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第二章 才能の開花編
青紫のドレス
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空色のドレスは、淡い空を閉じ込めたような色合いで、リリアーヌの白い肌によく映えた。
裾が揺れるたび、軽やかに光を反射する。
「……へ、変じゃないでしょうか……?」
試着室から出て、空色のドレスを纏ったリリアーヌは、おずおずとアルフレートの反応を窺った。
アルフレートの視線が、真っ直ぐに向けられる。
見つめられていると思うと、胸の奥がそわそわして、リリアーヌは思わず指先を絡めた。
「……いいんじゃないか。」
短い言葉だったが、先ほどと同じく、視線は逸らされなかった。
(よ、良かった!変じゃないんだ……。)
リリアーヌはホッと安堵しつつ、嬉しさを隠し切れなかった。
「じゃあ、次はこっちだ。」
(え!?ま、また!?)
次に差し出されたのは、淡いピンクのドレスだった。
袖口と胸元に施された刺繍が、可憐さを際立たせる。
まるで童話に出てくるお姫様が着るような、可愛らしいドレス。
(わあ!可愛い……。カリーナがよく着てるピンクのドレスに似てる。)
カリーナはよくピンクのドレスを着ていた。
レースやフリルをふんだんに使った、女の子らしいドレスを。
でも、こういうピンクのドレスは、カリーナみたいな愛らしい美少女が着るから似合うもの。地味で痩せっぽちな自分が着たら、きっとみっともない格好になる。
「あ、あの、私にはこんな可愛らしいドレスは……、」
「このドレスの試着も頼む。」
「畏まりました。」
「!?」
リリアーヌは辞退しようとしたが、聞こえていないのか、アルフレートはすでに店員にピンクのドレスを渡していた。
「ちょ、あの‥‥!」
リリアーヌは口をぱくぱくと開閉させるしかできなかった。もはや、断れる雰囲気ではない。
結局、三回目の試着もすることになった。
ピンクのドレスを着て、リリアーヌはそわそわと落ち着かない気持ちになった。
(うっ…、可愛いけど、こ、こんな素敵なドレス、やっぱり、私には似合わない……。)
試着室を出た瞬間――アルフレートは、先ほどよりも長く、じっと見つめていた。
「……あ、あの……、」
耐えきれず声を掛けると、ようやくアルフレートが口を開く。
「……思っていたより、いい。」
(え……?)
リリアーヌは目を瞬かせる。
(似合わないって、思ってたのに……)
それだけ。それだけなのに。
「……っ」
リリアーヌの耳まで、一気に熱が上る。
(ほ、褒めてくれた……。)
視線を合わせられず、俯いてしまう。
「次は――」
アルフレートは次のドレスを選び出す。
これで終わりだと思っていたリリアーヌは仰天した。
「ええ!? もう四着目ですよ!?」
リリアーヌの悲鳴に近い声が、店内に響く。
「嫌なら、無理にとは言わないが。」
「い、いえ……!」
リリアーヌは慌てて首を横に振った。
(殿下が私のためにドレスを選んでくれるのはすごく嬉しい。こんな機会、一生ないかもしれない…。ここで断るなんて…、)
手渡されたのは、柔らかなクリーム色のドレスだった。
上品で洗練されたデザインで、派手さはないが、落ち着いた色味が全体を包み込み、どこか大人びた印象を与える。
(わあ……。大人っぽくて素敵…。)
試着室から出た瞬間、アルフレートは――
「……これも悪くない。」
淡々とした声だった。
だが、その目は、はっきりとリリアーヌを捉えている。
「……あ、ありがとうございます……。」
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
(そんなふうに……毎回、見られると……。)
嬉しいのか、恥ずかしいのか、自分でも分からない。
ただ、視線から逃げるように、スカートの裾をきゅっと握った。
店員たちは、その様子を微笑ましそうに見守っていた。
「どのお色も、本当によくお似合いですわ」
リリアーヌは店員の言葉が社交辞令だと分かっていても、嬉しかった。
(どれも悪くない。だが、一番似合うドレスはどれかとなると…これといった決め手がないな。)
アルフレートは、ふとショップの奥に視線を向けた。
そこには、柔らかなスポットライトに照らされたマネキンに、青紫色のドレスが飾られていた。
「これは……、」
思わず足を止める。
藤色から深い群青へと変わる色合い。
まるで黄昏の空をそのまま布に染め上げたような、息を呑むほど美しいグラデーションだった。
「そちらのドレスが気になりますか?お目が高いですわ。こちらのドレスは当店でも特に人気の一着でございます。」
店員が優雅な仕草でドレスをマネキンから外し、掲げて見せる。
間近で見ると、胸元の白いレースと紺のリボンが、優雅さを引き立てていた。
裾に向かって徐々に深まる色彩は、まるで雪原に夜が訪れる瞬間を切り取ったかのようだ。
「……悪くないデザインだ。リリアーヌ、これも試着してみたらどうだ?」
「ええ!? で、でも…!」
(確かに素敵だけど…こんなの着こなせる自信ない…!)
