冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第一章 出会い編

接触

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リスティーナは東屋の石段の所に腰掛け、ぼんやりと目の前にある池を見つめていた。
ギュッと拳を握り締める。
悔しい。何も言い返せなかった。私が侮られるのはいい。慣れているから。
でも…、ルーファス殿下を嘲笑い、人の生死を賭け事にする貴族達の無神経さに怒りを抱いた。
ルーファス殿下のことは自分は何も知らない。でも…、あんな人達に馬鹿にされるような人ではないことは確かだ。
呪いだってそう。好きで呪われたわけじゃないのに…。
ルーファス殿下は…、正妃の子で高貴な血筋を引きながらもこんな不当な扱いを今まで受けてきたのだろうか。私と同じように…。

リスティーナはルーファスに少しだけ親近感を抱き始めていた。境遇が似ているのだ。
平民の血を引いている為に冷遇され、虐げられた自分と呪われた王子として、王族や貴族達に蔑まれている所が。
でも、もしかしたら…、殿下は私以上に苦しんでこられたのかもしれない。
そう思うと、リスティーナはルーファスにもう一度会いたいという気持ちがより一層強くなった。

殿下は…、今、どこにいるのかしら…?
もしかしたら、もう会場に来ているのかもしれない。そう思い、リスティーナは戻ろうと思って立ち上がろうとしたその時、コツコツと足音が聞こえた。
リスティーナが何気なく顔を上げたその時、

「こんばんは。いい夜ですね。…レディ。」

「…!」

目の前に現れた男にリスティーナは息を呑んだ。
そこには月の光に照らされ、美しい金髪を靡かせた第三王子イグアスが立っていた。

リスティーナは慌ててスカートの裾を持ち上げて、お辞儀をした。相手は王族の一人だ。
立場も地位も格段にあちらが上。
非礼があってはならない。

「し、失礼しました。殿下がいらっしゃるとは思わず…、すぐに立ち去りますので…。」

そう言って、リスティーナは足早にその場から立ち去ろうとしたのだが…、イグアスは微笑んだままリスティーナの行先を塞ぐように立つと、

「そんなに急がなくてもいいじゃないか。ゆっくりしていくといい。」

「い、いえ…。あの…、」

一見、優しそうに笑っているが作り物めいた笑みのようで逆に怖い。
それに、何処となく鋭くも油断のならないオーラがある。
リスティーナはどうにかこの場から逃げ出せないかと思案した。が、そんなリスティーナを知ってか知らずかイグアスは笑顔のまま近付いた。そのまま胸元に手を当て、丁寧にお辞儀をする。

「申し遅れました。僕はイグアス・ド・ローゼンハイム。この国の第三王子です。こうして、お目にかかるのは初めてですよね?リスティーナ様。」

イグアスは親し気に話しかけ、リスティーナの手を取り、口づけを落とした。

「わ、私をご存じなのですか?」

「勿論。メイネシア国の第四王女、リスティーナ姫でしょう?あなたは兄上の側室。僕にとっては義理の姉になるのですから。…それに、あなたも僕を知っているのでしょう?」

「え…?」

「酷いな。覚えていないのですか?…あの月夜の美しい夜にお会いしたじゃないですか。あの時、目が合ったではないですか。ねえ?義姉上。」

目を細めるイグアスにリスティーナはビクッとした。この人…、やっぱり、私に気付いていたんだ。
リスティーナはギュッと手を握り締めた。穏やかそうに見えるけど、侮れない人だ。嘘や誤魔化しは通用しないだろう。リスティーナは口を開いた。

「…殿下は…、私に何をお望みでしょうか?」

リスティーナの言葉にイグアスは笑みを深めた。

「…僕の望み?」

「はい。殿下の仰る通り…、私はあの時、ダニエラ様と一緒にいたあなたを目撃しました。
もし、その事で私を口止めするためにこうして、私の元に来られたのだとしたら…、その必要はありません。私は誰にも言っていませんし、この先も誰にも言うつもりはありません。」

リスティーナはそう言い、イグアスの反応を窺った。
本当は…、不義密通を見て見ぬ振りをするなんて間違っている。でも…、イグアスにバレてしまった以上、下手に彼に反発するのは得策じゃない。彼の怒りを買ってしまえば私の立場も危うくなるし、ルーファス殿下にも迷惑がかかる。
ルーファス殿下が兄王子とはいえ、次期皇帝の有力候補とされているイグアス殿下の方が権力も立場も高いのだから。
そう思って、リスティーナはダニエラとの仲を黙認すると態度で示した。すると、イグアスは口角を上げ、興味深げにリスティーナを見つめた。

