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第二章 才能の開花編
砂漠の国の知恵
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聖皇は、リリアーヌをじっと見据えた。その目には、わずかな感慨が浮かんでいた。
「リリアーヌよ。そなたの知識は正しい。」
場が、静まり返る。
「アルセルラ国の調査報告を、余も読んでいる。メルカディオン国の真実を知る者は、この国では少ない。よくぞ、それを学んだ。」
リリアーヌは息を呑んだ。
胸が熱くなり、震える手を握り締める。
(陛下が……私を認めてくださった……!)
聖皇は続ける。
「そして、そなたが言っていた貯水湖。余は興味がある。その構想、詳しく聞かせてもらおう。」
「は、はい!ありがとうございます、陛下!」
リリアーヌの目に、涙が浮かんだ。
(し、信じられない……。陛下が、私の話を…。)
深呼吸をして、震えを抑える。そして、堂々と前を向いた。
「貯水湖は一度築けば、魔法に頼らずとも水を供給できます。定期的なメンテナンスと管理体制さえ整えれば、何十年、いえ、何百年でも使い続けられます。魔術師への負担もなく、維持費も最小限で済みます。何より大きな強みは——『国全体に安定して水を供給できる』ことです。」
聖皇は静かに頷いた。
「つまり、魔法に依存しない水源の確保、ということだな。」
「はい……! その通りです!」
聖皇の視線が鋭くなる。
「初めて聞く名だな。そなた、その知識はどこで得たのだ?」
リリアーヌは一瞬ためらったが、正直に答えた。
「その……古い書物で読みました。パレフィエ国の、古代王国時代の治水技術について記した文献です。」
パレフィエ国。今でこそ王国として君臨しているが、元は遊牧民の一族。そのため、他国からは野蛮と蔑まれている傾向にあった。
途端に、場の空気が変わる。
「パレフィエ国?あの砂漠の国の……?」
「時代遅れの野蛮な遊牧民の技術など……!」
ざわめきと軽蔑が広がった。
しかし、リリアーヌは怯まず言い返す。
「古代パレフィエ国では、砂漠の真ん中でも、この方法で水を確保していたそうです。彼らは魔法に頼らず、水の乏しい土地で何千年も生き延びてきました。その知恵こそ、今の私たちに必要なのではないでしょうか。」
その瞬間、ざわめきがピタリと止まった。
「何千年……?」
「魔法なしで……?」
場のざわめきが、変わっていた。侮蔑は消え、代わりに理解と驚嘆が広がっていた。
アルフレートも驚愕してリリアーヌを見た。
(リリアーヌが……こんな知識を?)
「しかし、具体的にどうやって水を集め、配るのだ?ただ湖を作るだけでは意味があるまい。」
一人の老臣が疑念を込めて問いかける。リリアーヌは一瞬怯んだが、深呼吸をして続けた。
「はい。仰る通りです。まず、雨季の間に、山から流れる川の水を水路で貯水湖に導きます。湖は、高地と低地の中間、できれば盆地のような地形に作るのが理想的です。そうすれば、自然に水が集まりやすく、また配水する際にも高低差を利用できます。」
「高低差を利用‥‥?」
アルフレートが身を乗り出した。
「はい。貯水湖から各地へ水路を張り巡らせ、高い場所から低い場所へ自然に水が流れるようにするのです。そうすれば、魔法に頼らずとも、重力で水を運べます。文献には、都市部だけでなく、農地にも定期的に水を送る仕組みが図解されていました。」
リリアーヌは続けた。
「我が国にも水路の技術はあります。ですが、パレフィエ国の文献には、“水路と貯水湖を組み合わせる方法” が詳しく書かれていました。水路だけでは、水源が枯れれば意味がありません。しかし、貯水湖だけでは、水を各地に配れません。でも——両方を組み合わせれば、完璧な水供給システムになるのです。」
アルフレートは息を呑んだ。
(水路と……組み合わせる?)
