セイとセイとシの話

雨宮ヤスミ

文字の大きさ
6 / 13

6.ムシ

しおりを挟む


 舩橋ってどの辺に住んでるんだっけ?

 俺は歩きながら考える。とりあえず、適当に会場を出て左に曲がったが、それは確信をもって「こっちにいる」と言える選択ではなかった。

 あの悪魔を呼んだ夜、フェンスの破れ目を出た後、舩橋と俺はしばらく同じ道を進んだ。

 まったく会話はなくて、何か気まずいなあと思っていたら、大きな四つ辻であいつは前触れなく西の方の道へ曲がって行ったのだった。

 学校と会館の位置関係からして……、なんてあんまり明るくない地理感覚で考えていると、不意に女の声が聞こえてきた。

 そこは、会館の敷地に沿って伸びる横道で、街灯も少ない狭い路地だった。

「……けてんじゃないよ!」

 強い調子、激しい剣幕だが、この声は聞き覚えがあった。

 俺は息を殺して、そっとその路地を覗き込む。

「お前が何かやったんだろ!」

 そこには四つの影があった。声の主は、俺が思った通り牧口さんだ。その後ろには、さっき牧口さんを支えるようにしていた二人の女子の、えーと……誰だっけ?

 うーん、俺も桟敷のことを言えんな。とりあえず、尾花さんと牧口さんの後ろの席の二人で、給食の時に机をくっつけてたヤツらだ。ハラ何とかさんと、エダ? とかそんな苗字だと思う。

 そして、壁際に追い詰められ牧口さんに詰られているのは……。

「何とか言えよ、ベンジョムシ!」

 舩橋だ。

 胸ぐらをつかまれ揺さぶられている。顔を背けて、少し震えていた。あの夜、俺に見せていた余裕の態度とか、体育館に響かせていた召喚の掛け声とか、そういうのを微塵も感じさせない怯えっぷりだ。

「お前しかいないだろ! 今夜もよくもまあのこのこ出てきたな、えぇ!?」
「マッキ、やめなよもう……」

 殴りかからん牧口さんの勢いに、流石に危険を感じたのか後ろの女子の一人、ハラさんが言った。

「そうだよ。こいつにユイナちゃんが殺せるわけないじゃん……」

 もう一人の女子のエダさんも同調するが、牧口は収まらない。

「だって、こいつだけ泣いてないんだよ! その上へらへら笑って、そんなんでお通夜来てさ! おかしいよ! こいつが犯人なんだよ!」

 どうやら泣かなかったり泣きまねをしなかったばかりか、舩橋は笑ってしまったらしい。

 アホめー、と俺は頭を抱えた。

 いやまあ、牧口さんが悪いよこれは? ハラさん(仮)もエダさん(仮)もドン引きしてるように、笑っちゃっただけでこんな風に締め上げられて、しかも犯人扱いだなんて。せん妄ってやつじゃん。

 ……まあ、実際のとこ犯人なんだけど、そこはややこしいから今は置いておくとして。

 でも笑っちゃうのはよくないぜ、フナムシ・舩橋・ベンジョムシさん……。だってあんたは、尾花さんから日常的に肉体的または精神的苦痛を与えられ続けていた、平たく言えばいじめられていたわけだから。

 尾花さんが死んで喜んじゃったら、その日常的に肉体的または精神的苦痛をお前に与えてた側、平たく言えばいじめていた連中からしたら、神経を逆なでされるようなもんじゃん。

 いや、違うか。あの夜に見せた顔が舩橋の本性だとしたら、逆なでしたかったんだ。

 舩橋が何かぶつぶつ言った。俺の位置からは聞こえなかったが、「はぁ!?」と牧口さんが声を荒げたので、何かよくないことを言ったのだろう。

「全っ然、聞こえないんだよ、ベンジョムシ!」

 いや、その至近距離でも聞き取れないレベルなんかーい、と俺はずっこけるところだった。

「もういいじゃん、行こうよ……」
「そうだよ、クラスメイトの誰かに見られたら……」

 あ、と俺がエダさんの方がこちらに気付いた。ずっこけるところだったせいで、ちょっと塀から体をはみ出し過ぎたらしい。うーん、舩橋が悪い。

 ハラさんと牧口さんもこっちを見た。まずい、みたいな顔で牧口さんが手を放し、舩橋は糸の切れた操り人形みたいにぺたんと地面に座り込んだ。

「えっと……その……」

 誰だっけ? ほら同じクラスの、とハラさんエダさんが囁き合うのが聞こえた。

 コラコラコラー、囁き合うならもっと小さな声で! そこの舩橋さんみたいにー!

