期限付きの側室なのに皇太子殿下が離してくれません!

林檎

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第二章 才能の開花編

帰る場所

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「ヨラダ様!お久しぶりです!」

アルフレートの横にいた、フードを被った人物が駆け寄ってきた。

「……どなたですかな?」

司祭が訝しげに眉をひそめる。

(あ、まだフード被ったままだった。)

リリアーヌは、慌てて、パサリ、とフードを外した。

「また、お会いできて嬉しいです。」

「リリアーヌ!?」

司祭は驚愕したように目を見開いた。

「リリアーヌ。どうして、ここに?確か、結婚が決まったと聞いていたが…?」

「ごめんなさい。ヨラダ様。実は私…、皆さんに黙っていたことがあるんです。私が嫁いだ方は皇太子殿下だったのです。」

「何…?」

司祭の顔色が変わった。

「ま、まさか…、皇太子殿下が新しく側室を迎えたというのは…、」

司祭はワナワナと体を震わせた。
リリアーヌはニコッと微笑んだ。

「その側室が私なんです。ごめんなさい。ヨラダ様やシスターたちに心配かけたくなくて、黙っていて……。」

司祭の顔が、怒りでみるみる紅潮していく。

(この男の……側室だと!?)

司祭は、体面を取り繕うのすら忘れて、ギロッとアルフレートを鋭く睨みつけた。

(ふざけるな!側室!?リリアーヌを!?)

司祭の拳が、わなわなと震える。

(こんな純粋で心優しい子が……、この男の側室にされるなど……!)

我慢ならなかった。リリアーヌには平凡ながらも誠実で一途な夫こそふさわしい。孫のように慈しんでいた彼女には、幸せになって欲しかった。それなのに――、

(いくら王族に嫁ぐといっても、側室など、ただの日陰者の扱いではないか!大体、あの正妃に溺れているこんな腑抜けた男の側室にされて……、リリアーヌが幸せになるわけがない!)

今にも怒鳴りつけそうな司祭を見て、アルフレートは身構えた。だが――

「ヨラダ様。」

リリアーヌが、ぱあっと顔を輝かせた。

「私、殿下の側室になってから、毎日がとっても充実してるんです!」

司祭は、思わず目を瞬かせた。怒りで紅潮していた顔が、呆気にとられたように固まる

「……充実?」

「はい!最初は不安で……、みんなに会えない心細さもありましたけど、」

リリアーヌは、心からの笑顔を向ける。

「殿下も、妃殿下も、使用人の方々も、みんな優しくて……とっても良くしてくださるんです。だから今は毎日が楽しくて!」

司祭の眉が、わずかにピクリと動いた。

(……妃殿下が?)

聖典外伝を燃やし、教会を軽んじるあの正妃が、リリアーヌに優しい?

(……いや、まさか。リリアーヌは優しすぎるから、些細な言葉でも「優しくされた」と思い込んでしまうのだろう。)

司祭の疑念は、さらに深まった。

「今日はこうして、外出の許可まで頂いて。ヨラダ様やみんなに会えるなんて……本当に嬉しいです!」

その笑顔は――曇りひとつなく、純粋で、幸せそうだった。
司祭は、言葉を失った。

(……こんなに、嬉しそうに。)

怒りが、すっと引いていく。

(リリアーヌの前で、怒鳴り散らすわけにもいかんか。)

司祭は、深く息を吐いた。

「……そうか。それなら良かった。」

だが、アルフレートを見る目には、まだ警戒の色があった。

(……本当に、この男がリリアーヌを大切にしているのか?いや……。正妃に溺れている男が、側室を大切にするはずが……、)

