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第二章 才能の開花編
溝と架け橋
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教会を後にしたアルフレート一行。護衛は我慢できないというように、
「何ですか、あの司祭の態度は!無礼にもほどがあります!」
「いっそ、武力行使で――」
「馬鹿なことを言うな。」
アルフレートは静かに、しかし断固として告げた。
「教会に手を出せば、国が割れる。そうなれば、この国は終わりだ。」
「皇太子殿下!しかし……!」
「……仕方がない。」
アルフレートは淡々とした口調で息を吐いた。まるで、自分にそう言い聞かせるかのように。
「教会が王家を良く思っていないことは、お前たちも知っているだろう。」
三代前――アルフレートの曽祖父の兄、当時の皇太子が犯した愚行。
聖職者の娘との婚約を、公衆の面前で破棄し、男爵令嬢を妻にすると公言した。
教会の尊厳を踏みにじり、神への冒涜とまで言われたあの事件。
皇太子は廃嫡されたが――教会の怒りは、今も消えていない。
「ですが!あれは三代も前の話ではありませんか!」
「その通りです!そもそも、その皇太子は先々代聖皇陛下の兄君ではありませんか。殿下には何の関係もありません!」
護衛は口々に、そう吐き捨てる。
「‥‥教皇猊下は俺を嫌っている。他の聖職者たちが従わないのも、無理はない。」
アルフレートは静かに歩き出した。
「そもそも教皇が悪いのです!教皇さえ皇太子殿下を認めれば、他の者たちも…!」
護衛が苛立ちを隠さず続けた。
「まったく、女が教皇の座につくなど、秩序が乱れる元で――」
「やめろ。」
アルフレートの声が、低く響いた。
「教皇猊下は神に選ばれし教会の頂点だ。口を慎め。」
「も、申し訳ありません……。」
護衛は項垂れた。
アルフレートは、心の中で溜息をついた。
(……教会との溝は、あまりにも深い。)
この状況を打破する方法は――あるのか?
一行が去っていくのを、司祭は無表情で見送った。
扉が閉まり、静寂が訪れる。
「……司祭様。」
傍らにいた年配のシスターが、心配そうに声をかけた。
「あのような言い方をされて……大丈夫なのですか?」
「問題ない。」
司祭は、低く呟いた。
「あの男に、貴重な教会の書物を貸すものか。万が一、紛失したり、破損したりしたらどうする?」
司祭の声に、わずかな苛立ちが滲む。
「殿下も、そこまで愚かな方では……、」
シスターが恐る恐る言うと、司祭は鋭く遮った。
「あの男はよくても、正妃殿下はどうだ!」
その声には、明らかな怒りがあった。
「聖典外伝――あの貴重な写本を、ドレスに埃がついたという理由で燃やしたような女だぞ!」
「……っ」
シスターが息を呑む。
「不謹慎にもほどがある!」
司祭の拳が、わずかに震えた。
「あんな女に、あの貴重な書物を渡すくらいなら……リリアーヌに贈りたかったと、何度後悔したことか!」
それまで落ち着いていた司祭が、堰を切ったように怒りを吐き出す。
「し、司祭様!お、落ち着いて!」
シスターが慌てて宥めようとする。
「あんまりお怒りになると、お身体に毒ですよ!腰も……!」
「……ふん。」
司祭は、ようやく息を整えた。
だが、その目には――まだ、怒りの炎が燻っていた。
「……とにかく、あの男には貸せん。」
司祭は、吐き捨てるように言った。
「正妃殿下が紛失したり、燃やしたりしても――あの男は叱責するどころか、下らぬ言い訳をするに決まっている。」
「……。」
シスターはそれに反論できなかった。あの皇太子殿下なら、本当にそうするだろう。そう思ってしまったからだ。
「『わざとではない』『うっかりしただけだ』……そう庇い立てして、うやむやにするだろう。」
司祭の声には、深い軽蔑があった。
「女に溺れるような男が、国を統治などできまい。」
