期限付きの側室なのに皇太子殿下が離してくれません!

林檎

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第二章 才能の開花編

VIPルームへの招待

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運ばれてきた料理。
美しく盛り付けられた前菜。
が、リリアーヌはとても料理を楽しめる気分ではなかった。

(ど、どうやって食べるんだろう……?)

その時、リリアーヌはハッと気づいた。

(あ、そうだ!食事前のお祈りをしないと!)

慌てて指を組み、目を瞑る。

「主よ、本日の糧に感謝します。生きとし生けるものすべてに、祝福を。」

自然と祈りの言葉が口から出る。
祈りを終えて、顔を上げるが――、

アルフレートはすでに、ナイフとフォークを手にしていた。

(し、しまった!お祈りに気を取られて、タイミング逃しちゃった。)

リリアーヌはアルフレートが手にしているナイフとフォークを見て、それに似たものを探した。

(え、えっと……!)

慌てて手を伸ばし――間違えて、デザート用のフォークを掴んでしまった。

「あ……。」

(あれ?このフォーク、何か小さい……?)

一方、アルフレートはリリアーヌの様子を見ていた。

(俺は…忘れていたな。)

今さらになって、自分が何もしていなかったことに気づく。
皇太子として、信仰は教えられてきた。式典や儀式の場では祈り、神の名も口にする。
だが、それはあくまでも形式的なものだ。リリアーヌのように身体に染みついた習慣ではない。

(こういう敬虔な信仰深さも、あの司祭やシスターたちから好かれる理由の一つなのだろうな。)

自分の信仰とは、根本から違う。
彼女にとって祈りは、特別な行為ではなく、生活の一部なのだ。

(……純粋だな。)

そう思った、その時――近くのテーブルから、クスクスと笑う声が聞こえた。

「ねえ、見た?今の。」

「デザート用のフォークで前菜を食べようとしてるわよ。」

「まあ……信じられない。」

「テーブルマナーも知らないのね……。」

「田舎から出て来たのではなくて?」

令嬢たちの声が、容赦なく突き刺さる。

(や、やっぱり……間違えてた……。)

リリアーヌの顔が、羞恥心でかああ、と赤くなる。

(は、恥ずかしい……!)

「それにしても、……地味な女ね。」

「釣り合ってないわよね。」

「どんなに着飾っても、中身までは取り繕えなかったのね。」

「これなら、私の方がよっぽど‥‥、」

くすくす、と忍び笑う気配がリリアーヌに刺さる。
正論すぎて、返す言葉がない。

(……うっ!や、やっぱり、そうだよね)

場違いだ、という視線。
ここにいてはいけない、と言われているような空気。

自分が地味なのも、釣り合っていないのも、分かっている。
彼女たちは何も間違ったことは言ってない。

リリアーヌには、アルフレートの隣に立てるような美しさも教養もない。
テーブルマナーすら、満足にできない。

これがヴェロニカ様であったら、誰も文句は言わなかっただろう。美しさも教養も兼ね備えた完璧な淑女のヴェロニカ様だったら‥‥、

リリアーヌは彼と自分は住む世界が違う人なのだと改めて実感する。

(殿下が……こんなに良くしてくれているのに……。)

リリアーヌは思わず俯いた。

(それなのに、私は……テーブルマナーも満足にできない……。)

手が震える。

(……やっぱり、私なんかが……ここにいちゃいけなかったんだ……。)

折角、殿下が連れてきてくれたのに。
こんな醜態を晒して――きっと、幻滅されてしまった。

(怖い……。殿下の顔が……、見れない……。)

リリアーヌが彼に謝ろうと震える唇を開くが、

「――ここは、雑音が多すぎるな。」

冷ややかな声が、ホールに響いた。
アルフレートは、近くに控えていた店員に、短く命じた。

「支配人を呼べ。」

静かな声だが、命令に慣れた者特有の――有無を言わせぬ雰囲気があった。
店員は、アルフレートの纏う空気に気圧された。

「……し、承知いたしました。少々お待ちください!」

背筋を伸ばし、深く一礼すると、店員は駆け出した。
周囲の令嬢たちも、その様子に気づいたのか――ざわめきが、わずかに静まった。

リリアーヌは、びくりと肩を震わせた。

(殿下……怒っていらっしゃる……。)

冷たい声。
張り詰めた空気。

(わ、私のせいだ……。テーブルマナーも分からなくて、恥をかかせてしまった……)

アルフレートの怒りが、自分に向けられているのだと、そう思い込んでしまう。

(ご、ごめんなさい……!)