 まあ、ちょっと安心した。向こうもザコ男子一号たる俺の名前を覚えていないみたいで。

「あんた、何してんの?」
「い、いや、帰るとこだったけど、声が聞こえたから……」

 牧口さんの口調は教室で聞いたことがないくらいにドスが利いていた。泣き腫らしてるせいか目が据わっている。迫力がすごいので、俺は思わず視線を逸らした。

「何か文句あるの?」
「ちょっとマッキ、やめなって!」
「ご、ごめんね! マッキちょっと気が立ってて……」

 ハラさんエダさんが、俺に詰め寄ろうとしてきた牧口さんの肩を慌てて掴んで止めた。

「いや、うん、いいよ、そんな……。人が、死んでんだもんね……」

 言ってから、自分で弁解したことを後悔した。

 舩橋は、自分に肉体的・精神的な苦痛を与えるよう命令してるのは尾花さんだが、実行しているのは牧口さんだと言っていた。

 その言葉がどこまで本当かは確かに分からないが、今正に暴力を振るわれてたわけで。

 知ったことで見え方が変わった? 笑わせる。変わったのは見え方だけで、俺の変えなきゃならんところは一個も変わってないじゃないか。

 情けない。情けないな、俺は。

「じゃあ、行くから……。ほら、マッキ、行こう」
「き、君も早く帰った方がいいよ」
「う、うん。気を付けて……」

 牧口さんは最後までこっちをにらみつけていたが、ハラさんエダさんに半ば運ばれるようにして去って行った。

「大丈夫だって、あの人絶対何か言う勇気とかないって!」
「そうそう! そもそも舩橋かばう意味ないし……」

 まあ、会話はちょっと聞こえてるんだけども。ハラさんエダさんは、俺の名前よりも声のボリュームの絞り方を覚えた方がいいな。名前の方は俺もうろ覚えだし、いいから。

 さて、と俺は路地に足を踏み入れ、なすがままに地面に座り込んでいる舩橋に話しかける。

「あのさ……」

 ぐるり、と舩橋はこちらに首を向け、顔を上げた。音がするかのような回転ぶりだ。同情心が引っ込むぐらいには気持ちが悪い。

「やあやあ、ザコ二号!」

 目をクワッと開いた舩橋の罵りめいた呼びかけに、ギクッとなる。

 「誰だっけ」で「あの人」で「ザコ二号」の俺が後ずさる間に、よいしょ、と立ち上がって舩橋は尻の砂を払った。

「どう? 見たでしょ? あれがマキグソの本性。何回トイレであんなことされたか……」

 個室に閉じ込められて水まで掛けられて便器に、なんてブツブツ言っている。

「そしてそれを命令したのがハナモゲラ。後ろでケタケタ笑ってた。あのマキグソの周りにたかってるハエ二匹もそう」

 ハラさんエダさんは舩橋も名前を覚えていないのかもしれない、とチラッと思った。

「そんなハナモゲラが死んだんだから、そりゃ笑うでしょ!」

 ヒャハハハハ、と舩橋は目を剥いて言葉通りにした。

「しかも! わたしとあんたで呼んだブラブラッド様の力で!」

 まだ間違えてんのか、トマトマト様だよ。リコピンが満ち満ちてるの。

 ……って、今何か聞き捨てならないこと言わなかった?

「お前と、俺で呼んだことになってんの!?」
「そうじゃん! 召喚士わたし、生贄あんた」

 悪魔召喚の生贄は、召喚した悪魔が人を殺した場合に共犯になるのだろうか。過去の判例を誰か教えてほしい。絶対ないけど。

「だから行くよ、生贄」
「どこに?」

 路地の闇の中で、舩橋が笑みに歪めた顔はやたらとくっきり見える。

「もちろん、マキグソを殺す悪魔を呼び出しに」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...