「……司祭様。」
「あの男は……王の器ではない。」
司祭は、窓の外を見つめた。
「歴史を見れば明らかだ。女に溺れた王は、必ず国を傾けてきた。賢帝と呼ばれた王が、傾国の美姫に惑わされ、国を滅ぼしたことすらあるのだ。」
「……殿下もそうなるのでしょうか?」
「わからん。」
司祭は、静かに首を横に振った。
「だが――正妃の失態を二度も見過ごし、罰も与えず、離縁もしない。教会を軽んじ、私情で政を曲げる。そのような男に、この国を任せられるか?」
シスターは、言葉を失った。
「……教皇猊下のご判断は、正しい。」
司祭は、静かに告げた。
「あの男を、皇太子として認めるわけにはいかぬ。」
「そうか…。やはり、教会の許可は下りなかったか。」
聖皇は、アルフレートからの報告に書類から目を上げることなく呟いた。
「はい…。私の力不足です。申し訳ありません。」
アルフレートは深く頭を下げた。
「謝るよりも、これからのことを考えよ。」
聖皇は、ようやく顔を上げてアルフレートを見た。
「皇太子よ、そなたはどうするつもりだ?」
「再度、交渉を試みます。次は別の司祭に……、」
「無駄だ。」
聖皇は即座に切り捨てた。
「教皇が認めぬ限り、どの司祭も同じだ。そなたは理解していないようだな。」
「……。」
「教会は、そなたを見ている。皇太子としての資質を、正妃との関係を――すべてを。」
聖皇の声には、わずかな苦みがあった。
「正妃の失態を、そなたは庇いすぎる。それが教会の不信を招いているのだ。」
「しかし、父上……、」
「言い訳は聞きたくない。」
聖皇は、鋭く遮った。
「そなたが正妃に甘いことは、私も知っている。だが――それが国にとって良いことか、よく考えろ。」
アルフレートは、ぐっと言葉に詰まった。
反論の言葉は喉まで込み上げたが、結局、声にはならない。
ただ静かに唇を噛みしめ、視線を落とすしかなかった。
「では……、どうすれば……?」
アルフレートは、苦しげに問うた。
「リリアーヌを同行させろ。」
聖皇の答えは、意外なものだった。
「は……?」
アルフレートは、思わず顔を上げた。
「しかし、父上…。彼女は側室ですし…、教会の者はいい顔をしないのでは。」
「よく考えてみろ。アルフレート。」
聖皇は息子の名前を呼び、見据えた。
「リリアーヌは書庫の出入りを許され、書庫の本を借りていたと言っていた。これが何を意味するか分かるか?」
聖皇は指を組み、顎を乗せると、
「本来、書庫の出入りを許されるのは聖職者のみ。閲覧はできても、本や書物の持ち出しや貸し出しは原則的に禁止されている。が、リリアーヌはそれが許された。」
アルフレートはハッとした。確かにそうだ。リリアーヌは聖職者でもないのに……。
「恐らく、リリアーヌは教会の人間に慕われていて、親しい間柄なのだろう。でなければ、書庫の出入りと本の貸し出しが許されるわけがない。」
アルフレートは父王の意図を理解した。
つまり、リリアーヌを連れて行けば、説得材料になるということだ。
「明日、もう一度リリアーヌを連れて、教会に行け。」
「…承知いたしました。」
しかし、そう上手くいくだろうか。
(リリアーヌと親しくても、相手が王家となれば……、)
あの司祭の冷ややかな視線が、脳裏に蘇る。
(俺を嫌っている者たちが、リリアーヌのためとはいえ、譲歩するだろうか?)
だが――他に手段はなかった。
聖皇との謁見を終えたアルフレートは、すぐに使いを出した。その知らせがリリアーヌのもとへ届いたのは、夕刻のことだった。
「……教会へ、ですか?」
侍女から要件を聞いたリリアーヌは、一瞬きょとんとしたあと――ぱあっと顔を輝かせた。
「も、勿論!喜んで行きます!」
そう答えて、自室で一人になったリリアーヌは胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、目を輝かせる。
(久しぶりに、みんなに会える……!)
