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第二章 才能の開花編
貯水湖の検討
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リリアーヌは、必死に思い出す。
かつて自分が読んだ古代の文献には確か……。
張り詰めた静寂の中、リリアーヌは小さく息を吸った。
(シスター…。どうか、私に勇気を……。)
震える膝を押さえながら、声を振り絞る。
「文献では、特別な建材や技術がなくても、地形を活かして土と石で堤を築けば、水を溜めることは可能だと記されていました。もしくは、地盤の安定した谷や窪地を選び、降雨の多い地域に限定して整備すれば、費用も人手も最小限で済むと思います。」
彼女は一瞬、視線を巡らせた。
先ほどまで侮蔑の目を向けていた貴族たちも、今は黙って耳を傾けている。
「もちろん、最初から全国規模で展開するのは無理です。ですから、まずは一つの領地――たとえば、首都近郊か、被害が大きい村をモデルに、試験的に始めれば…。もし、効果が見られれば、その記録をもとに拡張していって……、」
リリアーヌはそこまで言って、突然はっとした。
(喋りすぎた!どうしよう!こんなことを言って、生意気だと思われてしまったかも…!)
「あ…、も、申し訳…、」
しかし、その言葉を遮ったのは、アルヴィス公爵だった。
「試験的導入、ですか。」
公爵は初めて、わずかに表情を緩めた。フム、と頷くと、
「段階的な実施計画……。なるほど。悪くないですね。リスクを最小限に抑えつつ、効果を検証できる。仮に失敗しても、国家財政への打撃は限定的だ。」
公爵は書類に何かを書き込みながら続けた。
「地形を活かすという発想も理に適っている。確かに、自然の地形を利用すれば建設費用は大幅に削減できる。維持管理も容易になるでしょう。」
「素晴らしい!」
内務大臣が興奮したように声を上げた。
「まさか、そのような方法があったとは…、考えもしませんでした。」
すると、他の貴族たちも口々に言い始めた。
「なるほど……。局地的な導入から始めるというのは、良い考えだ。」
「いやはや…。大した慧眼だ。」
「費用と効果を見極めてから拡大する。実に現実的な提案ではないか。」
西方辺境伯が感心したように頷く。
「皇太子殿下はよい側室を娶られましたな。」
「え、あ、ああ。」
皇太子は戸惑ったように頷いた。
(自分は……、何も知らなかった。彼女のことを、何も……。)
アルフレートは、リリアーヌを見つめた。
だが、その視線に気づく余裕は、リリアーヌにはなかった。
リリアーヌの心には、ただひとつの想いがあった。
(この国を……、こんなにもこの国のために尽くしてくれている人たちがいるんだ。あの夢が現実に起こってしまえば…、この国は滅んでしまう。そうなれば、この人たちも殺されてしまうかもしれない。それだけは駄目!)
あの夢の悲劇は絶対に起こしてはいけない。
女教皇の慟哭、藍色の髪の勇敢な令嬢の最後、エリーゼの死―。
その全ての悲劇を変えないと……!
まずは、確かめる必要がある。この公爵様の娘が本当にあのエリーゼなのか……。もし、そうだとしたら、あの夢と辻褄が合う。
あれが予知夢であることは間違いない。それはリリアーヌも確信している。だって、あの夢は女神様が私に見せてくれた夢だ。私の祈りを聞き届けて、答えて下さったのだから……。
でも、今までは殿下とヴェロニカ様しか私の知っている人はいない。他の人は私は知らない。だから、あの夢に出てくる人たちが実在する人物なのか確信が持てなかった。
でも……。
リリアーヌはアルヴィス公爵をそっと見た。
(目の前にいる公爵様は三度目の夢に出てきたエリーゼの父親で間違いない。後は、エリーゼが娘であると知ることができれば、疑いようがない。)
だからこそ、リリアーヌは確かめたいと思った。
「……面白い。」
低く、しかし明確な声が、場を貫いた。
全員の視線が聖皇に集まる。
聖皇は悠然と肘を椅子の手すりに置き、顎に手を添えた。その仕草一つで、場の空気が引き締まる。