疑念は、消えない。
だが、リリアーヌの笑顔を見れば――今は、何も言えなかった。
その時、奥から高齢のシスターが現れた。

「司祭様、王家の方が来訪されていると聞きましたが……、」

別の建物にある孤児院を管理している院長――知らせを聞いて様子を見に来たのだろう。

「何か問題でも……?」

心配そうに司祭を見る院長の視線が、ふとアルフレートの隣に立つ人物に留まった。

「……まあ!リリアーヌ!?」

院長は驚きの声を上げ、足早に駆け寄ってきた。

「院長先生!」

「リリアーヌ!本当にリリアーヌなのね!」

院長は、リリアーヌの両手を取り、目に涙を浮かべた。

「元気にしていたの?心配していたのよ。結婚したと聞いて……もう会えないかと思っていたわ。」

「院長先生……。ごめんなさい。心配かけて……。」

その声を聞きつけて、若いシスターたちが次々と顔を出した。

「え、今、リリアーヌって……!?」

「本当!?リリアーヌが来たの!?」

「リリアーヌ!」

「リリアーヌ!会いたかったわ!」

シスターたちが、リリアーヌを囲むようにして集まってくる。

「あ、そうだ。みなさん、これ……。」

リリアーヌは、籠から包みを取り出した。

「ハーブのビスケットです。ローズマリーを使ったんですよ。良かったら、召し上がってください。」

「まあ!リリアーヌの手作り?」

「はい。院長先生、ローズマリーのビスケット、お好きでしたよね。」

「覚えていてくれたの……!ありがとう、リリアーヌ。」

シスターたちも、嬉しそうに包みを受け取る。

「ねえ、リリアーヌ。」

一人の若いシスターが、不思議そうに首を傾げた。

「どうして、皇太子殿下と一緒にいるの?結婚相手は……確か、外国の方だって聞いていたけど……。」

「あ……、」

リリアーヌは、少しだけ躊躇してから、ゆっくりと口を開いた。

「ごめんなさい。実は私…、嘘をついていました。本当は――私、皇太子殿下の側室として嫁いだんです。」

一瞬、静寂が訪れた。

「……側室!?」

院長が、青ざめ、周囲のシスターたちもざわめく。

「側室って……確か、子供を産んだら、離縁されるって……。」

「そんな……!」

リリアーヌは深い事情が、とか色々あってと濁しているが、シスターたちは何となく察した。
子供の頃からリリアーヌを見てきた彼女たちはリリアーヌが男爵家でどんな扱い受けてきたのか知っている。
だからこそ、すぐに分かった。
カリーナが側室になるのを嫌がり、リリアーヌを身代わりにしたのだと。
当然だ。子供を産む道具として扱われ、最後は捨てられることが分かっていて、誰が嫁ぎたいものか。
いくら、側室といっても、離縁されることが分かっているのに嫁ぎたいなど思わないだろう。
よりにもよって、リリアーヌがその側室に選ばれた。

院長は、ショックのあまり、よろめいた。

「側室……。り、リリアーヌが……、」

「院長!」

傍にいたシスターが慌てて院長の肩を支えた。

「大丈夫ですか!?」

「…ええ。少し、驚いただけよ。」

院長は、震える手でリリアーヌの頬に触れた。

「リリアーヌ……あなた、大丈夫なの?」

「はい、大丈夫です。」

リリアーヌは、にこりと微笑んだ。

「殿下も、妃殿下も、とっても優しくしてくださるんです。」

「でも……!」

「本当に、大丈夫です。心配しないでください。」

リリアーヌの笑顔は――あまりにも無邪気で、純粋だった。
シスターたちは、顔を見合わせ、リリアーヌから少し離れた場所で小声で囁き合う。

「……この子、本当に分かっているのかしら……。」

「あの正妃殿下が優しい?信じられないわ……。」

「あの方のせいで、何人の令嬢が破滅したことか…。『紅の毒婦』と呼ばれた伯爵令嬢でさえやり込められたって……。」

「もしかして、虐められていることに、気づいていないんじゃ……。」

「有り得るわね…。この子、昔からちょっと純粋すぎるというか…。悪意を悪意と気づかないところがあるから…。」

「全部、善意で解釈してしまうのよね。」

院長は、リリアーヌの頬に手を添えた。

「リリアーヌ……辛いことがあったら、いつでもここに戻っておいで。」

「院長先生……。」

「ここは、あなたの家なのよ。忘れないで。」

「……はい。」

リリアーヌの目に、涙が浮かんだ。




その光景を――アルフレートは、少し離れた場所から見つめていた。
院長やシスターたちがリリアーヌを見る目は、家族を見るような、温かい眼差しだった。

(……ここは、彼女にとっては、とても大切な場所なんだな。)

院長の震える手。
シスターたちの心配そうな顔。
「いつでも戻っておいで」という言葉。

アルフレートは、胸に重いものを感じた。

(……俺は、彼女から何を奪ったんだ。)

「殿下。」

護衛の一人が、小声で囁いた。

「……書庫の件は、どうなさいますか?」

「……ああ。」

アルフレートは、我に返った。

(……そうだ。本題は、それだった。)

アルフレートは、司祭へ向き直った。

「司祭殿。」

「…何ですかな?」

司祭の声は――先ほどよりも、さらに冷たかった。

「実は……本日、こちらに伺ったのは、書庫に入る許可を頂きたく――」

「お断りします。」

即座に、冷たく遮られた。

「何度申し上げても同じです。殿下に書庫への立ち入りを許可することはできません。」

司祭の目には明らかな敵意があった。

「……。」

アルフレートは、ぐっと拳を握りしめた。

(…やはり、駄目か。)

その時――

「あの、ヨラダ様。」

リリアーヌが、こちらに戻ってきた。

「ん?何だね?リリアーヌ。」

司祭は、アルフレートへの態度とは一変して、優しくリリアーヌに微笑んだ。
あまりにも露骨な温度差。
護衛たちが、悔しそうに唇を噛む。無礼にもほどがある、という怒りが顔に出ていた。
だが――司祭は、全く気にした様子もなかった。

「あ…、ごめんなさい。お話し中でしたか?」

「いやいや。構わない。もう終わった所だ。…そうですよね?殿下?」

「……ああ。」

アルフレートは司祭の言葉に頷くしかなかった。

(やはり、リリアーヌを同行するだけでは無理があったか。)

アルフレートがそう考えていると、

「それで、どうしたのかな?リリアーヌ。」

「あの、これ……ヨラダ様に。」

リリアーヌは籠から、別の包みを取り出す。

「ジンジャークッキーです。ヨラダ様、お好きでしたよね。」

司祭の表情が――一瞬で、ぱあっと明るくなった。

「リリアーヌ…!そなたという娘は…!」

司祭はリリアーヌを見て、目尻を下げ、デレッとした顔をした。感極まったあまり、リリアーヌの頭をぽんぽんと撫でる。

「そなたは本当に心優しい娘だな…。まるで、女神のようだ…。」

「もう、ヨラダ様ったら…。お世辞が上手なんですから…。」

リリアーヌは照れ笑いを浮かべる。
アルフレートは、その光景を――ただ、黙って見つめていた。

(……俺の高級な献上品は、拒否されたのに……。)

アルフレートの視線が、司祭の手の中のクッキーに落ちる。
リリアーヌが一つ一つ、丁寧に焼いたもの。

(……何が、違うんだ?)

高級品と手作り。
形式と真心。

アルフレートは、ふと気づいた。

(……そうか。俺が『雑草』だと思っていたハーブは‥‥、彼らにとっては、何よりも大切なものだったのか。)

アルフレートは、小さく息を吐いた。
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