それに――
(人気があるってことは、他のドレスより高いのでは!?)
「だ、大丈夫です!十分、試着できましたので……!」
「気に入らなかったのか?」
「そ、そんなことないです!こんな素敵なドレスが気に入らないだなんて……!」
リリアーヌはブンブンと首を振る。
言質を取ったとでも言いたげに、アルフレートは店員に告げた。
「気に入ったようだ。このドレスも試着を頼む。」
「畏まりました。」
「!?」
リリアーヌは予想外の展開に思考が停止した。
「さあ、お嬢様。試着室へご案内します。」
店員がにこやかに声をかける。
「え、ええ!? あ、あの、えっと、私……!」
ワタワタするリリアーヌを、店員は微笑ましそうに試着室へ誘導していく。
そんなリリアーヌの様子を見て、アルフレートは何だかおかしくて、フッと口角を上げた。
(見ていて、飽きないな…。それに、からかい甲斐があるというか…。)
初めて、自然な笑みがこぼれた。
リリアーヌはそっとドレスに袖を通した。
滑らかな生地の感触…。散りばめられた花の刺繍が、繊細で美しい。
数分後、試着室のカーテンが開き、青紫のドレスを纏ったリリアーヌが姿を現す。
「……!」
アルフレートは、息を呑んだ。
柔らかな生地が、優雅に揺れる。
首元は程よく開いており、鎖骨のラインが美しく見える。
袖口と襟元には繊細なレースがあしらわれていた。そして――ウエストは細く絞られ、スカートがふんわりと広がっている。
「……ど、どうでしょうか……?」
リリアーヌが、恥ずかしそうに尋ねる。
「……似合っている。」
迷いのない声だった。
(……美しいというより、可愛いな。)
その言葉の方が、しっくりくる。
青紫が、彼女の黒髪によく映える。
そして――華やかなドレスを着ることで、彼女の持つ清楚な美しさが、より際立っていた。
「ほ、本当ですか……?」
「ああ。」
アルフレートは、頷くと、
「このドレスを頂こう。」
「まあ、ありがとうございます。」
「え……!」
リリアーヌはドレスを見下ろした。男爵家で男爵夫人やカリーナが着ていたドレスよりも遥かに上質なドレスだと素人の目から見ても分かる。
(これ、絶対高い……!)
値段がいくらするのかなど、考えただけで恐ろしくなった。
「あ、あの……!殿下……!」
リリアーヌが慌てる。
「私なんかにこんな高級なドレスなんて……!」
「構わない。」
「お客様。よろしければ、ドレスに合わせてアクセサリーも一緒にご購入されるのはいかがでしょうか?」
「こちらのドレスでしたら、パールのネックレスとイヤリングはいかがでしょう?お嬢様の清楚さを引き立てるのにぴったりだと思いますわ。」
「パールか…。悪くないな。それも頂こう。」
「ありがとうございます。」
「ええ!?」
(ど、ドレスだけでなく、パールまで!?)