ややあって、聖皇は視線を横に移す。
「だが……、」
その一言に、再び緊張が走る。
「アルヴィス公爵の意見も、一理ある。」
名を呼ばれ、公爵は静かに聖皇を見やる。
「貯水湖の建設は、人手、資材、費用、期間。どれをとっても大規模な事業になる。理想だけで進められるものではない。」
聖皇はゆっくりと場を見渡した。
「よって、本件は……、」
一拍置いて、聖皇が決定を下す。
「次の会議にて、改めて審議する。」
場がざわめく。
「それまでに明らかにせよ。貯水湖の実現可能性。建設に要する費用と期間。そして――それが国家にもたらす利益を。」
その視線が、皇太子へと向けられる。
「アルフレートよ、リリアーヌの提案した貯水湖、その可能性を見極めよ。」
アルフレートは一礼した。
「はい、陛下。」
「よかろう。」
その一言で、会議は終了となった。
重臣たちが次々と退出していく。その中にアルヴィス公爵の後姿が見えた。
(あっ……、公爵様!追いかけないと……!エリーゼのことを確かめないと……)
リリアーヌも席を立とうとしてアルヴィス公爵を追おうとしたが、
「リリアーヌ。」
呼び止められ、びくりと肩を震わせる。
「そなたは、残れ。」
「……は、はい。」
聖皇にそう命じられてしまったら断れない。リリアーヌは公爵を追いかけるのは諦めるしかなかった。
その場に残ったのは、聖皇とアルフレート、そしてリリアーヌだけだった。
静寂に包まれる。
(な、何を言われるのだろう…?も、もしかして、私、何か間違えた?女の癖に出しゃばったりしたし……。)
ドキドキしながら、聖皇の反応を待っていると、聖皇はゆっくりとお茶を口にし、リリアーヌに視線を向けた。
「今日の働きは見事であった。」
予想だにしない言葉にリリアーヌは弾かれたように聖皇を見つめた。
「あ…ありがとうございます。」
「だが…、」
聖皇は言葉を続けた。
「そなたには、まだ足りぬものがある。貴族としての教養、礼儀作法、社交術……。それらがなければ皇太子の側室に相応しいとは言えぬ。」
リリアーヌは俯いた。
自分の至らなさは、痛いほど分かっていたからだ。
「ゆえに、そなたに教師をつける。」
「……え?」
リリアーヌは顔を上げた。
「礼儀作法、社交術、そして――政治についても学ばせよう。そなたには素質がある。教養を身に着ければ、皇太子の補佐を任せられよう。そのためにも励むがよい。」
「は、はい!ありがとうございます!陛下!」
リリアーヌは深々と頭を下げた。
(勉強していいんだ!嬉しい……!)
胸が熱くなる。てっきり、叱責されるか、切り捨てられるかと思っていたのに、教育を受けさせて下さるなんて!
聖皇は、アルフレートに視線を移した。
「皇太子よ。リリアーヌはそなたの選んだ側室だ。もっとよく見てやれ。」
その言葉には、言外にこれまでの叱責が込められていた。
アルフレートは、わずかに唇を噛み締めてから頷いた。
「…はい。父上。」
「ところで、リリアーヌ。先ほど話していた貯水湖について書かれた文献だが……、どこで手に入れたのだ?」
「あ…、私の領地の教会の書庫で、拝見いたしました。」
「教会だと…?」
皇帝はわずかに眉をひそめる。
「教会の書庫は聖職者以外立ち入り禁止のはずだが…?」
聖皇の問いに、リリアーヌは正直に答えた。
「あ、はい。本来はそうなのですが……、司祭様が特別に、書庫の出入りを許可して下さって……、」
リリアーヌは自然と胸の奥が温かくなるのを感じた。
聖典を殿下から頂いて以来、リリアーヌは教会に足を運ぶようになった。それから、リリアーヌは熱心に教会を訪れ、祈りを捧げるようになった。
亡き母が信仰深い信徒であったと聞き、いつしか自分も、その背を追うようになったのだ。
掃除や炊き出し、収穫祭の手伝い――教会の活動に参加するうちに、司祭やシスターたちは彼女を可愛がってくれるようになった。特に司祭は、孫を見るような目でリリアーヌを見守ってくれた。リリアーヌが本が好きだと知ると、書庫への出入りを許してくれたのだ。
(優しい司祭様…。シスターたちも、元気にしているかな?)
