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第三章 蔑むべきもの
剣舞競演※
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忍の提案により、中学生のころに、桃子と忍が息を合わせて舞った、「剣の舞」を行うことになった。
桃子がまだ巫女修行に専念していた時期のことで、それ以降、忍と二人で舞を合わせたことは一度もない。
この剣の舞を二人で舞うときは、両者が旋回しながら向かい合わせ、もしくは背中合わせになって、まったく同じ動作を行う。前半は剣を棒持ちにして静かな動作を繰り返し、後半では剣を抜き、加速する拍子の中で、振りながら激しく舞う。
剣舞は「断ち切る」という意味合いのこめられた神楽であり、魔除けや厄除けの際に舞うことが多いが、この場でこめられた意味とは、おそらく桃子を巫女姫の座から断ち切るということだろう。そのような意図で、忍はこの舞を提案してきたに違いないのだ。
忍は幻術で、桃子と自分を巫女の舞装束姿へと変化させていた。いつの間にか、手元には採り物の剣まである。幻術とはいえ、見た目も重量も、本物と見紛うばかりの代物だった。
選定の儀の際に、北条が幻術で用意した御神矢――あの矢が春彦の胸を射抜く様を、桃子はありありと思い起こし、剣を持つ手に緊張が走っていた。
忍は舞いはじめる前に、白布で覆われた自身の首元をひと撫でしてから、宣戦布告のごとく桃子に告げた。
「舞っているあいだも、私は遠慮なく術を使わせてもらう。この競演でお前をその気にさせ、巫女姫の座を放棄するよう仕向けてみせる。お前も護身なり攻撃なりに、結びの力を使うといい。剣も術もしょせんは幻だが、まったく苦痛がないと舐めてかからないほうが身のためだぞ」
(そんなこと言われても……)
桃子は焦った。力を覚醒させたとはいえ、いまだ自分の意思で扱えたことは一度もない。最低限の護身すら行えない状態だった。初めから、勝ち目などないのかもしれない。
「二人ともよいな。それでは、始め」
大巫女の合図で、どこからともなく鼓が鳴りはじめる。この音も幻術によるものなのか。
二人が一礼すると、間もなく競演開始となった。向かい合い、剣を交えるようにかざし、腰をかがめて拝礼のごとく低頭し、互いに制止する。
そして笛の音が流れはじめると、二人はほとんど同時に舞い始めた。まったく同じ動作で、同じタイミングで、互いに息を合わせなければ、この舞は成立しない。今から争おうという二人が呼吸を合わせるというのも、妙な話だった。
忍の舞は、相変わらず見惚れるような美しさだった。比べるまでもなく、すでに優劣は明らかだ。長い袖を振り返すときの動き、頭の先から指先、足さばきにかけて、その細かな動作のすべてに神経が行き届いている。その上で、力みのない自然な舞の形に仕上がっていた。
桃子と同じ動作で舞っているはずなのに、こうまで違うものになるのかと感服した。
これほど美しく、完璧な女性に成長した忍を見て、桃子は思った。
彼女の美しさは、誰のためのものなのか。もしもそれが、荒神に捧げられるためだけにあるのだとしたら、口惜しいとすら感じた。荒神を妬みさえする。忍を取られてしまうのは嫌だという気持ちでいっぱいになった。
忍とともに舞い、呼吸を合わせ、彼女の魅力に間近に触れる。それがどれほど危険なことか、桃子は気づきもしなかった。気づく間もなく、すでに忍の術中にはまっていた。
競演の最中にもかかわらず、いつの間にか、忍の姿が視界から消えた。
桃子は驚き、一瞬舞の動きを止めてしまった。そこに付け入るように、恐ろしいほど強い力に引きずり込まれていた。
眼前には、なぜか春彦と西宮が立っていた。二人が桃子に手を伸ばし、襲いかかってくる。桃子は舞っていたことも忘れて、悲鳴を上げて逃げ惑った。