リリアーヌはクラリと眩暈がしそうになった。
「ドレスはこのままでいい。パールもそのまま身に着けるから、包まなくていい。」
「かしこまりました。」
店員はリリアーヌの首元にパールのネックレスを、耳にはパールのイヤリングをつけた。
リリアーヌは放心状態でされるがままだ。一方でアルフレートは、
(どれも、捨てがたい。)
今夜の装いはこのドレスに決めた。だが、先ほどまでリリアーヌが袖を通していた他のドレスにも、自然と視線が戻る。
アルフレートは、リリアーヌに聞こえないよう、店員に小声で告げた。
「…さきほど、試着したドレスも全て包んでくれ。」
(……全部、似合っていたからな。ただ――それだけのことだ。)
マダムロゼッタの店を出て、馬車が静かに走り出す。
リリアーヌは何度もドレスの胸元や裾に視線を落とし、落ち着きなく指先を動かしていた。
「……あ、あの……殿下……」
「どうした」
「こ、こんなに素敵なドレス……本当に、いいんでしょうか……?」
不安そうに問いかける声は、小さく震えている。
「よ、汚したりしたらどうしましょう……。それに……、」
言葉が詰まり、リリアーヌはぎゅっと手を握った。
「こ、こんなに豪華なもの……どうやってお返しすればいいのか、分からなくて……」
オロオロと視線を彷徨わせる様子に、アルフレートは一瞬だけ目を伏せ、それから静かに告げた。
「返す必要はない」
「で、でも……!」
アルフレートは、淡々とした声音のまま言う。
「君は、俺の側室だ。それに相応しい服を持つのは、当然のことだ。」
「……殿下……。」
その言葉が胸に落ちた瞬間、リリアーヌの視界がにじむ。
(……殿下……優しい……。)
胸の奥が、きゅっと締め付けられるように熱くなる。
「……ありがとうございます……。」
声を抑えきれず、俯いたままそう呟いた。
アルフレートはそれ以上、何も言わなかった。
ただ、彼女が少しでも安心したように肩の力を抜いたのを、横目で確認していた。
(……お返し、か)
アルフレートは、ほんの一瞬だけ考え込む。
ヴェロニカにも今までたくさんの宝石やドレスを贈ってきた。
彼女は、いつも優雅に微笑んで受け取った。
「まあ、素敵」と喜び、感謝の言葉を口にする。
だが――
リリアーヌのように、「どう返せばいいのか」と真剣に悩む姿を見たことはない。
貴族社会では、それが普通だ。
男が金を出し、物を与える。
女はそれを受け取る。
それは礼儀であり、当然であり、疑問を挟む余地のない慣習だった。
(与えられることを、当然だと思っている者ばかりだったな)
だからこそ。
「返し方が分からない」と困惑する彼女の姿は、妙に胸に残った。
(……随分と、変わっている)
欲しがらず、見返りを求めず、
それでも、与えられたものを大切にしようとする。
(新鮮だな……)
そう思った瞬間、なぜか胸の奥が、わずかにくすぐったくなる。
アルフレートは、そんな感情に名前をつけることなく、視線を前に戻した。
やがて、馬車は王都で最も格式高いホテルの前に停まった。
裾が揺れるたび、軽やかに光を反射する。
「……へ、変じゃないでしょうか……?」
試着室から出て、空色のドレスを纏ったリリアーヌは、おずおずとアルフレートの反応を窺った。
アルフレートの視線が、真っ直ぐに向けられる。
見つめられていると思うと、胸の奥がそわそわして、リリアーヌは思わず指先を絡めた。
「……いいんじゃないか。」
短い言葉だったが、先ほどと同じく、視線は逸らされなかった。
(よ、良かった!変じゃないんだ……。)
リリアーヌはホッと安堵しつつ、嬉しさを隠し切れなかった。
「じゃあ、次はこっちだ。」
(え!?ま、また!?)
次に差し出されたのは、淡いピンクのドレスだった。
袖口と胸元に施された刺繍が、可憐さを際立たせる。
まるで童話に出てくるお姫様が着るような、可愛らしいドレス。
(わあ!可愛い……。カリーナがよく着てるピンクのドレスに似てる。)
カリーナはよくピンクのドレスを着ていた。
レースやフリルをふんだんに使った、女の子らしいドレスを。
でも、こういうピンクのドレスは、カリーナみたいな愛らしい美少女が着るから似合うもの。地味で痩せっぽちな自分が着たら、きっとみっともない格好になる。
「あ、あの、私にはこんな可愛らしいドレスは……、」
「このドレスの試着も頼む。」
「畏まりました。」
「!?」
リリアーヌは辞退しようとしたが、聞こえていないのか、アルフレートはすでに店員にピンクのドレスを渡していた。
「ちょ、あの‥‥!」
リリアーヌは口をぱくぱくと開閉させるしかできなかった。もはや、断れる雰囲気ではない。
結局、三回目の試着もすることになった。
ピンクのドレスを着て、リリアーヌはそわそわと落ち着かない気持ちになった。
(うっ…、可愛いけど、こ、こんな素敵なドレス、やっぱり、私には似合わない……。)
試着室を出た瞬間――アルフレートは、先ほどよりも長く、じっと見つめていた。
「……あ、あの……、」
耐えきれず声を掛けると、ようやくアルフレートが口を開く。
「……思っていたより、いい。」
(え……?)