途端に胸が弾み、頬が自然と緩んでいく。
「司祭様や院長先生、それにシスター・マリナたちにも会える!」
くるくると部屋の中で回りながら、嬉しさを抑えきれない様子だ。
「そうだ、手ぶらで行くなんて失礼だよね。何か、手土産を持って行かないと……。」
くるりと踵を返し、部屋の中を慌ただしく歩き回る。
「……あ、どうしよう。私、お金なんてほとんどないし……。高い贈り物なんて無理だし……。」
少しだけしょんぼりするが、すぐに表情がぱっと明るくなる。
「お菓子でいいよね!みんな、いつも焼き菓子を持っていくと喜んでくれるし!」
ぽんっ、と手を打つ。
「それに……司祭様、ジンジャークッキーが大好物なんだよね。体を温めてくれるし、腰の痛みにも効くって言ってたし……。よし、あれを作って持っていこう!院長先生とシスターたちにはローズマリーのビスケットにして‥‥、」
リリアーヌは、指を折りながら考える。
「院長先生、あれを食べてから調子が良くなったって言ってくださったんだよね。庭のローズマリーも、ちょうど良い具合に育ってるし!」」
嬉しそうに、レシピを思い返す。
「よし!今から作ろう!」
想い浮かべるのは、嬉しそうにクッキーやビスケットを食べてくれる司祭とシスターたちの顔。
(喜んでくれるといいな……。)
リリアーヌは胸いっぱいに期待を膨らませながら、台所へ向かう準備を始めた。
翌日、リリアーヌは早朝から準備を整えていた。
昨日、作っておいたジンジャークッキーとローズマリーのビスケット。
それぞれを丁寧に布で包み、籠に入れた。
「よし!これで……大丈夫。」
鏡の前で、身なりを整える。
ヴェロニカ様とのお茶会の時に着た紺色のドレス。質素なドレスだが、精一杯きちんとした格好をした。
離宮の正門前には、すでに馬車が待っていた。
そして――アルフレートの姿も。
「おはようございます、殿下。」
リリアーヌが頭を下げると、アルフレートは静かに頷いた。
「……行こう。」
馬車の扉が開かれる。
リリアーヌが乗り込もうとした、その時……、アルフレートがそっと手を差し出した。
リリアーヌは一瞬、きょとんとした。
「……手を。」
リリアーヌは彼がエスコートのために手を差し出してくれたのだと理解し、頬が熱くなるのを感じた。
「あ……ありがとうございます。」
恐る恐る、その手に自分の手を重ねる。
男性らしく、大きくて、骨張った手……。
優しく支えられて、リリアーヌは馬車に乗り込んだ。
(……殿下が、手を……。)
胸がどきどきと鳴る。
(こ、こんな風に淑女のように扱われるなんて、初めて……。)
胸が、きゅんと締めつけられる。
(き、緊張する……。)
席に座ると、アルフレートも向かいの席に腰を下ろした。
馬車が、ゆっくりと動き出す。
しばらく、沈黙が続いた。
(き、気まずい……。な、何か話すべき? い、いや。でも、こういうのって私から話しかけていいの?)
そんな風にぐるぐると悩んでいると、アルフレートが籠に目を向けた。
「何ですか、あの司祭の態度は!無礼にもほどがあります!」
「いっそ、武力行使で――」
「馬鹿なことを言うな。」
アルフレートは静かに、しかし断固として告げた。
「教会に手を出せば、国が割れる。そうなれば、この国は終わりだ。」
「皇太子殿下!しかし……!」
「……仕方がない。」
アルフレートは淡々とした口調で息を吐いた。まるで、自分にそう言い聞かせるかのように。
「教会が王家を良く思っていないことは、お前たちも知っているだろう。」
三代前――アルフレートの曽祖父の兄、当時の皇太子が犯した愚行。
聖職者の娘との婚約を、公衆の面前で破棄し、男爵令嬢を妻にすると公言した。
教会の尊厳を踏みにじり、神への冒涜とまで言われたあの事件。
皇太子は廃嫡されたが――教会の怒りは、今も消えていない。
「ですが!あれは三代も前の話ではありませんか!」
「その通りです!そもそも、その皇太子は先々代聖皇陛下の兄君ではありませんか。殿下には何の関係もありません!」
護衛は口々に、そう吐き捨てる。
「‥‥教皇猊下は俺を嫌っている。他の聖職者たちが従わないのも、無理はない。」
アルフレートは静かに歩き出した。
「そもそも教皇が悪いのです!教皇さえ皇太子殿下を認めれば、他の者たちも…!」
護衛が苛立ちを隠さず続けた。
「まったく、女が教皇の座につくなど、秩序が乱れる元で――」
「やめろ。」
アルフレートの声が、低く響いた。
「教皇猊下は神に選ばれし教会の頂点だ。口を慎め。」
「も、申し訳ありません……。」
護衛は項垂れた。
アルフレートは、心の中で溜息をついた。
(……教会との溝は、あまりにも深い。)
この状況を打破する方法は――あるのか?