考えてもみなかった方法だった。
自分の提案は、あくまでも現状維持に過ぎない。既存の技術の延長線上。
だが、リリアーヌの視点は――自分と全く違う。独創的で斬新で、改革的。まさに新しい風だ。
「なるほど……。それなら、乾季でも農作物が育てられるな。」
「驚きだ……。そのような方法があるとは……。視点が実に斬新だ。」
「確かに、水を『蓄える』という発想は理に適っている。」
先ほどまでの侮蔑は、いつの間にか驚嘆へと変わっていた。
「位置選定が要となるな。地形の調査が必要だ。」
「ただ湖を作るのではなく、水路網を整備する、か。……大規模な工事になるが、一度作れば半永久的に使える。」
賛同の声がぽつりぽつりと漏れる中で、別の列に座る貴族たちは明らかに不満げだった。
「馬鹿馬鹿しい…。魔法なしで水を制御しようなど、まるで魔法を持たぬ蛮族の発想だ。我らは千年の魔法文明を築いてきたのだぞ。」
宮廷魔術顧問が鼻で笑う。
「魔法こそが我が国の誇りであり、伝統。古い技術に頼るなど……。時代錯誤も甚だしい。」
別の貴族が不快げに言い放つ。
「そもそも、水を『溜める』などという考え自体が非効率だ。魔法で即座に生み出せば済む話だろう。それに、大規模な工事には莫大な費用と年月がかかる。その間、民はどうするのだ?」
「そのような大工事、どこの領主が費用を負担する?領地を跨ぐ水路など、権益争いの火種になるだけではないか。」
「我らは数千年もの間、魔法で全てを解決してきたのだ。なぜ今更、泥臭い工事など必要だと言うのだ?」
魔法至上主義の貴族たち、そして伝統と格式を重んじる保守派―彼らは、変化を恐れる者たちだった。
賛同派と反対派の間で視線が交錯し、ざわめきが広がる。場内がにわかに騒がしくなる。
だがそのとき、鋭い声が響いた。
「では、何だ?」
静かに、しかしはっきりと――アルフレートが口を開いた。
その瞳には、冷たい怒りが宿っていた。鋭く、まるで研ぎ澄まされた刃のように貴族たちを射抜く。
「お前たちは、水魔法の魔術師たちを動員しろと言うのか?」
アルフレートの声が、場を圧する。
「先ほども申したはずだ。魔導士団長からは、これ以上の労働は不可能だと、はっきり釘を刺されたばかりだ。魔力切れによる昏倒、過労、命の危険さえあると……。」
反論しようとした貴族が、身を引く。
「実力行使も辞さぬ、とまで言われたのだぞ?つまり、魔術師の派遣は"不可能"という結論を、さっき出したばかりではないか。」
その声に込められた威圧に、反対派の貴族たちは押し黙った。
アルフレートは、冷ややかに問いかける。
「それとも何だ。貴公が自ら魔力を注ぎ、村々に水を送ってくれるとでも?」
「っ…、そ、それは……、」
彼らは言葉に詰まる。
誰一人として答えられる者はいない。
アルフレートは冷ややかに一同を見回した。
「……できないなら黙っていろ。他人の提案を笑う暇があるなら、具体的な政策を一つでも出してからにしろ。」
アルフレートは一呼吸置いて、リリアーヌに視線を向けた。
「リリアーヌの提案には、少なくとも未来を見据えた意志がある。それこそが、今この国に必要なものだ。」
場が、静まり返った。
あの皇太子が――側室を、公然と擁護した。
それも、貴族たちを論破してまで。
リリアーヌは、信じられないという表情でアルフレートを見つめた。
(殿下が……私を……。)
胸が熱くなる。
聖皇は、静かに目を細めた。
(ふむ……。あやつも、気付いたようだな。あの娘の価値に。)
ルシアンは、興味深そうにアルフレートを見ていた。
(皇太子殿下が、ここまで強く擁護するとは……。妃殿下以外の女には冷たいあの殿下が…。あの娘――本当に、ただ者ではないな。)
聖皇は重い口を開いた。
「今一度言っておく。」
全員の視線が聖皇に集まる。
「代案もなく反対だけするのは容易い。だが、それだけでは国を守れん。」
反対派の貴族たちは、顔を伏せた。
誰一人、反論できる者はいない。
シーン、と沈黙の空気に包まれた。
「私からも一つよろしいでしょうか?」
その沈黙を破ったのは、一人の貴族だった。
銀糸を織り込んだかのような短い銀髪に、宝石のサファイアのような瞳を持つ端正な顔立ち。
その瞬間、リリアーヌの胸に電流が走った。
(え!?こ、この人って確か……!)
