期限付きの側室なのに皇太子殿下が離してくれません!

林檎

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第一章 契約の側室編

踏みにじられた団子

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翌日。
リリアーヌは再び厨房に立っていた。
昨日、ダリオと話して少し気が紛れたが、やはり予知夢のことが頭から離れない。

(キリアン、エドウィン、ユベール……。)

あの三人は本当に実在する人物なのだろうか?
夢の中では、殿下に近しい存在のように見えた。殿下の側近、とか……?

(でも、考えても答えが出ない……。)

それでも、手を動かしていると少しだけ落ち着く。
バターと小麦粉を混ぜていたその時――視界の端で何かがキラリと光った気がした。

「……ん?」

振り向くが、そこには誰もいない。
ふと、窓辺に小さな影が見えたような気がした。
でも、よく見ようとすると消えてしまう。

(……気のせい…?)

すると――目の前に、小さな光が舞い降りた。

「……え?」

よく見ると、それは小さな、本当に小さな人の形をしていた。
透き通るような羽を持ち、キラキラと光っている。

「これ、って……妖精……?」

リリアーヌは息を呑んだ。
でも、次の瞬間、また視界からふっと消えた。

「あ……、待って!」

手を伸ばすが、そこには何もない。

(やっぱり、気のせいだったのかな……。でも、確かに見えた気が……。)

リリアーヌは首を傾げた。





その日の昼下がり、中庭でダリオが剪定作業をしていた。

(いや。別にあの女のためじゃない。ただ…せっかく庭が綺麗になったんだから、手入れをしておこうと思っただけだ。)

そんな言い訳めいた理由を内心呟きながら作業していると、リリアーヌが小さな布袋を手に侍女たちに近づいていく姿が目に入った。

「皆さんの部屋にゴキブリが大量発生したと聞きましたけど、大丈夫ですか?大変ですね。よろしければ、これどうぞ。」

リリアーヌは駆除団子の入った袋を満面の笑みで差し出した。心からの親切心を込めた笑みだった。

「私の作った駆除団子です。とてもよく効きますから、良かったら使って下さい。」

一瞬、苛ついたように眉を顰めた侍女たちは顔を見合わせ、冷笑を浮かべた。

「まあ、ご丁寧にありがとうございます。」

一人の侍女がわざとらしく受け取ると、手を滑らせるふりをして団子を床に落とした。

「あら、すみません~。手が滑ってしまって。」

別の侍女がそれを踏みつける。ぐしゃり、という嫌な音とともに、リリアーヌの手作りの団子が潰された。

「あ、大丈夫です。」

しかし、リリアーヌは全く動揺しなかった。むしろにこやかに微笑んで、もう一つの袋を取り出す。

「まだありますから。お気になさらず。」

侍女たちの表情が一瞬強張った。
この反応は予想外だった。もっと落ち込んだり、怒ったりすると思っていたのに。

「はい。どうぞ。」

リリアーヌが再び袋を差し出すと、侍女たちの苛立ちは頂点に達した。

「……いい加減にして!」

侍女の一人が声を荒げた。

「いつもいつも、そうやって人の神経を逆なでするようなことばっかりして!」

「え……?」

リリアーヌは目を丸くした。突然怒鳴られて、何故怒っているのか全然理解できない。

「そうよ!元はと言えば、あんたのせいで私たちの部屋がゴキブリだらけになったのよ!」

「ええ!そ、そうなんですか?あ、そっか。私が団子置いたから……。ごめんなさい!そこまで気づきませんでした。最初から、団子作った時に皆さんの部屋にも置けばよかったですね。」

(いや。そうじゃない……!)