一行が去っていくのを、司祭は無表情で見送った。
扉が閉まり、静寂が訪れる。
「……司祭様。」
傍らにいた年配のシスターが、心配そうに声をかけた。
「あのような言い方をされて……大丈夫なのですか?」
「問題ない。」
司祭は、低く呟いた。
「あの男に、貴重な教会の書物を貸すものか。万が一、紛失したり、破損したりしたらどうする?」
司祭の声に、わずかな苛立ちが滲む。
「殿下も、そこまで愚かな方では……、」
シスターが恐る恐る言うと、司祭は鋭く遮った。
「あの男はよくても、正妃殿下はどうだ!」
その声には、明らかな怒りがあった。
「聖典外伝――あの貴重な写本を、ドレスに埃がついたという理由で燃やしたような女だぞ!」
「……っ」
シスターが息を呑む。
「不謹慎にもほどがある!」
司祭の拳が、わずかに震えた。
「あんな女に、あの貴重な書物を渡すくらいなら……リリアーヌに贈りたかったと、何度後悔したことか!」
それまで落ち着いていた司祭が、堰を切ったように怒りを吐き出す。
「し、司祭様!お、落ち着いて!」
シスターが慌てて宥めようとする。
「あんまりお怒りになると、お身体に毒ですよ!腰も……!」
「……ふん。」
司祭は、ようやく息を整えた。
だが、その目には――まだ、怒りの炎が燻っていた。
「……とにかく、あの男には貸せん。」
司祭は、吐き捨てるように言った。
「正妃殿下が紛失したり、燃やしたりしても――あの男は叱責するどころか、下らぬ言い訳をするに決まっている。」
「……。」
シスターはそれに反論できなかった。あの皇太子殿下なら、本当にそうするだろう。そう思ってしまったからだ。
「『わざとではない』『うっかりしただけだ』……そう庇い立てして、うやむやにするだろう。」
司祭の声には、深い軽蔑があった。
「女に溺れるような男が、国を統治などできまい。」
「……司祭様。」
「あの男は……王の器ではない。」
司祭は、窓の外を見つめた。
「歴史を見れば明らかだ。女に溺れた王は、必ず国を傾けてきた。賢帝と呼ばれた王が、傾国の美姫に惑わされ、国を滅ぼしたことすらあるのだ。」
「……殿下もそうなるのでしょうか?」
「わからん。」
司祭は、静かに首を横に振った。
「だが――正妃の失態を二度も見過ごし、罰も与えず、離縁もしない。教会を軽んじ、私情で政を曲げる。そのような男に、この国を任せられるか?」
シスターは、言葉を失った。
「……教皇猊下のご判断は、正しい。」
司祭は、静かに告げた。
「あの男を、皇太子として認めるわけにはいかぬ。」
「そうか…。やはり、教会の許可は下りなかったか。」
聖皇は、アルフレートからの報告に書類から目を上げることなく呟いた。
「はい…。私の力不足です。申し訳ありません。」
アルフレートは深く頭を下げた。
「謝るよりも、これからのことを考えよ。」
聖皇は、ようやく顔を上げてアルフレートを見た。
「皇太子よ、そなたはどうするつもりだ?」
「再度、交渉を試みます。次は別の司祭に……、」
「無駄だ。」
聖皇は即座に切り捨てた。
「教皇が認めぬ限り、どの司祭も同じだ。そなたは理解していないようだな。」
「……。」
「教会は、そなたを見ている。皇太子としての資質を、正妃との関係を――すべてを。」
聖皇の声には、わずかな苦みがあった。
「正妃の失態を、そなたは庇いすぎる。それが教会の不信を招いているのだ。」
「しかし、父上……、」
「言い訳は聞きたくない。」
聖皇は、鋭く遮った。
「そなたが正妃に甘いことは、私も知っている。だが――それが国にとって良いことか、よく考えろ。」
アルフレートは、ぐっと言葉に詰まった。
反論の言葉は喉まで込み上げたが、結局、声にはならない。
ただ静かに唇を噛みしめ、視線を落とすしかなかった。
「では……、どうすれば……?」
アルフレートは、苦しげに問うた。
「リリアーヌを同行させろ。」
聖皇の答えは、意外なものだった。
「は……?」
アルフレートは、思わず顔を上げた。
「しかし、父上…。彼女は側室ですし…、教会の者はいい顔をしないのでは。」
「よく考えてみろ。アルフレート。」
聖皇は息子の名前を呼び、見据えた。
「リリアーヌは書庫の出入りを許され、書庫の本を借りていたと言っていた。これが何を意味するか分かるか?」
聖皇は指を組み、顎を乗せると、
「本来、書庫の出入りを許されるのは聖職者のみ。閲覧はできても、本や書物の持ち出しや貸し出しは原則的に禁止されている。が、リリアーヌはそれが許された。」
アルフレートはハッとした。確かにそうだ。リリアーヌは聖職者でもないのに……。
「恐らく、リリアーヌは教会の人間に慕われていて、親しい間柄なのだろう。でなければ、書庫の出入りと本の貸し出しが許されるわけがない。」
アルフレートは父王の意図を理解した。
つまり、リリアーヌを連れて行けば、説得材料になるということだ。
「明日、もう一度リリアーヌを連れて、教会に行け。」
「…承知いたしました。」
しかし、そう上手くいくだろうか。
(リリアーヌと親しくても、相手が王家となれば……、)
あの司祭の冷ややかな視線が、脳裏に蘇る。
(俺を嫌っている者たちが、リリアーヌのためとはいえ、譲歩するだろうか?)