脳裏に、あの夢の光景が鮮明に蘇る。
ミルクティーベージュの髪をした優しいシスター見習い、エリーゼ。
娘を亡くして怒りと悲しみに打ち震え、焦げ跡の残った遺品を抱き締めて慟哭する姿――。
(あの夢の……エリーゼの、お父様……!)
リリアーヌの手が、わずかに震えた。
凍りつくような美貌を持つ彼は書類をめくりながら、口を開く。
「皇太子殿下のお言葉、ごもっともです。そして、側室様の案も、発想としては興味深い。魔法を使わない方法で水不足を解決するという視点は評価に値します。」
銀髪の男は感情の読めない無表情で淡々と話す。
「ですが、この案件は現実的といえるのでしょうか?」
リリアーヌはびくりと肩を震わせた。
(この方の娘が…、本当にエリーゼなのかな。あの夢がもし、本当に未来に起こる出来事だとしたら…、)
心臓が早鐘を打つ。エリーゼは自分が危険な状況でも身を挺して子供を庇い、亡くなった。あんなにも優しい人が、あんな悲劇的な死を遂げるなんてそんなの駄目だ。あの未来を変えないと!でも、どうやって…?
「どういう意味だ。アルヴィス公爵。」
アルフレートが目を細めて訊ねると、アルヴィス公爵と呼ばれた男は机の上の書類に視線を落としたまま、事務的に告げた。
リリアーヌはハッと我に返った。いけない!今は貯水湖について話しているのだから、集中しないと……!
「その貯水施設とやらを建設するとなると、相当の資金がかかるはずです。建設にかかる費用だけではありません。人員、資材、期間…。貯水湖を実際に築くとなれば、どれほどの費用が発生し、どれほどの時間が必要となるのか?それすらも明確にされていない。」
一拍置いて、続ける。
「魔術師を使わないという点は評価します。しかし、その分、土木技術や水路管理、維持費にも相当の資金がかかるはずです。先ほど、側室様は維持費は最小限で済むと仰いましたが……、その最小限とはどれほどのものなのか?そして、その貯水湖が我が国にもたらす利益は?それだけの資金と時間をかける価値があるのでしょうか。どの程度の領地を潤し、どれだけの人口が恩恵を受けるのか。数年後、国家財政にどう影響を与えるのか。」
公爵は初めてリリアーヌに視線を向けた。
「我々は夢物語や理想論ではなく、数字で国を動かしているのです。側室様の案を実行に移すのであれば、まずは“実益”を示していただかねばなりません。」
公爵の口調は冷ややかで氷のような眼差しだったが、言っている内容はきちんと現実的で筋が通っていた。
リリアーヌは直感的に理解した。
この人は非難しているのではなく、確認しているのだ。
ただ淡々と、現実を突きつけている。貴族としての責務を果たすように。
(この方は…、さっきの貴族の皆さんと違って、私の案を否定したいわけじゃない。本当に実現可能かを見極めようとしているんだ。)
「それは……、」
アルフレートが言葉に詰まる。
場に再び重苦しい空気が落ちた。
聖皇だけでなく、ルシアンや一部の貴族たちは自然とリリアーヌを興味深げに見つめていた。
彼らはこれまでのリリアーヌの言動を見て、リリアーヌがどう答えるのかを窺っていた。
「リリアーヌよ。そなたの知識は正しい。」
場が、静まり返る。
「アルセルラ国の調査報告を、余も読んでいる。メルカディオン国の真実を知る者は、この国では少ない。よくぞ、それを学んだ。」
リリアーヌは息を呑んだ。
胸が熱くなり、震える手を握り締める。
(陛下が……私を認めてくださった……!)