リリアーヌは目を瞬かせる。
(似合わないって、思ってたのに……)
それだけ。それだけなのに。
「……っ」
リリアーヌの耳まで、一気に熱が上る。
(ほ、褒めてくれた……。)
視線を合わせられず、俯いてしまう。
「次は――」
アルフレートは次のドレスを選び出す。
これで終わりだと思っていたリリアーヌは仰天した。
「ええ!? もう四着目ですよ!?」
リリアーヌの悲鳴に近い声が、店内に響く。
「嫌なら、無理にとは言わないが。」
「い、いえ……!」
リリアーヌは慌てて首を横に振った。
(殿下が私のためにドレスを選んでくれるのはすごく嬉しい。こんな機会、一生ないかもしれない…。ここで断るなんて…、)
手渡されたのは、柔らかなクリーム色のドレスだった。
上品で洗練されたデザインで、派手さはないが、落ち着いた色味が全体を包み込み、どこか大人びた印象を与える。
(わあ……。大人っぽくて素敵…。)
試着室から出た瞬間、アルフレートは――
「……これも悪くない。」
淡々とした声だった。
だが、その目は、はっきりとリリアーヌを捉えている。
「……あ、ありがとうございます……。」
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
(そんなふうに……毎回、見られると……。)
嬉しいのか、恥ずかしいのか、自分でも分からない。
ただ、視線から逃げるように、スカートの裾をきゅっと握った。
店員たちは、その様子を微笑ましそうに見守っていた。
「どのお色も、本当によくお似合いですわ」
リリアーヌは店員の言葉が社交辞令だと分かっていても、嬉しかった。
(どれも悪くない。だが、一番似合うドレスはどれかとなると…これといった決め手がないな。)
アルフレートは、ふとショップの奥に視線を向けた。
そこには、柔らかなスポットライトに照らされたマネキンに、青紫色のドレスが飾られていた。
「これは……、」
思わず足を止める。
藤色から深い群青へと変わる色合い。
まるで黄昏の空をそのまま布に染め上げたような、息を呑むほど美しいグラデーションだった。
「そちらのドレスが気になりますか?お目が高いですわ。こちらのドレスは当店でも特に人気の一着でございます。」
店員が優雅な仕草でドレスをマネキンから外し、掲げて見せる。
間近で見ると、胸元の白いレースと紺のリボンが、優雅さを引き立てていた。
裾に向かって徐々に深まる色彩は、まるで雪原に夜が訪れる瞬間を切り取ったかのようだ。
「……悪くないデザインだ。リリアーヌ、これも試着してみたらどうだ?」
「ええ!? で、でも…!」
(確かに素敵だけど…こんなの着こなせる自信ない…!)
それに――
(人気があるってことは、他のドレスより高いのでは!?)
「だ、大丈夫です!十分、試着できましたので……!」
「気に入らなかったのか?」
「そ、そんなことないです!こんな素敵なドレスが気に入らないだなんて……!」
リリアーヌはブンブンと首を振る。
言質を取ったとでも言いたげに、アルフレートは店員に告げた。
「気に入ったようだ。このドレスも試着を頼む。」
「畏まりました。」
「!?」
リリアーヌは予想外の展開に思考が停止した。
「さあ、お嬢様。試着室へご案内します。」
店員がにこやかに声をかける。
「え、ええ!? あ、あの、えっと、私……!」
ワタワタするリリアーヌを、店員は微笑ましそうに試着室へ誘導していく。
そんなリリアーヌの様子を見て、アルフレートは何だかおかしくて、フッと口角を上げた。
(見ていて、飽きないな…。それに、からかい甲斐があるというか…。)
初めて、自然な笑みがこぼれた。
リリアーヌはそっとドレスに袖を通した。
滑らかな生地の感触…。散りばめられた花の刺繍が、繊細で美しい。
数分後、試着室のカーテンが開き、青紫のドレスを纏ったリリアーヌが姿を現す。
「……!」
アルフレートは、息を呑んだ。
柔らかな生地が、優雅に揺れる。
首元は程よく開いており、鎖骨のラインが美しく見える。
袖口と襟元には繊細なレースがあしらわれていた。そして――ウエストは細く絞られ、スカートがふんわりと広がっている。
「……ど、どうでしょうか……?」
リリアーヌが、恥ずかしそうに尋ねる。
「……似合っている。」
迷いのない声だった。
(……美しいというより、可愛いな。)
その言葉の方が、しっくりくる。
青紫が、彼女の黒髪によく映える。
そして――華やかなドレスを着ることで、彼女の持つ清楚な美しさが、より際立っていた。
「ほ、本当ですか……?」
「ああ。」
アルフレートは、頷くと、
「このドレスを頂こう。」
「まあ、ありがとうございます。」
「え……!」
リリアーヌはドレスを見下ろした。男爵家で男爵夫人やカリーナが着ていたドレスよりも遥かに上質なドレスだと素人の目から見ても分かる。
(これ、絶対高い……!)