懐かしく感じながらも、リリアーヌがそう説明すると、
「…なるほど。信仰と奉仕か。」
聖皇は小さく頷いた。
そして、しばし黙考する。
(教会が、この娘を……。)
聖皇の脳裏に、病床に伏す聖妃の姿が浮かんだ。
聖皇の妻であり、聖妃ジュネヴィーブ。
アルセルラ国の元王女であり、知識と論理を重んじる。気難しいと評されることが多いが、聖妃は他人だけでなく自分にも厳しい女性で、論理的思考の持ち主だ。
彼女はとても優秀で、聖皇にとっては完璧なパートナーであり、公私ともに支えられてきた存在だ。
賢く、優秀な彼女は長年、教会との関係修復に尽力してきた。地道な交渉を重ね、ようやく晩餐会への招待を実現させた――その努力を、ヴェロニカが台無しにしたのだ。
(似ている。)
魔法に頼らない国づくり。それは聖妃ジュネヴィーブが目指していた視点だ。
メルカディオン国の滅亡が魔法崩壊であると教えてくれたのも聖妃だった。
聖皇はあの時、まるで聖妃が目の前にいるかのような錯覚を受けたほどだ。
(もしや、この娘なら‥‥、)
聖皇の胸に、ある考えが浮かび始めていた。
(いや…。今はまだ早い。この娘を、社交の場に立たせるには――まだ足りぬ。)
聖皇は今しがた思い浮かんだ考えを自身の胸の内に留めた。
「近いうちに教師を紹介する。これからも精進せよ。」
聖皇の言葉にリリアーヌは目を瞬いた。
「あ、ありがとうございます!陛下!」
(嬉しい…!私、勉強していいんだ!私のために教育をつけさせてくれるなんて…。)
リリアーヌは聖皇の気遣いに深く感謝した。
「皇太子よ。リリアーヌを送ってやれ。」
「はい。」
皇太子は聖皇にそう言われ、リリアーヌに手を差し出した。
「リリアーヌ。…行こう。部屋まで送る。」
リリアーヌはトクン、と胸が高鳴った。
(殿下…。私をエスコートするために手を…。こんな風に淑女として扱ってもらうなんて初めて……。)
嬉しくて、思わず頬を緩んでしまう。
「ありがとうございます。殿下。」
ふわっと嬉しそうに笑うリリアーヌに、アルフレートは息を吞んだ。
「殿下?」
「ッ……!」
アルフレートは我に返ると、首を振って気を取り直し、リリアーヌの手を引いて、その場を立ち去った。
かつて自分が読んだ古代の文献には確か……。
張り詰めた静寂の中、リリアーヌは小さく息を吸った。
(シスター…。どうか、私に勇気を……。)
震える膝を押さえながら、声を振り絞る。
「文献では、特別な建材や技術がなくても、地形を活かして土と石で堤を築けば、水を溜めることは可能だと記されていました。もしくは、地盤の安定した谷や窪地を選び、降雨の多い地域に限定して整備すれば、費用も人手も最小限で済むと思います。」
彼女は一瞬、視線を巡らせた。
先ほどまで侮蔑の目を向けていた貴族たちも、今は黙って耳を傾けている。
「もちろん、最初から全国規模で展開するのは無理です。ですから、まずは一つの領地――たとえば、首都近郊か、被害が大きい村をモデルに、試験的に始めれば…。もし、効果が見られれば、その記録をもとに拡張していって……、」
リリアーヌはそこまで言って、突然はっとした。
(喋りすぎた!どうしよう!こんなことを言って、生意気だと思われてしまったかも…!)
「あ…、も、申し訳…、」
しかし、その言葉を遮ったのは、アルヴィス公爵だった。
「試験的導入、ですか。」
公爵は初めて、わずかに表情を緩めた。フム、と頷くと、
「段階的な実施計画……。なるほど。悪くないですね。リスクを最小限に抑えつつ、効果を検証できる。仮に失敗しても、国家財政への打撃は限定的だ。」
公爵は書類に何かを書き込みながら続けた。
「地形を活かすという発想も理に適っている。確かに、自然の地形を利用すれば建設費用は大幅に削減できる。維持管理も容易になるでしょう。」
「素晴らしい!」
内務大臣が興奮したように声を上げた。
「まさか、そのような方法があったとは…、考えもしませんでした。」
すると、他の貴族たちも口々に言い始めた。
「なるほど……。局地的な導入から始めるというのは、良い考えだ。」
「いやはや…。大した慧眼だ。」
「費用と効果を見極めてから拡大する。実に現実的な提案ではないか。」
西方辺境伯が感心したように頷く。
「皇太子殿下はよい側室を娶られましたな。」
「え、あ、ああ。」
皇太子は戸惑ったように頷いた。
(自分は……、何も知らなかった。彼女のことを、何も……。)
アルフレートは、リリアーヌを見つめた。
だが、その視線に気づく余裕は、リリアーヌにはなかった。
リリアーヌの心には、ただひとつの想いがあった。
(この国を……、こんなにもこの国のために尽くしてくれている人たちがいるんだ。あの夢が現実に起こってしまえば…、この国は滅んでしまう。そうなれば、この人たちも殺されてしまうかもしれない。それだけは駄目!)