だが――他に手段はなかった。
聖皇との謁見を終えたアルフレートは、すぐに使いを出した。その知らせがリリアーヌのもとへ届いたのは、夕刻のことだった。
「……教会へ、ですか?」
侍女から要件を聞いたリリアーヌは、一瞬きょとんとしたあと――ぱあっと顔を輝かせた。
「も、勿論!喜んで行きます!」
そう答えて、自室で一人になったリリアーヌは胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、目を輝かせる。
(久しぶりに、みんなに会える……!)
途端に胸が弾み、頬が自然と緩んでいく。
「司祭様や院長先生、それにシスター・マリナたちにも会える!」
くるくると部屋の中で回りながら、嬉しさを抑えきれない様子だ。
「そうだ、手ぶらで行くなんて失礼だよね。何か、手土産を持って行かないと……。」
くるりと踵を返し、部屋の中を慌ただしく歩き回る。
「……あ、どうしよう。私、お金なんてほとんどないし……。高い贈り物なんて無理だし……。」
少しだけしょんぼりするが、すぐに表情がぱっと明るくなる。
「お菓子でいいよね!みんな、いつも焼き菓子を持っていくと喜んでくれるし!」
ぽんっ、と手を打つ。
「それに……司祭様、ジンジャークッキーが大好物なんだよね。体を温めてくれるし、腰の痛みにも効くって言ってたし……。よし、あれを作って持っていこう!院長先生とシスターたちにはローズマリーのビスケットにして‥‥、」
リリアーヌは、指を折りながら考える。
「院長先生、あれを食べてから調子が良くなったって言ってくださったんだよね。庭のローズマリーも、ちょうど良い具合に育ってるし!」」
嬉しそうに、レシピを思い返す。
「よし!今から作ろう!」
想い浮かべるのは、嬉しそうにクッキーやビスケットを食べてくれる司祭とシスターたちの顔。
(喜んでくれるといいな……。)
リリアーヌは胸いっぱいに期待を膨らませながら、台所へ向かう準備を始めた。
翌日、リリアーヌは早朝から準備を整えていた。
昨日、作っておいたジンジャークッキーとローズマリーのビスケット。
それぞれを丁寧に布で包み、籠に入れた。
「よし!これで……大丈夫。」
鏡の前で、身なりを整える。
ヴェロニカ様とのお茶会の時に着た紺色のドレス。質素なドレスだが、精一杯きちんとした格好をした。
離宮の正門前には、すでに馬車が待っていた。
そして――アルフレートの姿も。
「おはようございます、殿下。」
リリアーヌが頭を下げると、アルフレートは静かに頷いた。
「……行こう。」
馬車の扉が開かれる。
リリアーヌが乗り込もうとした、その時……、アルフレートがそっと手を差し出した。
リリアーヌは一瞬、きょとんとした。
「……手を。」
リリアーヌは彼がエスコートのために手を差し出してくれたのだと理解し、頬が熱くなるのを感じた。
「あ……ありがとうございます。」
恐る恐る、その手に自分の手を重ねる。
男性らしく、大きくて、骨張った手……。
優しく支えられて、リリアーヌは馬車に乗り込んだ。
(……殿下が、手を……。)
胸がどきどきと鳴る。
(こ、こんな風に淑女のように扱われるなんて、初めて……。)
胸が、きゅんと締めつけられる。
(き、緊張する……。)
席に座ると、アルフレートも向かいの席に腰を下ろした。
馬車が、ゆっくりと動き出す。
しばらく、沈黙が続いた。
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