聖皇は続ける。
「そして、そなたが言っていた貯水湖。余は興味がある。その構想、詳しく聞かせてもらおう。」
「は、はい!ありがとうございます、陛下!」
リリアーヌの目に、涙が浮かんだ。
(し、信じられない……。陛下が、私の話を…。)
深呼吸をして、震えを抑える。そして、堂々と前を向いた。
「貯水湖は一度築けば、魔法に頼らずとも水を供給できます。定期的なメンテナンスと管理体制さえ整えれば、何十年、いえ、何百年でも使い続けられます。魔術師への負担もなく、維持費も最小限で済みます。何より大きな強みは——『国全体に安定して水を供給できる』ことです。」
聖皇は静かに頷いた。
「つまり、魔法に依存しない水源の確保、ということだな。」
「はい……! その通りです!」
聖皇の視線が鋭くなる。
「初めて聞く名だな。そなた、その知識はどこで得たのだ?」
リリアーヌは一瞬ためらったが、正直に答えた。
「その……古い書物で読みました。パレフィエ国の、古代王国時代の治水技術について記した文献です。」
パレフィエ国。今でこそ王国として君臨しているが、元は遊牧民の一族。そのため、他国からは野蛮と蔑まれている傾向にあった。
途端に、場の空気が変わる。
「パレフィエ国?あの砂漠の国の……?」
「時代遅れの野蛮な遊牧民の技術など……!」
ざわめきと軽蔑が広がった。
しかし、リリアーヌは怯まず言い返す。
「古代パレフィエ国では、砂漠の真ん中でも、この方法で水を確保していたそうです。彼らは魔法に頼らず、水の乏しい土地で何千年も生き延びてきました。その知恵こそ、今の私たちに必要なのではないでしょうか。」
その瞬間、ざわめきがピタリと止まった。
「何千年……?」
「魔法なしで……?」
場のざわめきが、変わっていた。侮蔑は消え、代わりに理解と驚嘆が広がっていた。
アルフレートも驚愕してリリアーヌを見た。
(リリアーヌが……こんな知識を?)
「しかし、具体的にどうやって水を集め、配るのだ?ただ湖を作るだけでは意味があるまい。」
一人の老臣が疑念を込めて問いかける。リリアーヌは一瞬怯んだが、深呼吸をして続けた。
「はい。仰る通りです。まず、雨季の間に、山から流れる川の水を水路で貯水湖に導きます。湖は、高地と低地の中間、できれば盆地のような地形に作るのが理想的です。そうすれば、自然に水が集まりやすく、また配水する際にも高低差を利用できます。」
「高低差を利用‥‥?」
アルフレートが身を乗り出した。
「はい。貯水湖から各地へ水路を張り巡らせ、高い場所から低い場所へ自然に水が流れるようにするのです。そうすれば、魔法に頼らずとも、重力で水を運べます。文献には、都市部だけでなく、農地にも定期的に水を送る仕組みが図解されていました。」
リリアーヌは続けた。
「我が国にも水路の技術はあります。ですが、パレフィエ国の文献には、“水路と貯水湖を組み合わせる方法” が詳しく書かれていました。水路だけでは、水源が枯れれば意味がありません。しかし、貯水湖だけでは、水を各地に配れません。でも——両方を組み合わせれば、完璧な水供給システムになるのです。」
アルフレートは息を呑んだ。
(水路と……組み合わせる?)