値段がいくらするのかなど、考えただけで恐ろしくなった。
「あ、あの……!殿下……!」
リリアーヌが慌てる。
「私なんかにこんな高級なドレスなんて……!」
「構わない。」
「お客様。よろしければ、ドレスに合わせてアクセサリーも一緒にご購入されるのはいかがでしょうか?」
「こちらのドレスでしたら、パールのネックレスとイヤリングはいかがでしょう?お嬢様の清楚さを引き立てるのにぴったりだと思いますわ。」
「パールか…。悪くないな。それも頂こう。」
「ありがとうございます。」
「ええ!?」
(ど、ドレスだけでなく、パールまで!?)
リリアーヌはクラリと眩暈がしそうになった。
「ドレスはこのままでいい。パールもそのまま身に着けるから、包まなくていい。」
「かしこまりました。」
店員はリリアーヌの首元にパールのネックレスを、耳にはパールのイヤリングをつけた。
リリアーヌは放心状態でされるがままだ。一方でアルフレートは、
(どれも、捨てがたい。)
今夜の装いはこのドレスに決めた。だが、先ほどまでリリアーヌが袖を通していた他のドレスにも、自然と視線が戻る。
アルフレートは、リリアーヌに聞こえないよう、店員に小声で告げた。
「…さきほど、試着したドレスも全て包んでくれ。」
(……全部、似合っていたからな。ただ――それだけのことだ。)
マダムロゼッタの店を出て、馬車が静かに走り出す。
リリアーヌは何度もドレスの胸元や裾に視線を落とし、落ち着きなく指先を動かしていた。
「……あ、あの……殿下……」
「どうした」
「こ、こんなに素敵なドレス……本当に、いいんでしょうか……?」
不安そうに問いかける声は、小さく震えている。
「よ、汚したりしたらどうしましょう……。それに……、」
言葉が詰まり、リリアーヌはぎゅっと手を握った。
「こ、こんなに豪華なもの……どうやってお返しすればいいのか、分からなくて……」
オロオロと視線を彷徨わせる様子に、アルフレートは一瞬だけ目を伏せ、それから静かに告げた。
「返す必要はない」
「で、でも……!」
アルフレートは、淡々とした声音のまま言う。
「君は、俺の側室だ。それに相応しい服を持つのは、当然のことだ。」
「……殿下……。」
その言葉が胸に落ちた瞬間、リリアーヌの視界がにじむ。
(……殿下……優しい……。)
胸の奥が、きゅっと締め付けられるように熱くなる。
「……ありがとうございます……。」
声を抑えきれず、俯いたままそう呟いた。
アルフレートはそれ以上、何も言わなかった。
ただ、彼女が少しでも安心したように肩の力を抜いたのを、横目で確認していた。
(……お返し、か)
アルフレートは、ほんの一瞬だけ考え込む。
ヴェロニカにも今までたくさんの宝石やドレスを贈ってきた。
彼女は、いつも優雅に微笑んで受け取った。
「まあ、素敵」と喜び、感謝の言葉を口にする。
だが――
リリアーヌのように、「どう返せばいいのか」と真剣に悩む姿を見たことはない。
貴族社会では、それが普通だ。
男が金を出し、物を与える。
女はそれを受け取る。
それは礼儀であり、当然であり、疑問を挟む余地のない慣習だった。
(与えられることを、当然だと思っている者ばかりだったな)
だからこそ。
「返し方が分からない」と困惑する彼女の姿は、妙に胸に残った。
(……随分と、変わっている)
欲しがらず、見返りを求めず、
それでも、与えられたものを大切にしようとする。
(新鮮だな……)
そう思った瞬間、なぜか胸の奥が、わずかにくすぐったくなる。
アルフレートは、そんな感情に名前をつけることなく、視線を前に戻した。
やがて、馬車は王都で最も格式高いホテルの前に停まった。
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