あの夢の悲劇は絶対に起こしてはいけない。
女教皇の慟哭、藍色の髪の勇敢な令嬢の最後、エリーゼの死―。
その全ての悲劇を変えないと……!
まずは、確かめる必要がある。この公爵様の娘が本当にあのエリーゼなのか……。もし、そうだとしたら、あの夢と辻褄が合う。
あれが予知夢であることは間違いない。それはリリアーヌも確信している。だって、あの夢は女神様が私に見せてくれた夢だ。私の祈りを聞き届けて、答えて下さったのだから……。
でも、今までは殿下とヴェロニカ様しか私の知っている人はいない。他の人は私は知らない。だから、あの夢に出てくる人たちが実在する人物なのか確信が持てなかった。
でも……。
リリアーヌはアルヴィス公爵をそっと見た。
(目の前にいる公爵様は三度目の夢に出てきたエリーゼの父親で間違いない。後は、エリーゼが娘であると知ることができれば、疑いようがない。)
だからこそ、リリアーヌは確かめたいと思った。
「……面白い。」
低く、しかし明確な声が、場を貫いた。
全員の視線が聖皇に集まる。
聖皇は悠然と肘を椅子の手すりに置き、顎に手を添えた。その仕草一つで、場の空気が引き締まる。
ややあって、聖皇は視線を横に移す。
「だが……、」
その一言に、再び緊張が走る。
「アルヴィス公爵の意見も、一理ある。」
名を呼ばれ、公爵は静かに聖皇を見やる。
「貯水湖の建設は、人手、資材、費用、期間。どれをとっても大規模な事業になる。理想だけで進められるものではない。」
聖皇はゆっくりと場を見渡した。
「よって、本件は……、」
一拍置いて、聖皇が決定を下す。
「次の会議にて、改めて審議する。」
場がざわめく。
「それまでに明らかにせよ。貯水湖の実現可能性。建設に要する費用と期間。そして――それが国家にもたらす利益を。」
その視線が、皇太子へと向けられる。
「アルフレートよ、リリアーヌの提案した貯水湖、その可能性を見極めよ。」
アルフレートは一礼した。
「はい、陛下。」
「よかろう。」
その一言で、会議は終了となった。
重臣たちが次々と退出していく。その中にアルヴィス公爵の後姿が見えた。
(あっ……、公爵様!追いかけないと……!エリーゼのことを確かめないと……)
リリアーヌも席を立とうとしてアルヴィス公爵を追おうとしたが、
「リリアーヌ。」
呼び止められ、びくりと肩を震わせる。
「そなたは、残れ。」
「……は、はい。」
聖皇にそう命じられてしまったら断れない。リリアーヌは公爵を追いかけるのは諦めるしかなかった。
その場に残ったのは、聖皇とアルフレート、そしてリリアーヌだけだった。
静寂に包まれる。
(な、何を言われるのだろう…?も、もしかして、私、何か間違えた?女の癖に出しゃばったりしたし……。)
ドキドキしながら、聖皇の反応を待っていると、聖皇はゆっくりとお茶を口にし、リリアーヌに視線を向けた。
「今日の働きは見事であった。」
予想だにしない言葉にリリアーヌは弾かれたように聖皇を見つめた。
「あ…ありがとうございます。」
「だが…、」
聖皇は言葉を続けた。
「そなたには、まだ足りぬものがある。貴族としての教養、礼儀作法、社交術……。それらがなければ皇太子の側室に相応しいとは言えぬ。」
リリアーヌは俯いた。
自分の至らなさは、痛いほど分かっていたからだ。
「ゆえに、そなたに教師をつける。」
「……え?」
リリアーヌは顔を上げた。
「礼儀作法、社交術、そして――政治についても学ばせよう。そなたには素質がある。教養を身に着ければ、皇太子の補佐を任せられよう。そのためにも励むがよい。」
「は、はい!ありがとうございます!陛下!」
リリアーヌは深々と頭を下げた。
(勉強していいんだ!嬉しい……!)