謝罪の言葉が喉につかえ、声にならない。
手が震え、視線を上げることもできず、ただ俯いたまま――まるで叱責を待つ子どものように、身体を小さくした。

男爵家では、少しでも失敗すれば、すぐに怒鳴られ、叩かれた。
だから――怒りの気配を感じただけで、身体は勝手に縮こまり、思考より先に「怖い」と感じてしまう。

(……怖い……。)

ほどなくして、足音を抑えきれない様子で一人の男がホールへ駆け込んできた。
先ほど、出迎えて席まで案内をしてくれた壮年の支配人だ。

彼はアルフレートの姿を認めた瞬間、表情を引き締め、周囲の視線など一切気にせず、その場で深く、深く頭を下げた。

「……お待たせいたしました。アレイン様。何かこちら側に不手際がありましたでしょうか?」

アルフレートが一言だけ低く言う。

「ここは、少し騒がしい。彼女が落ち着いて食事ができないので、別の席を用意できるか?」

それだけで支配人は理解する。

「かしこまりました!VIPルームにご案内致します!」

支配人は一瞬もためらわず、深く頷いた。

支配人はそう告げると、即座に顔を上げ、控えていた店員たちを鋭く見据えた。

「今すぐ、VIPルームにご案内しろ。警備と導線も再確認。——最高のもてなしを。」

「は、はい!」

数人の店員が一斉に動き出す。
その素早さと緊張感に、ホールの空気が一段、張り詰めた。

周囲の令嬢たちも、さすがに異変を察したのだろう。
さっきまでひそひそと囁いていた口が、次々に閉じられていく。

(……え?)

リリアーヌは、ただ戸惑うばかりだった。
先ほどまで自分に突き刺さっていた視線と嘲笑が、今はどこかへ消えている。

(よ、良かった。怒ってるわけじゃないんだ。)

リリアーヌはひとまずほっとしたが、

「い、今、VIPルームって言った?」

「VIPルームって……確か、ゴールドカードの会員しか使えないはずよね……?」

「まさか、あの人、ゴールドカード持ちの会員ということ?」

(ええ!?)

リリアーヌは、女性客たちのひそひそ声を耳にして、顔が青ざめた。
VIPルームなんて、名前からして特別な部屋なのだとは思ったけど、そ、そんなすごい部屋なの!?

「で、殿……っ、あ、アレイン様! わ、私なら大丈夫ですから!」

殿下と言いかけたが、今はお忍び中の身だと思い返して、慌てて言い直す。

「気にするな。俺がそうしたいだけだ。どうせなら、落ち着いて食事できる場所の方がいい。」

「で、でも‥‥!」

「ご不快な思いをおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます。こちらへどうぞ。」

さすがは高級ホテル。まだ一分も経ってないのに、迅速に対応して、案内の準備を整えている。

「え、あ、いえ!こ、こちらこそ‥‥!」

リリアーヌがアワアワしてると、アルフレートが

「行こう。」

そう言って、アルフレートは迷いなく手を差し出した。
リリアーヌは一瞬ためらい――それでも、そっとその手に自分の手を重ねる。

そうして示されたのは、ホールの奥。
重厚な扉の向こうへ続く、限られた客しか通されない回廊だった。

席を立つ際、リリアーヌは思わず俯いてしまう。
――自分のせいで、また空気を悪くしてしまった。
そう思う癖が、どうしても抜けなかった。

「あ、あの、ごめんなさい!私のせいで空気を悪くしてしまって!給仕の皆さんは悪くないんです。こ、ここのホテルの店員の対応は完璧でーー!」

「リリアーヌ。君が謝る必要はない。」

低く、穏やかな声。顔を上げれば、アルフレートはリリアーヌを真剣な眼差しで見つめていた。

「……で、でも……、」

「作法を知らないことと、品がないことは別だ。俺は、後者の方がよほど醜いと思っている。」

リリアーヌは、はっとして彼を見る。
彼の瞳は、揺らいでいなかった。
嘲りも、失望も、そこにはない。

「……テーブルマナーがどれほど完璧でも、他人を嘲る声を嬉々として上げる者を、俺は"淑女"だとは思わない。——君のように、周囲を気遣える人間の方が、よほど相応しい。」

(……え?)

一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
自分が責められるのだと、ずっと思っていたから。

(殿下は……怒ってない……?)

それどころか――

(わ、私を……庇って……?)

胸が、じわりと温かくなった。
視界が滲む。

(殿下……)

リリアーヌが震える唇で何か言おうとした、その時――

「お、お待ちなさい!まさか……私たちのことを言っているの!?」

「ぶ、無礼ですわ!取り消しなさい!」

「本当のことを言っただけではありませんの!」

先ほどの令嬢たちだ。その顔は怒りで赤く染まっていた。甲高い声が、次々と上がる。
もはや、品位の欠片もない。

アルフレートは、そんな彼女たちを氷のように冷たい眼差しで一瞥した。その冷ややかな眼差しに令嬢たちはビクリと怯んだ。

――それだけ。

アルフレートは言葉を返すことすら、しなかった。

「行こう。」

低く、短く告げると、
彼はリリアーヌの背にそっと手を添え、ホールの奥に向かって、歩き出す。

「え……?あ、あの……アレイン様……?」

リリアーヌは戸惑い、振り返りかけるが、アルフレートは立ち止まらない。
背後では、なおも令嬢たちが騒ぎ立てる。

「ちょっと!無視なさるおつもり!?」

「信じられない……!」

「ちょっと顔がいいからってーー!」

だが、そこへ支配人と数人の店員が進み出た。

「お客様。他のお客様のご迷惑になりますので、どうかお静かにお願いいたします。」

丁寧だが、有無を言わせぬ声。
令嬢たちは、悔しげに言葉を詰まらせる。
アルフレートは――最後まで、振り返ることはなかった。
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