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8.ベン
しおりを挟む『……ふう、スッキリしました。これで少しは持つでしょう』
ハラコワースは一息ついて、クソデカポケットティシュを背中の方にしまった。さっき「悪魔の尻拭きタイム」の時にチラッと見えたのだが、背後にトイレのタンクが見えたから、その上にでも置いたのだろう。
ちなみに、「悪魔の尻拭きタイム」はなかなかにシュールな時間だったが、ハラコワースは悪魔にして紳士なのか股間のハラコワースをチラとも見せないように気を遣っていた。
『おお、少年よ。ありがとうございました。この恩はいつか返しましょう』
「はあ、どうも……」
さて、とハラコワースは俺から舩橋に目を移す。「悪魔の尻拭き」タイムに、ハラコワースの股間にぶら下がったハラコワースを見ようとチラチラその辺を移動していた変態は、やっとかとその大きな目を見つめ返す。
『封印を解いてくれてありがとうございました。お礼に、あなたの願いを一つだけ叶えましょう』
ただし、とハラコワースは一本指を立てる。
『トイレや排泄にまつわることだけですが』
「そうなんですね! コワコワース様、封印明けで調子が出ないんですね」
『いえ、ずっとトイレ絡みだけですが……』
過度な期待はやめてください、とハラコワースは困ったようにこめかみを掻いた。
「せっかくマキグソの精神を破壊して、ハイグレポーズとケツだけ星人を1時間おきに交互に繰り返す生き人形にしようと思ってたんですけど……」
「流石にやめてやれよ……」
いっそ殺された方がマシじゃないか。悪魔は目の前の巨人ではなくこいつの方らしい。
「よし、じゃあこうしてもらおうか……」
お願いしますね、と舩橋がハラコワースに頼んだ願いは、生き地獄っぷりで言えばさっきのアイデアに匹敵するものだった。
『それならばお安い御用です。お役に立てるようでよかったですよ』
滅茶苦茶いい笑顔で請け負うので、このハラコワースも人が良さそうに見えても悪魔なんだなあ、とゾッとする。
ていうか、明日それ本当に起こるのか……? 学校、行きたくねぇ……。
行きたくねぇ、と言いつつも俺は学校に来てしまった。
(またね、ザコ二号。明日は見ものよー)
昨夜、舩橋はそう言い捨てて、気持ち悪い笑い声を上げながら去って行った。
「またね」なんて言われたから来たわけじゃない。うん、そう。やっとの登校再開だし、その初日に休むのはどうか、ってだけだ。うん。
あんな惨劇があったので、うちのクラスのホームルームは校舎の端の教室に変更になった。
いや、 この教室が使えるのも今日までかもしれないが。
「よッス! お前突然帰っただろ? どっかに寄ってたのか?」
来て早々桟敷が話しかけてくる。
「普通に帰ったけど」
「マジかよ! 面白くねえなあ……」
何を面白がろうとしてたんだ。俺はチラリと牧口さんたちの方の様子をうかがう。例の女子その1その2と三人で話し合っているが、あまり盛り上がっていない。まあ、そうだろうな……。
「で、お前観たのかよあのDVD?」
「観てないよ」
桟敷の言うことを流しつつ、俺は今度は舩橋の席に目を向けた。
意外や、あいつは自分の席に腰掛けている。尾花さんがいなくなったことで、いじめられる心配がなくなったからだろう。牧口さんも、大っぴらにはああいうことはできないだろうし。
「観とけよー……。尾花の葬式のあの日が一番観るべき日だったんだぜ?」
「わけわからんこと言うな。まず、あれはお通夜で葬式じゃないし」
細けェことはいいんだよ、と桟敷は右手をひらひらさせた
「なあ、観ろよホント。鉄は熱い何とかだぜ?」
「わかったよ……」
俺もその何とかは分からなかったが、適当に返事をしておいた。
そこで本鈴が鳴り、既に教卓のところにいた山井先生が「朝の会始めるぞー」と声を掛ける。ざわついていた連中が一斉に席に戻っていく。
「起立!」
日直が号令をかけて、みんな立ち上がった。俺は正直、ドキドキしていた。
「気を付け!」
当然それは、この後起こることを知っているからで……。
「礼!」
おはようございます、と頭を下げながら「来るぞ……」と心がざわめく。
「着席!」
椅子に座りながら、俺はすぐに牧口さんの方を見た。
教室の真ん中後ろの方、主を失って空席の机の隣、周りが椅子に座っていく中で、牧口さんだけは立ち尽くしたままだった。
「牧口、どうした……?」
異常をすぐに見て取って、山井先生が声を掛ける。牧口さんは答えない。
答えずに、スカートに手をかける。真っ青な顔で、半開きの唇を震わせて。
「あ、あ……?」