胸が熱くなる。てっきり、叱責されるか、切り捨てられるかと思っていたのに、教育を受けさせて下さるなんて!
聖皇は、アルフレートに視線を移した。
「皇太子よ。リリアーヌはそなたの選んだ側室だ。もっとよく見てやれ。」
その言葉には、言外にこれまでの叱責が込められていた。
アルフレートは、わずかに唇を噛み締めてから頷いた。
「…はい。父上。」
「ところで、リリアーヌ。先ほど話していた貯水湖について書かれた文献だが……、どこで手に入れたのだ?」
「あ…、私の領地の教会の書庫で、拝見いたしました。」
「教会だと…?」
皇帝はわずかに眉をひそめる。
「教会の書庫は聖職者以外立ち入り禁止のはずだが…?」
聖皇の問いに、リリアーヌは正直に答えた。
「あ、はい。本来はそうなのですが……、司祭様が特別に、書庫の出入りを許可して下さって……、」
リリアーヌは自然と胸の奥が温かくなるのを感じた。
聖典を殿下から頂いて以来、リリアーヌは教会に足を運ぶようになった。それから、リリアーヌは熱心に教会を訪れ、祈りを捧げるようになった。
亡き母が信仰深い信徒であったと聞き、いつしか自分も、その背を追うようになったのだ。
掃除や炊き出し、収穫祭の手伝い――教会の活動に参加するうちに、司祭やシスターたちは彼女を可愛がってくれるようになった。特に司祭は、孫を見るような目でリリアーヌを見守ってくれた。リリアーヌが本が好きだと知ると、書庫への出入りを許してくれたのだ。
(優しい司祭様…。シスターたちも、元気にしているかな?)
懐かしく感じながらも、リリアーヌがそう説明すると、
「…なるほど。信仰と奉仕か。」
聖皇は小さく頷いた。
そして、しばし黙考する。
(教会が、この娘を……。)
聖皇の脳裏に、病床に伏す聖妃の姿が浮かんだ。
聖皇の妻であり、聖妃ジュネヴィーブ。
アルセルラ国の元王女であり、知識と論理を重んじる。気難しいと評されることが多いが、聖妃は他人だけでなく自分にも厳しい女性で、論理的思考の持ち主だ。
彼女はとても優秀で、聖皇にとっては完璧なパートナーであり、公私ともに支えられてきた存在だ。
賢く、優秀な彼女は長年、教会との関係修復に尽力してきた。地道な交渉を重ね、ようやく晩餐会への招待を実現させた――その努力を、ヴェロニカが台無しにしたのだ。
(似ている。)
魔法に頼らない国づくり。それは聖妃ジュネヴィーブが目指していた視点だ。
メルカディオン国の滅亡が魔法崩壊であると教えてくれたのも聖妃だった。
聖皇はあの時、まるで聖妃が目の前にいるかのような錯覚を受けたほどだ。
(もしや、この娘なら‥‥、)
聖皇の胸に、ある考えが浮かび始めていた。
(いや…。今はまだ早い。この娘を、社交の場に立たせるには――まだ足りぬ。)
聖皇は今しがた思い浮かんだ考えを自身の胸の内に留めた。
「近いうちに教師を紹介する。これからも精進せよ。」
聖皇の言葉にリリアーヌは目を瞬いた。
「あ、ありがとうございます!陛下!」
(嬉しい…!私、勉強していいんだ!私のために教育をつけさせてくれるなんて…。)
リリアーヌは聖皇の気遣いに深く感謝した。
「皇太子よ。リリアーヌを送ってやれ。」
「はい。」
皇太子は聖皇にそう言われ、リリアーヌに手を差し出した。
「リリアーヌ。…行こう。部屋まで送る。」
リリアーヌはトクン、と胸が高鳴った。
(殿下…。私をエスコートするために手を…。こんな風に淑女として扱ってもらうなんて初めて……。)
嬉しくて、思わず頬を緩んでしまう。
「ありがとうございます。殿下。」
ふわっと嬉しそうに笑うリリアーヌに、アルフレートは息を吞んだ。
「殿下?」
「ッ……!」
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