光源氏が現在日本に~初めて恋を知った~

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光源氏現れる

光源氏を家に

玄関の扉が閉まると、外の喧騒がふっと遠のいた。

加代子は小さく息を吐き、肩からバッグを外した。

「……とりあえず入って」

光源氏は敷居の前で立ち止まったまま、部屋の奥を静かに見つめていた。
明るい照明、短い廊下、壁際に置かれた棚、きちんと揃えられた靴。
何もかもが見慣れぬものばかりなのだろうに、その目には怯えよりも、慎重な観察の色があった。

「何ぼーっとしてるの」

「女の住まいとは、もっと奥ゆかしく閉ざされたものと思うておった」

「何その感想」

「されど、妙に落ち着く」

加代子は眉をひそめた。

「口説いてる?」

「違う」

「じゃあ何」

「……そなたの匂いがする」

加代子は思わず男を見た。

言い方だけ聞けば完全にアウトなのに、不思議といやらしさがない。
本当に、ただそう感じたまま口にしただけという顔をしている。

「変なこと言わないで」

「変か?」

「変」

ぴしゃりと言ってから、加代子は靴を脱いだ。
後ろで衣擦れの音がしないので振り返ると、光源氏はまだ玄関に立ったままだった。

「どうしたの」

「履物を、どこに置くのが正しい」

「……そこ気にするんだ」

「住まいの作法を乱すのは、主に失礼であろう」

加代子は少しだけ目を丸くした。
変人。怪しい。面倒。
そう思っていたのに、妙なところで育ちの良さが滲む。

「揃えて端に寄せとけばいいよ」

「こうか」

男は長い指で、靴をきちんと並べた。
その仕草がやけに丁寧で、加代子はまた少しだけ調子を狂わされる。

「……無駄に綺麗」

「何がじゃ」

「所作」

「褒めておるのか」

「別に」

加代子はそのまま部屋へ上がり、振り返った。

「ほら、こっち」

光源氏が一歩踏み込んだ、その時だった。

視線が、部屋の奥でぴたりと止まる。

「……何じゃ、あれは」

その先にあるのは、壁際のテレビだった。
黒い画面に、部屋の明かりと二人の姿が映っている。

加代子はちらりとそちらを見た。

「テレビ」

「鏡ではないな」

「違う」

男は吸い寄せられるように数歩近づいた。
映り込む自分の姿を見ているのか、それとも、真っ黒な板のような形を不思議がっているのか分からない。

「それ、映像流れるの」

「映像」

「動く絵みたいなもの」

「絵が、動く?」

加代子は少し迷ったが、リモコンを手に取った。
電源を入れた瞬間、画面がぱっと明るくなる。

ちょうどバラエティ番組が流れ出し、スタジオの笑い声が部屋に響いた。

その瞬間、光源氏が明らかに息を呑んだ。

「……っ」

加代子は思わずそちらを見る。

男は本気で驚いていた。
少しだけ目を見開き、けれど後ずさるほどではなく、その場で画面を見つめている。
まるで得体の知れないものを前にしても、無様には狼狽えまいと堪えているみたいだった。

「人が……」

「入ってない」

「されど、そこにおる」

「映ってるだけ。今ここにいるわけじゃないの」

「閉じ込められておるのではなく?」

「違うって」

光源氏はしばらく黙っていたが、やがて低く呟いた。

「……この世の術は、妖(あやかし)じみておるのう」

加代子は少しだけ笑った。

「妖じゃなくて家電」

「かでん」

「便利な道具」

「便利なものは、皆このように恐ろしいのか」

その真顔っぷりに、加代子はとうとう吹き出した。

「ちょっと、大げさすぎ」

「笑うでない。突然、人の声が板から響けば誰とて驚く」

「まあ、それはそうかもね」

ついそう返してから、加代子ははっとした。
いつの間にか、普通に会話している。

さっきまで不審者扱いだった相手に、だ。

光源氏はそんな彼女を見て、ふっと目を細めた。

「……ようやく笑うた」

「は?」

「そなた、ずっと眉間にしわを寄せておったゆえ」

加代子は無意識に眉間に手をやった。

「警戒してたの」

「今は、少し解けたか」

「別に」

「そういう時の“別に”は、違うのであろう」

「なにそれ」

「顔を見れば分かる」

加代子は少しむっとして、テレビを消した。
急に部屋が静かになる。

「分かったような口きかないで」

「分かったのではない。見えただけじゃ」

「同じでしょ」

「違う」

そう返した声は、なぜか少しだけやわらかかった。

加代子は言い返しかけて、やめた。
この男と話していると、妙にペースを乱される。
けれど不思議と、不快ではなかった。
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