彼らは桃子を捕らえると、力づくでねじ伏せ、二人がかりで好き勝手に彼女の体を弄び始めた。
眠っていた恐怖や嫌悪感が再び叩き起こされて、桃子は半狂乱で抵抗し泣き叫んでいた。
「やめて、もうやめて」
なす術もなく、体の芯から痛みを植え付けられる。かつて二人に凌辱された記憶と、今見ているものが重なる。
桃子を犯すことで頭がいっぱいになっている彼らのことを、心の底から嫌悪し恐ろしいと思った。
もう二度と、こんな目には遭いたくないと涙した。
気がつくと、うずくまって震えていた桃子の肩に、忍が手をやっていた。
「大丈夫か。お前、しばらくこの場から消えていたんだぞ。別の界層に逃げ込みでもしたか」
「忍ちゃん……」
桃子は彼女の手を取り、ゆっくりと立ち上がっていた。手元にすでに剣はなく、衣服ももとの制服に戻っていた。
まだふらつく体を押して、桃子は忍に問いかけた。
「あれは、あなたが見せた幻なの?」
「そうだ」
桃子が愕然として忍を見上げた。彼女は少しも悪びれたところなどないようだった。
「どうしてそんな……ひどいよ……」
「ああして追い詰めれば、お前は巫女姫の座から退くと思ったんだがな。――お前、口では望んでいないと言いながら、本当は、まだ巫女姫であり続けたいと思っているのか。あのような目に遭ってまで」
「違う、私はそんなこと思ってなんか」
反論しかけたとき、一瞬忍が心底悔しそうな顔を見せ、桃子は思わず言葉を失っていた。
「勝敗は期した。両者とも、巫女姫の座は現状維持ということでよいな」
岩のようにその場から動かずにいた大巫女が、感情の読み取りにくい、しわがれた声で告げた。
忍は老婆に向けて一礼し、向き直った。
「私は、まだ諦めてはおりません。可能性が少しでも残されている限り、何度でも挑み続けるつもりです」
最後に、忍はもう一度桃子に尋ねた。
「桃子、お前、本当にこのままでいいのか」
「い、いいわけなんかないよ、でも――」
「今のお前では、迷いを断ち切るなど到底不可能だ。もう一度、身の振り方をよく考えろ。このままだとお前、壊れるぞ。心も、体も」
忍の言葉が、桃子の胸に鋭く突き刺さった。
桃子がまだ巫女修行に専念していた時期のことで、それ以降、忍と二人で舞を合わせたことは一度もない。
この剣の舞を二人で舞うときは、両者が旋回しながら向かい合わせ、もしくは背中合わせになって、まったく同じ動作を行う。前半は剣を棒持ちにして静かな動作を繰り返し、後半では剣を抜き、加速する拍子の中で、振りながら激しく舞う。
剣舞は「断ち切る」という意味合いのこめられた神楽であり、魔除けや厄除けの際に舞うことが多いが、この場でこめられた意味とは、おそらく桃子を巫女姫の座から断ち切るということだろう。そのような意図で、忍はこの舞を提案してきたに違いないのだ。
忍は幻術で、桃子と自分を巫女の舞装束姿へと変化させていた。いつの間にか、手元には採り物の剣まである。幻術とはいえ、見た目も重量も、本物と見紛うばかりの代物だった。
選定の儀の際に、北条が幻術で用意した御神矢――あの矢が春彦の胸を射抜く様を、桃子はありありと思い起こし、剣を持つ手に緊張が走っていた。
忍は舞いはじめる前に、白布で覆われた自身の首元をひと撫でしてから、宣戦布告のごとく桃子に告げた。
「舞っているあいだも、私は遠慮なく術を使わせてもらう。この競演でお前をその気にさせ、巫女姫の座を放棄するよう仕向けてみせる。お前も護身なり攻撃なりに、結びの力を使うといい。剣も術もしょせんは幻だが、まったく苦痛がないと舐めてかからないほうが身のためだぞ」
(そんなこと言われても……)
桃子は焦った。力を覚醒させたとはいえ、いまだ自分の意思で扱えたことは一度もない。最低限の護身すら行えない状態だった。初めから、勝ち目などないのかもしれない。
「二人ともよいな。それでは、始め」
大巫女の合図で、どこからともなく鼓が鳴りはじめる。この音も幻術によるものなのか。