ダリオは内心突っ込んだ。
リリアーヌと侍女の会話が微妙に食い違っている。八つ当たりに等しい言いがかりを、リリアーヌは「自分が団子を作って自分の部屋と厨房に置いたから、侍女たちの部屋にゴキブリが大量発生した」と勘違いしているようだ。

というか、今のリリアーヌの立場で侍女に謝る必要なんてない。何なら、侍女を不敬罪で罰してもいい位だ。
まあ、あの性格だから侍女長やあいつらに舐められてるんだろうな。

ダリオはいつの間にか持ち場を離れて、リリアーヌを窺っていた。
リリアーヌは慌てて再び袋を差し出した。

「でも、大丈夫です!今からでもこの団子を使えば……、」

「そういう所が嫌味ったらしいのよ!」

「え、えっ?嫌味……?」

リリアーヌは完全に混乱していた。当然だ。純粋な善意で持って来たのに、なぜそんなに怒っているのか全く分からないから。

「あ、あの、私、何か気に障ることしましたか?」

おろおろと戸惑うリリアーヌを見て、侍女たちの怒りはさらに燃え上がった。

「その、とぼけた態度が気に入らないのよ!」

侍女の一人がリリアーヌに手を振り上げた。

「いい加減にしろ。」

突然、低い声が割って入った。ダリオが侍女の腕を掴んでいた。

「な!ダリオ!?な、何するのよ!は、離しなさい!」

振り上げた腕を掴まれた侍女が叫ぶ。

「いくらなんでも、度が過ぎているぞ。」

ダリオの視線は鋭く、侍女たちを睨みつけた。

「ダリオ。何のつもり?」

「裏切る気!?この女に味方するなんて……!」

「さっきから見ていたが、やり過ぎだ。お前達は使用人だ。立場を弁えろ。」

「な、なんですって?」

侍女たちはダリオを睨みつけた。しかし、ダリオは一歩も引かない。

「これ以上するなら、側室への暴行未遂として、皇太子殿下に報告するぞ。」

その言葉に、侍女たちの顔色が変わった。
さすがに皇太子に自分たちのしたことがバレたらまずい、ということは分かっていた。
これはヴェロニカの独断で、皇太子は関与していない。
もしこのことが明らかになれば、何かしらの処罰を受けることは免れない。

「くっ……!」

侍女たちは悔し気に顔を歪め、その場から立ち去ろうとする。

「あ、待って!ゴキブリ団子を……、」

リリアーヌが慌てて袋を差し出すが、

「いらないわよ!そんなもの!」

「覚えていなさいよ!」

侍女たちは捨て台詞を吐いて、足早に立ち去っていった。

「団子、いらないって……。」

リリアーヌはしょんぼりと袋を見つめている。

(何で俺、この女を庇って……。)

ダリオは自分の行動に戸惑った。
ただ、なぜか放っておけなかった。自分でも理解できない感情に、戸惑いを隠せずにいた。

(それにしても、こいつ、本当に何も分かっていないな。)

ダリオは落ち込んだリリアーヌを見て、呆れた。
悪意にまみれた嫌がらせも、今の状況の意味も……。

(あんな露骨なのに、気付かないのもどうなんだ。鈍いにも程があるだろ。)

ダリオは溜息をついた。

(まあ、こいつらしいといえば、らしいけど……。この女、絶対、虐められても気付かないタイプだろ。)

そして――そんなリリアーヌを放っておけない自分にも気づいていた。

「リリアーヌ様…。何であそこまで言われて、何も言い返さないんですか?あなたは主人で、あいつらは使用人ですよ。」

「え?言い返すって……。別にそんな酷いことは言われてないですよ。きっと、今日はたまたま虫の居所が悪かったんですよ。そういう日ってありますよね。奥様やカリーナも機嫌悪い日はよく苛々していましたし……。」

(あの頃は、紅茶をかけられたり、床を掃除している時に手を踏みつけられたりして、八つ当たりされたこともあったな……。)

ひどいことってああいうことは言うのでは?あの二人の八つ当たりに比べれば、全然マシだ。

「もしかして、私、知らないうちに何か失礼なことしていたんでしょうか……。私、夜会に行ったことがないから、社交界のマナーや貴族の作法をよく知らなくて……。」

「は!?夜会に行ったことない!?」

ダリオは混乱した。

(嘘だろ!噂ではグラント男爵令嬢は高位貴族の令息に媚を売る尻軽女だって有名な話じゃないか!)