恐怖にひきつった声を出しながら、牧口さんはスカートを脱ぎ去った。いや、スカートだけじゃない。その下のパンツも脱いでいる。それを見て取った誰かが悲鳴を上げた。
「お、おい!」
山井先生が手を伸ばすが、教卓から手が届くはずもない。というか、多分動けないでいるんだ。よっぽど近いところにいる副担任の伊藤先生もそう固まってるし、俺も牧口さんを見たまま体を動かせないでいるもの。
牧口さんはスカートとパンツを教室の床に投げ出すと、後ろの机の上に飛び乗った。
「きゃっ!?」「いやっ!?」
いきなり下半身裸の級友に机の上に乗られたのは、ハエと舩橋が呼んでいたハラさんとエダさんだ。いい加減俺も名前を思い出してやるべきだが。
牧口さんは二つの机に片方ずつ足を置いて立つと、頭の後ろで腕を組み、尻を座って動けない二人に向けて突き出し、絶叫しながら――。
「しっかし、何なんだよホント……」
帰り道で桟敷がぽつりと言った。
「うちのクラスで何が起こってるんだよ……」
俺は答えを知っているけれど、答えずにいた。
あの後、牧口さんはものすごい勢いで緩い大便を噴き出し、後ろの友人二人にかけた。そして放尿しながらそのまま二人に向かって倒れ、三人ともそれにまみれた。
牧口ミサキという女の子が、社会的に終わった瞬間だった。
当然、臭いわアレだわで教室はハチの巣をつついたような騒ぎになった。
山井先生は真っ先に駆けつけたが、駆けつけただけで何もしなかった。遠巻きに「大丈夫か、大丈夫か」とか言ってるだけだ。若い女性である伊藤先生に、「相手が女子生徒だから!」みたいに言ってそっちに全部任せていた。
においがともかく物凄いので、吐いてる男子もいた。だけど、そっちにも特にフォローはなかった。ただ、なんか慌ててるだけで、頼りにならんなあという気持ちを俺は強くした。
俺も含めた生徒たちはと言うと、気分が悪くなっていない者たちだけ、とりあえず教室を移動させられ、空いていた視聴覚室に集められた。そこでしばらく待機した後、「今日はもう帰れ」ということになり、家路に着いたというわけである。
「しっかし、牧口さあ……」
やっと桟敷も名前を覚えたようだ。あれだけのことをしたら、「特徴がないのが特徴」みたいな牧口さんでも一発で顔と名前が一致する。いやまあ、特徴がついたというより「一生消えない傷を負わされた」と言った方が正確だが。
「結構下の毛濃かったな」
俺は無言で桟敷の後頭部をはたいた。どこを見てるんだよ。
「痛ってーな!」
「最悪だぞ、お前……」
「別にいいだろ! こういう時だからこそ前向きに考えるんだよ。同じクラスの女子の排便シーンを見られた中学生男子なんて、全国にそういないんだぜ? 俺たちは歴史の目撃者だ!」
もう一発殴っておいたので許してほしい。桟敷じゃなくて俺のことを。
「まあ、そういうのは置いといてだけどさ」
後頭部をさすりつつ、桟敷は少し真剣な口調になる。
「マジでさ、あんなこと普通するか? 尾花さんが死んだショックで気が狂った? どう考えても異常だろ」
「それだけ傷ついてるってことなんじゃない?」
舩橋が、と俺は内心で付け加える。
当然だが、牧口さんの奇行――社会的な自殺は、ハラコワースの仕業だ。尾花さんが死んだ日の朝のホームルームで転ばされたことを根に持っていた舩橋は、同じ時間帯に牧口さんを社会的に殺そうとしたのだった。
(下痢気味のやつを、ハエ2匹に引っ掛ける感じで……)
ハラコワースは便を硬くしたり緩くしたりするのは得意らしく、『それならば得意です! しっかりサービスもさせていただきます!』とか張り切っていた。話によれば「ハエ2匹」の女子その1その2も漏らしていた――においが強烈なのはそのせいもあったのかも――ようなので、相当サービスしてくれたらしい。机から落ちる時に小さい方を漏らしたのも、舩橋の指定になかったからハラコワースが自主的にやった部分かもしれない。
(これだけの感情で頼っていただけると、どんな悪魔も張り切りますよ!)
封印を解かれて嬉しかったのかもしれないが、ハラコワースは終始テンションが高かった。高過ぎて、去り際にまたお腹が痛くなっていたのはご愛嬌だが。
その舩橋本人はと言うと、教室でも視聴覚室でも大人しく座り込んでいた。周囲の目があるので話しかけなかったが、内心では満足していたに違いない。
傍目にはいつもの喪の表情に見えただろうが、俺にはその伏しがちな目の中に渦巻いているものが感じられた……ような気がした。
いや、ぶっちゃけ分からん。どうなんだろうな。自分をいじめてた連中を全部片付けて、すっきりできたのだろうか。
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