二人が一礼すると、間もなく競演開始となった。向かい合い、剣を交えるようにかざし、腰をかがめて拝礼のごとく低頭し、互いに制止する。
そして笛の音が流れはじめると、二人はほとんど同時に舞い始めた。まったく同じ動作で、同じタイミングで、互いに息を合わせなければ、この舞は成立しない。今から争おうという二人が呼吸を合わせるというのも、妙な話だった。
忍の舞は、相変わらず見惚れるような美しさだった。比べるまでもなく、すでに優劣は明らかだ。長い袖を振り返すときの動き、頭の先から指先、足さばきにかけて、その細かな動作のすべてに神経が行き届いている。その上で、力みのない自然な舞の形に仕上がっていた。
桃子と同じ動作で舞っているはずなのに、こうまで違うものになるのかと感服した。
これほど美しく、完璧な女性に成長した忍を見て、桃子は思った。
彼女の美しさは、誰のためのものなのか。もしもそれが、荒神に捧げられるためだけにあるのだとしたら、口惜しいとすら感じた。荒神を妬みさえする。忍を取られてしまうのは嫌だという気持ちでいっぱいになった。
忍とともに舞い、呼吸を合わせ、彼女の魅力に間近に触れる。それがどれほど危険なことか、桃子は気づきもしなかった。気づく間もなく、すでに忍の術中にはまっていた。
競演の最中にもかかわらず、いつの間にか、忍の姿が視界から消えた。
桃子は驚き、一瞬舞の動きを止めてしまった。そこに付け入るように、恐ろしいほど強い力に引きずり込まれていた。
眼前には、なぜか春彦と西宮が立っていた。二人が桃子に手を伸ばし、襲いかかってくる。桃子は舞っていたことも忘れて、悲鳴を上げて逃げ惑った。
彼らは桃子を捕らえると、力づくでねじ伏せ、二人がかりで好き勝手に彼女の体を弄び始めた。
眠っていた恐怖や嫌悪感が再び叩き起こされて、桃子は半狂乱で抵抗し泣き叫んでいた。
「やめて、もうやめて」
なす術もなく、体の芯から痛みを植え付けられる。かつて二人に凌辱された記憶と、今見ているものが重なる。
桃子を犯すことで頭がいっぱいになっている彼らのことを、心の底から嫌悪し恐ろしいと思った。
もう二度と、こんな目には遭いたくないと涙した。
気がつくと、うずくまって震えていた桃子の肩に、忍が手をやっていた。
「大丈夫か。お前、しばらくこの場から消えていたんだぞ。別の界層に逃げ込みでもしたか」
「忍ちゃん……」
桃子は彼女の手を取り、ゆっくりと立ち上がっていた。手元にすでに剣はなく、衣服ももとの制服に戻っていた。
まだふらつく体を押して、桃子は忍に問いかけた。
「あれは、あなたが見せた幻なの?」
「そうだ」
桃子が愕然として忍を見上げた。彼女は少しも悪びれたところなどないようだった。
「どうしてそんな……ひどいよ……」
「ああして追い詰めれば、お前は巫女姫の座から退くと思ったんだがな。――お前、口では望んでいないと言いながら、本当は、まだ巫女姫であり続けたいと思っているのか。あのような目に遭ってまで」
「違う、私はそんなこと思ってなんか」
反論しかけたとき、一瞬忍が心底悔しそうな顔を見せ、桃子は思わず言葉を失っていた。
「勝敗は期した。両者とも、巫女姫の座は現状維持ということでよいな」
岩のようにその場から動かずにいた大巫女が、感情の読み取りにくい、しわがれた声で告げた。
忍は老婆に向けて一礼し、向き直った。
「私は、まだ諦めてはおりません。可能性が少しでも残されている限り、何度でも挑み続けるつもりです」
最後に、忍はもう一度桃子に尋ねた。
「桃子、お前、本当にこのままでいいのか」
「い、いいわけなんかないよ、でも――」
「今のお前では、迷いを断ち切るなど到底不可能だ。もう一度、身の振り方をよく考えろ。このままだとお前、壊れるぞ。心も、体も」
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