「へえ。中々、賢い姫だな。…面白い。」

最後は低く呟いた。その時の視線がまるで蛇のような鋭い光を宿していて、リスティーナはビクッと肩を震わせた。

「頭のいい女は嫌いじゃない。馬鹿な女は扱いやすいが、すぐに調子に乗るし、勝手に勘違いして突っ走るから面倒臭い。その点…、お前は中々に物分かりのいい女だ。」

「…お褒めに預かり、光栄です。」

イグアスの口調が変わり、その空気も鋭く、研ぎ澄まされたものに変わった。
やっぱり、こっちが本性なんだ。リスティーナは確信した。
あの穏やかで優しい顔は表の顔。こっちが裏の顔なのだ。
イグアスは顎に手を添えて、こちらを値踏みするかのような視線で見下ろす。
落ち着いて…。動揺しちゃ駄目。リスティーナは震えそうになる自分を叱咤し、警戒するようにイグアスを見つめた。そんなリスティーナにイグアスはにやり、と笑い、

「気が変わった。」

リスティーナが疑問の声を上げるより早くにイグアスがいきなり、腕を掴んだ。

「きゃ…!?」

そのままグイッと腕を引かれ、顔を間近に覗き込まれる。至近距離に甘く端正な顔立ちが映るがリスティーナは恐怖しか感じなかった。まるで獲物を狙う捕食者のような目にリスティーナは身を震わせた。

「お前を俺の女にしてやる。」

「な、何を言って…!?」

イグアスの言葉にリスティーナは目を見開いた。何を言っているの?

「正直、最初は口止めだけして、それで終わらせるつもりだったんだが…。お前は中々、楽しめそうだ。」

リスティーナは腕を振り払おうとしたが、イグアスに更にグイッと引き寄せられる。

「わ、私は…、私はルーファス殿下の側室です!イグアス殿下にとって、ルーファス殿下は実の兄ではありませんか!どうして、そのような…、」

「ハッ!ルーファス?あの王家の恥さらしか?」

イグアスはルーファスを嘲笑った。

「あいつは、王家の出来損ないだ!俺からすればあいつは失敗作!この世に存在する価値もない男だ!」

「なっ…!」

「それに、どうせ、兄上はもうすぐ死ぬ。そんな奴に義理立てする必要がどこにある?」

「ッ…!そんなこと…、死ぬかどうかなんて、まだ分かりません!」

リスティーナは先程よりも強い力で腕を振り払い、後ろに下がってイグアスから距離を取った。

「私はルーファス殿下の妻です!殿下以外の男性に触れさせるつもりはありません!」

「ハッ!それはそれは…。ご立派な事だ。あの兄上に操を立てた所で一生、男を知らぬまま花の盛りを過ぎるだけだというのに…。」

イグアスの言葉にリスティーナはピクッと反応した。彼は…、後宮の事情を知っているんだ。きっと、ダニエラ様が話したのだろう。

「どうせ、兄上の事だ。お前にも手を出していないのだろう?兄上には女を喜ばす手練手管も女を抱く体力もないだろうからな!そんなあいつに義理立てしても何も良い事はないぞ。兄上が死ぬまでその身体を誰にも触れさせない気か?」

「私は…、ッ!?」

答えるより先にグイッとリスティーナは顎を掴まれた。

「俺がお前に極上の快楽を教えてやろう。兄上では絶対に与えられないものだ。」

そのまま唇を近づけ、唇を奪われそうになった。リスティーナは咄嗟に顔を背けて暴れた。

「止めて下さい!放して!…んう!?」

そのまま強引に唇を奪われる。口の中に無理矢理侵入した舌が無遠慮に這いずり回った。

ー気持ち悪い。嫌…!嫌だ…!

心の中で叫び、何度もイグアスの胸を押し返して抵抗する。が、そんな抵抗をものともせずに急に肩を掴まれて芝生の上に押し倒された。

「きゃあっ…!?」

「ハッ…、俺の誘いを断る女がいたなんて、驚きだ…。どんな女も俺が誘えば尻尾を振って喜んで股を開くんだぜ?」

飢えた獣のようなギラギラとした視線を向けられ、リスティーナは身を竦ませた。
怖い…!じわっと涙がこみ上げる。

「い、嫌…。」

恐怖で身体が固まってしまう。ガタガタと涙目で震えるリスティーナを見下ろし、イグアスは舌なめずりをした。

「悪くないな。嫌がる女を無理矢理っていうのも…。興奮する…。」

そのまま首筋に顔を埋められる。ぬるり、と舌で首筋を舐められ、ゾワッと鳥肌が立った。

「ヒッ…!?」

「いい匂いだ。益々、興奮する…。」

「嫌っ…!だ、誰か…、」

いつの間にか両腕は頭上で地面に縫いつけられてしまい、イグアスの片腕一つで易々と押さえつけられている。抵抗してもびくともしない。
助けを求めるが恐怖でか細い声しか出ない。

―誰か助けて…!

リスティーナの頬に涙が伝った。
ふと、リスティーナは涙で滲む視界の中、人影が目に入った。
イグアスの背後に誰かいることに気が付いた。
丁度、その時、月を覆っていた雲が風に流され、月明かりがその人影を照らした。
そこには、冷ややかな視線でこちらを無表情で見つめるルーファスが立っていた。
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