考えてもみなかった方法だった。
自分の提案は、あくまでも現状維持に過ぎない。既存の技術の延長線上。
だが、リリアーヌの視点は――自分と全く違う。独創的で斬新で、改革的。まさに新しい風だ。
「なるほど……。それなら、乾季でも農作物が育てられるな。」
「驚きだ……。そのような方法があるとは……。視点が実に斬新だ。」
「確かに、水を『蓄える』という発想は理に適っている。」
先ほどまでの侮蔑は、いつの間にか驚嘆へと変わっていた。
「位置選定が要となるな。地形の調査が必要だ。」
「ただ湖を作るのではなく、水路網を整備する、か。……大規模な工事になるが、一度作れば半永久的に使える。」
賛同の声がぽつりぽつりと漏れる中で、別の列に座る貴族たちは明らかに不満げだった。
「馬鹿馬鹿しい…。魔法なしで水を制御しようなど、まるで魔法を持たぬ蛮族の発想だ。我らは千年の魔法文明を築いてきたのだぞ。」
宮廷魔術顧問が鼻で笑う。
「魔法こそが我が国の誇りであり、伝統。古い技術に頼るなど……。時代錯誤も甚だしい。」
別の貴族が不快げに言い放つ。
「そもそも、水を『溜める』などという考え自体が非効率だ。魔法で即座に生み出せば済む話だろう。それに、大規模な工事には莫大な費用と年月がかかる。その間、民はどうするのだ?」
「そのような大工事、どこの領主が費用を負担する?領地を跨ぐ水路など、権益争いの火種になるだけではないか。」
「我らは数千年もの間、魔法で全てを解決してきたのだ。なぜ今更、泥臭い工事など必要だと言うのだ?」
魔法至上主義の貴族たち、そして伝統と格式を重んじる保守派―彼らは、変化を恐れる者たちだった。
賛同派と反対派の間で視線が交錯し、ざわめきが広がる。場内がにわかに騒がしくなる。
だがそのとき、鋭い声が響いた。
「では、何だ?」
静かに、しかしはっきりと――アルフレートが口を開いた。
その瞳には、冷たい怒りが宿っていた。鋭く、まるで研ぎ澄まされた刃のように貴族たちを射抜く。
「お前たちは、水魔法の魔術師たちを動員しろと言うのか?」
アルフレートの声が、場を圧する。
「先ほども申したはずだ。魔導士団長からは、これ以上の労働は不可能だと、はっきり釘を刺されたばかりだ。魔力切れによる昏倒、過労、命の危険さえあると……。」
反論しようとした貴族が、身を引く。
「実力行使も辞さぬ、とまで言われたのだぞ?つまり、魔術師の派遣は"不可能"という結論を、さっき出したばかりではないか。」
その声に込められた威圧に、反対派の貴族たちは押し黙った。
アルフレートは、冷ややかに問いかける。
「それとも何だ。貴公が自ら魔力を注ぎ、村々に水を送ってくれるとでも?」
「っ…、そ、それは……、」
彼らは言葉に詰まる。
誰一人として答えられる者はいない。
アルフレートは冷ややかに一同を見回した。
「……できないなら黙っていろ。他人の提案を笑う暇があるなら、具体的な政策を一つでも出してからにしろ。」
アルフレートは一呼吸置いて、リリアーヌに視線を向けた。
「リリアーヌの提案には、少なくとも未来を見据えた意志がある。それこそが、今この国に必要なものだ。」
場が、静まり返った。
あの皇太子が――側室を、公然と擁護した。
それも、貴族たちを論破してまで。
リリアーヌは、信じられないという表情でアルフレートを見つめた。
(殿下が……私を……。)
胸が熱くなる。
聖皇は、静かに目を細めた。
(ふむ……。あやつも、気付いたようだな。あの娘の価値に。)
ルシアンは、興味深そうにアルフレートを見ていた。
(皇太子殿下が、ここまで強く擁護するとは……。妃殿下以外の女には冷たいあの殿下が…。あの娘――本当に、ただ者ではないな。)
聖皇は重い口を開いた。
「今一度言っておく。」
全員の視線が聖皇に集まる。
「代案もなく反対だけするのは容易い。だが、それだけでは国を守れん。」
反対派の貴族たちは、顔を伏せた。
誰一人、反論できる者はいない。
シーン、と沈黙の空気に包まれた。
「私からも一つよろしいでしょうか?」
その沈黙を破ったのは、一人の貴族だった。
銀糸を織り込んだかのような短い銀髪に、宝石のサファイアのような瞳を持つ端正な顔立ち。
その瞬間、リリアーヌの胸に電流が走った。
(え!?こ、この人って確か……!)
