冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第一章 出会い編

拒絶

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「あ、あの実は…、魔法は使っていないですけど、おまじないを少しかけまして…、」

「まじない?」

「はい。母が教えてくれたおまじないなんです。体調を崩した時に元気になるおまじないで…、
私が熱を出したり、風邪を引いた時に母がおまじないをかけてくれて…、そのおまじないがよく効くんです。だから、そのおまじないを使えばもしかしたら、殿下の体調も良くなるのではないかと思って…、」

無言になるルーファスにリスティーナはハッとした。

「あ、あの…、もしかして、こちらの国ではおまじないをかけるのはいけなかったのでしょうか?」

怪しげなおまじないではないし、母のおまじないは自分にはよく効いたがそれはただの気持ちの問題だったかもしれない。だから、おまじない位でよくなるとは思わないが気休めになればいいと思ってかけたのだ。それがまずかったのだろうか?これで罰せられたらどうしよう。そんな風に思っていると、

「いや。別にそんな事はない。…ところで、そのまじないはどんなものだ?」

「あ、おまじないは誰にでもできる簡単な物ですわ。ハンカチを真夜中にレモンかオレンジ等の柑橘類を数滴、垂らして祈りを捧げる。その後は、月の光が当たるように窓辺に置くだけです。」

「…それだけか?」

「はい。それだけですわ。」

「それはメイネシア国に伝わるまじないの一種か?」

「いえ。これは母の一族に伝わるおまじないです。」

「君の母上は占いや魔術に詳しい家柄なのか?」

「私の母は…、家柄なんて立派な家系の出ではないんです。姓も持たない平民で流浪一座の踊り子でした。」

「踊り子…?ああ。そういえば、メイネシア国の第四王女は平民が母親だと誰かが言っていたな。
流浪の民、か。成程。だから、占いにも詳しいのだな。」

「は、はい…。」

リスティーナは少し困惑していた。
てっきり、平民の血が混じった下賤な女といった目で見られると思ったのに…。嫌悪も侮蔑の目も向けずにただ淡々と事実を受け止めるルーファスの反応にリスティーナは戸惑っていた。
思わず、リスティーナはじっとルーファスを見つめた。

「何だ?あまり、じろじろ見られるのは好きじゃない。言いたいことがあるなら言え。」

じろり、と睨みつけられ、リスティーナはハッとした。

「も、申し訳ありません!あの…、殿下は…、その…、私を…、軽蔑しないのですか?」

「軽蔑?」

「わ、私は…、先程も仰ったように母は平民です。だから、私は半分、平民の血が混じっています。そんな私を…、殿下は軽蔑しないのですか?」

「庶子の王族なんて今更、珍しい話でもないだろう。平民の女に手を出して子を成した王や貴族など数え切れないほどいる。それに、半分も王族の血を継いでいるのだからそれで十分だろう。軽蔑する理由がどこにある。」

リスティーナは驚いてルーファスを見つめた。ルーファスはいつもの平然とした表情で何でもない事のように言った。自分が庶子の王女だと聞いても軽蔑しない貴族や王族などいなかった。
地位の高い人間は皆が皆、リスティーナを蔑んだ。でも、この方は違う。そんな事言われたの…、初めてだ。

「…そもそも、血筋や出自が優れていたところで何になる。」

ぽつりと呟かれた言葉とルーファスの表情にリスティーナは目を奪われた。
何だか全てを諦めたような寂しそうな表情…。どうして、そんな顔をするのかリスティーナは気になってしまう。

「直系の王族だろうが正妃の子だろうが…、呪われてしまえばそんな物、何の価値もない。」

そうだ。ルーファス殿下は高貴な血筋を持ちながらも呪いのせいで周囲から怖がられ、恐れられている。蔑まれたり、馬鹿にされている訳ではないがその周囲の反応にきっと、今までたくさん傷ついてきたはずだ。ルーファスはハッとしたように口を噤み、

「つまらない事を言った。忘れてくれ。」

リスティーナは彼に何と言ったらいいのか分からなかった。けれど、先程の表情がどうしても気になって仕方がなかった。

「聞きたいことはそれだけだ。…邪魔をしたな。俺はこれで失礼する。」

「え!?あの…、もう、お帰りになるのですか?」

「…ああ。用は済んだからな。」

そう言って、立ち上がるルーファスをリスティーナは慌てて引き止めた。

「あ、あの…、でも、殿下はまだやっと体調が良くなったばかりですから…、それならここで休まれては…、」

そう言って、ルーファスに近付き、服の裾を掴もうとしたその時…、ルーファスがカッと目を見開き、叫んだ。

「っ、触るな!」

ルーファスはリスティーナの手をバシッと強く叩いた。
リスティーナはびっくりして思わず固まってしまう。
ルーファスを見上げれば、こちらを冷たく、昏い眼差しでこちらを見下ろしていた。
そこには今までにない強い拒絶を示しているかのようだった。
でも、それと同時に苦しそうな悲しそうな目をしていた。何でそんな顔…。
リスティーナは思わず叩かれたことも忘れてそっとルーファスの頬に手を添えた。

「大丈夫で…、」

大丈夫ですか、という言葉は続かなかった。ルーファスはバッとリスティーナを避けるように距離を取った。歯を食い縛り、ギロッとこちらを睨みつける。でも、あの表情は変わらないまま…。

「触るなと言っただろう!…呪いが移って死んでもいいのか!」

ルーファスはリスティーナを冷徹な表情で荒々しく吐き捨てるように叫んだ。
口調も乱暴なものに変わっている。

「お前もあの女達のように呪い殺されるぞ!それが嫌だったら、二度と俺に近付くな!」

リスティーナは目を見開いた。

「どうせ、お前も…、心の底では俺を気持ち悪いと思っているのだろう?醜い化け物だと…!
なのに、何故、俺に構う!俺を懐柔するように言われたのか誰かに唆されたのか知らないが、死にたくなければもうこれ以上、俺に関わるな!」

ルーファスの迫力にリスティーナはたじろぎつつもその表情から目が離せない。
叩かれた手の痛みよりも彼のその表情の方がリスティーナは気になって仕方がない。

「そんなに国が大事か?俺は知っているぞ。お前はほとんど厄介払いのような形でここに送り込まれたらしいじゃないか。そんな国を…、自分を捨てた国を守る価値があるのか?
それとも、何だ。地位と権力を手に入れて成り上がろうという魂胆か?」

「違っ…!」

リスティーナが否定しようと声を上げるがルーファスはその言葉を掻き消すように叫んだ。

「そんな事をしても無駄な事だというのに…、それが何故分からない!?死んでしまっては全て終わりなんだぞ!」

その目はリスティーナを見ている様で見ていない。リスティーナを通して別の誰かを見ているかのようだった。

「殿下…。私は…、」

リスティーナは思わずルーファスに歩み寄った。しかし、ルーファスはそんなリスティーナを睨みつけ、バッと手を翳した。

「近付くな…!」

その瞬間、ルーファスの手から黒い霧のようなものが飛び出した。
黒い霧はリスティーナの目を覆った。

「キャ…!?」

視界が真っ暗になり、リスティーナは悲鳴を上げた。
リスティーナは霧の隙間からルーファスの表情が一瞬だけ目に映った。
その時の彼の顔は…、何かを耐える様な苦しそうな表情を浮かべていた。
殿下…。あなたはどうして、そこまで…、リスティーナはそこで意識を失った。
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