしていない。

 そう、いくぶん嘘泣きをしている女子が混ざっているように俺には見えていた。

 肉体的な部分までやられてるのは舩橋ぐらいだろうが、精神的な部分の苦痛を与えられていた女子は、他にもいるのだろう。

 だから、舩橋はこの集団の女子の中ですごく異質に見えた。まあ、誰も気に留めていないが。そもそも舩橋は表情が陰気なので、泣いていなくても普段から喪中はがきみたいな雰囲気があるし、咎められないのかもしれない。

 あの尾花さんが死んだ教室で密かに見せた笑いを、出しさえしなければ。

 少し話を聞いてみたい。その隙はあるだろうか。俺は桟敷をいなしながら、舩橋に話しかけるチャンスをうかがうことにした。



 お通夜はつつがなく終わった。不安に思っていた焼香も、最初に先生がやったのを真似ることで乗り切った。

 焼香の台の正面に置かれている白い棺とその上に飾られた遺影が、何だか嘘っぽく思えた。

 それこそ映画のワンシーンみたいで、あの給食の時間に起こった出来事と地続きのように感じられなかった。

 俺の現実感なんかとは関係なしに、あの棺の中の遺体は尾花さんなのだ。クラスのボスになれる素質を持つ顔と頭を失って、静かに両腕を胸の上で組んで寝かされているのだろう。

 焼香が進む中、隅の方で尾花の両親らしき人が山井先生と話しているのが見えた。お母さんっぽい人は終始泣いていて、お父さんだろう人は難しい顔をしていた。

「葬式の方は親族のみなんだってな」

 「焼香を終えたら帰れ」と言われていたので、俺と桟敷は早々に退散することにした。

「まあ、そっちも出ろとか面倒くさいしいいけどさ」

 明日から学校だし、とどこか悪ぶった口調で桟敷は言った。

 会場を出ると、クラスの連中がそこかしこでグループを作って何かしゃべくっていた。

 俺はその中を見回して、舩橋を探した。

「お前、よくキョロキョロすんね今日。珍しい?」
「あ、まあね。お通夜出たの初めてだったし」

 事実で行動を言い訳しながら周囲を見回したが、舩橋の姿はなかった。

「あの、あいつ、泣いてたヤツらいないな」
「牧口さん。覚えてあげろよ」

 それだ、と桟敷は膝を打つ。

「帰ったのかな? それともその辺でまだ泣いてんのかな?」

 その時、「桟敷ー」とヤツを呼ぶ声がした。

「あ、何か呼ばれてるわ」
「そっか。じゃあ、俺帰るから」

 舩橋は帰ったかもしれない。なら、まだその辺にいるだろう。

「付き合い悪いなあ。一緒に帰ろうぜー」
「急ぐんだよ」

 じゃあ、と切り上げて俺は早足でその場を離れた。
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