いや……。待てよ。ダリオはこれまでのリリアーヌを思い返し、考え直した。

(この女はそんな男好きには見えない。どちらかというと、そういうのに興味なさそうだ。)

例え、目の前に絶世の美男子がいても、スルーしてハーブの世話に夢中になりそうなタイプ――そんな印象すらある。

「私は私生児なので男爵家の娘として認められてなくて……。今回、皇太子殿下の側室として嫁ぐことが決まってから、やっと正式にグラント男爵家の娘として認知されたんです。本当は正妻の娘のカリーナが嫁ぐ予定だったんですけど…。色々事情があって、私が代わりに嫁ぐことになりまして……。」

カリーナが側室になるのを嫌がって、身代わりにされたなんて言えるわけもなく、リリアーヌはかいつまんで話した。

その瞬間、ダリオの中で全てが繋がった。
つまり、リリアーヌは側室になる為だけに男爵家の娘として認知され、嫁がされた。
そんな状況で夜会に参加したことなんてある訳ないし、社交界デビューもしていないのも当然だ。

まるで人身御供のような扱いに、ダリオは絶句した。

(ということは……あの噂は……。)

「リリアーヌ様…。あの、じゃあ、そのカリーナ嬢はあなたの腹違いの姉妹ということですよね?もしかして、あの噂って……、」

「はい。カリーナは私の腹違いの妹です。もしかして、カリーナの噂をダリオもご存じなんですか?」

リリアーヌは流石、カリーナ。庭師のダリオまでもカリーナを知っているなんてやっぱり、有名人なのだなと感心した。

「カリーナは社交界でも異性に人気があるみたいで、よく若い男性の方がお茶会や夜会に来ていましたし、カリーナ宛ての手紙や贈り物もたくさん届いてましたよ。妹本人からも自慢話を聞いていましたから、凄いなー、って感心してましたけど、噂にもなってたんですね。カリーナは美少女ですからね。」

(性格に少し難があるけど……。)

リリアーヌは心の中で呟いた。

(まあ、多少、我儘で嫉妬深くて、贅沢好きで意地悪で、人の悪口と不幸話が大好きで、暇つぶしに弱い者虐めをする子だけど。)

ただ、そういう子でも男性にはモテるようだ。
世の中には、色んなタイプの男性がいるのだとリリアーヌは思った。

「お姉様には一生、縁のない話よね。」

カリーナからはそう嘲笑されていたが、リリアーヌは特に気にしていなかった。

ダリオは唖然とした表情でリリアーヌを見つめた。
あの噂は全てカリーナのものだった。
目の前のこの女は、娘として認知されずにずっと男爵家で使用人として働かされ、酷い扱いを受けていた――そのことを知り、完全に自分が誤解をしていたことを理解した。

リリアーヌは、黙り込んだダリオを心配そうに見上げた。

「あの、ダリオ?どうかしましたか?」

のほほんとした表情で尋ねるリリアーヌに、ダリオは困惑した。

「リリアーヌ様……。その、すみませんでした。今までのこと色々と……、」

「え?どうして、謝るんですか?謝る事なんて何もないですよ。むしろ、さっき助けて下さったんですよね?ありがとうございます。」

リリアーヌは屈託なく笑った。その笑顔に、ダリオは少しだけ胸が温かくなるのを感じた。

(本当に…、変な女だ。)

でも、悪い気はしなかった。
いや、正直に言えば――彼女を放っておけなくなっている。

ダリオは小さく溜息をついた。

(なぜだろうな…。今まであんなにヴェロニカ様に夢中だったのに…。最近はこの女のことばかり考えている。まるで熱から醒めたような……。)
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