脳裏に、あの夢の光景が鮮明に蘇る。
ミルクティーベージュの髪をした優しいシスター見習い、エリーゼ。
娘を亡くして怒りと悲しみに打ち震え、焦げ跡の残った遺品を抱き締めて慟哭する姿――。
(あの夢の……エリーゼの、お父様……!)
リリアーヌの手が、わずかに震えた。
凍りつくような美貌を持つ彼は書類をめくりながら、口を開く。
「皇太子殿下のお言葉、ごもっともです。そして、側室様の案も、発想としては興味深い。魔法を使わない方法で水不足を解決するという視点は評価に値します。」
銀髪の男は感情の読めない無表情で淡々と話す。
「ですが、この案件は現実的といえるのでしょうか?」
リリアーヌはびくりと肩を震わせた。
(この方の娘が…、本当にエリーゼなのかな。あの夢がもし、本当に未来に起こる出来事だとしたら…、)
心臓が早鐘を打つ。エリーゼは自分が危険な状況でも身を挺して子供を庇い、亡くなった。あんなにも優しい人が、あんな悲劇的な死を遂げるなんてそんなの駄目だ。あの未来を変えないと!でも、どうやって…?
「どういう意味だ。アルヴィス公爵。」
アルフレートが目を細めて訊ねると、アルヴィス公爵と呼ばれた男は机の上の書類に視線を落としたまま、事務的に告げた。
リリアーヌはハッと我に返った。いけない!今は貯水湖について話しているのだから、集中しないと……!
「その貯水施設とやらを建設するとなると、相当の資金がかかるはずです。建設にかかる費用だけではありません。人員、資材、期間…。貯水湖を実際に築くとなれば、どれほどの費用が発生し、どれほどの時間が必要となるのか?それすらも明確にされていない。」
一拍置いて、続ける。
「魔術師を使わないという点は評価します。しかし、その分、土木技術や水路管理、維持費にも相当の資金がかかるはずです。先ほど、側室様は維持費は最小限で済むと仰いましたが……、その最小限とはどれほどのものなのか?そして、その貯水湖が我が国にもたらす利益は?それだけの資金と時間をかける価値があるのでしょうか。どの程度の領地を潤し、どれだけの人口が恩恵を受けるのか。数年後、国家財政にどう影響を与えるのか。」
公爵は初めてリリアーヌに視線を向けた。
「我々は夢物語や理想論ではなく、数字で国を動かしているのです。側室様の案を実行に移すのであれば、まずは“実益”を示していただかねばなりません。」
公爵の口調は冷ややかで氷のような眼差しだったが、言っている内容はきちんと現実的で筋が通っていた。
リリアーヌは直感的に理解した。
この人は非難しているのではなく、確認しているのだ。
ただ淡々と、現実を突きつけている。貴族としての責務を果たすように。
(この方は…、さっきの貴族の皆さんと違って、私の案を否定したいわけじゃない。本当に実現可能かを見極めようとしているんだ。)
「それは……、」
アルフレートが言葉に詰まる。
場に再び重苦しい空気が落ちた。
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