冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第一章 出会い編

目覚め

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熱い。身体が疼いて気が狂いそうだ。
おぞましい。自分の体が厭わしかった。そう思うのに、心とは裏腹に身体は熱く火照っていく。
どうしてだ。どうして、俺の体はいつもいつも言う事を聞いてくれない。
駄目だと思っているのに我慢ができない。昂る熱をおさめようと硬く張り詰めたそれを握り締める。
そのまま上下に手を動かして刺激を与える。強く扱いて手の動きを早めながら快感を追い求めた。
ドクン、と音がして手の中に欲望を吐き出す。雄の匂いが辺りに充満する。

はあ、はあと荒い息を吐きながら、汚れた自分の手を見下ろす。
見れば、白濁した液体がべったりと手に付着していた。
精通を迎えたあの日から、満月の日になると、抑えきれない熱と疼きに襲われる。
気持ち悪い。自分が醜く、浅ましい獣になったような気がして、嫌で嫌で堪らなかった。
欲望の赴くまま、快感に溺れるなどまさに獣だ。
そう思うのに…、俺は自分の心と体を制御できずにいた。
満月になり、身体が昂ると、いつも抑えきれない激情に駆られる。
欲望の限りに女を抱きたい、犯したいと本能が叫ぶ。
女なら、誰でもいい。この熱を…、おさめてくれるのなら誰だっていい。
女が欲しい。貪るように犯したい。

だけど、それだけは駄目だ。人として許されない行為だ。
必死にそう言い聞かせて、昂った熱を自分の手でおさえてきた。
なのに…、今日はいつもと違った。今までとは比べ物にならない強烈な熱と疼きが襲い掛かった。
必死に耐えようとした。いつも耐えてきたのだ。今日だって耐えられる筈だ。
いつものように一人になったら、自分を慰めればいい。そうすれば、やり過ごせる。
朝になればおさまるからそれまで耐えればいい。必死に理性を働かせてそう自分に言い聞かせた。
だが、いつも以上に強い性欲に襲われたせいか意識が朦朧としてしまい、その先の記憶がおぼろけだ。
覚えているのは柔らかい感触…、それから、甘い声と匂いだった。

「ん…、」

気付いたら、うっすらと朝陽が昇っていた。もう、朝か…。薄く目を開けて、窓の外を眺める。妙な気分だ。
いつもの頭痛や頭の重怠さもないし、気分も悪くない。いつもなら、動くのも億劫な程に疲れを感じるのに…。それなのに、今日は初めてといっていい位にすっきりとしている。
朝まで一度も目覚めずに熟睡できたことなど久し振りだ。そのせいかどことなく、身体が軽い。
それを不思議に思いながら、起き上がった。まだ覚醒しきっていない頭を振り、髪を掻き上げる。
その時、いつも触れる仮面の感触がないことに気が付いた。顔に手で触れると、仮面が装着されておらず、素顔のままだった。
いつの間にか自分で外していたのだろうか?ふと、自分の手を見れば、いつもより、はっきりと見える。思わず、目を擦り、もう一度自分の手を見つめた。

「…見える。」

腕を伸ばして、手を見つめてみる。この距離でもちゃんと見える。
今までは、目の前まで近づけてみないと見えなかった。見えるといっても、ぼんやりと輪郭と色が見えるだけだった。でも、今は…、手の形も爪の色もはっきりと確認できる。どうなっている…。自分の体の変化に戸惑う。
その時、視界に金色の光が目に入った。

「…?」

ふと、隣を見れば、そこには寝息を立てて、眠っている女が横たわっていた。
掛け布から素肌がはみ出ている。女は服を着ていないかのようだった。金色の光の正体は女の髪だった。
この金髪は…、見覚えのある髪色にルーファスは顔が強張った。手が震える。
女が被っている掛け布をゆっくりと捲った。思った通り、女は全裸だった。
その体には明らかに情事の跡が残されていた。股の間には白濁した液体と血が付着している。
シーツの上には、ドロッとした白い液体と赤い血が滲んでいた。

その瞬間、怒涛の勢いで昨夜の記憶が脳裏に甦った。思い出した。俺は昨日…、彼女に…、
ザアア、と顔から血の気が引いた。
ルーファスはそのまま彼女から勢いよく目を逸らし、顔を手で覆った。
嘘だと叫びたかった。これが夢だったらどれだけ良かっただろう。だが、自分がリスティーナを犯したことは紛れもない事実だった。

「…俺は…、俺は…、」

何てことをしてしまったんだ。そう後悔しても全て遅かった。ルーファスは衝撃のあまり、その場から動くことができなかった。



「…?」

リスティーナは窓から射し込む日差しの光に目を覚ました。身体が重怠い。起き上がろうとすると、ズキッ、と痛みが走った。痛みに顔を顰めるリスティーナだったが…、ふと、視線を上げた先にベッドに腰掛けている人物がいることに気が付いた。

「殿下?」

後姿ではあるが、あの黒髪は殿下に違いない。そう思い、声を掛けたのだが…、口から出た声は掠れていて、か細いものだった。昨夜、あれだけ喘いだのだから当然といえば当然だった。
だが、そんな小さな声でも、こちらに背中を向けていたルーファスはその声にピクッと反応した。

「起きたのか。」

「は、はい…。おはようございます。殿下。申し訳ありません。私、いつの間にか眠ってしまったみたいで…、」

「何故、君が謝る。」

「え…、」

「俺が昨日、君に何をしたのか忘れたのか。」

「…!あ、えっと、それは…、」

そうだった。私、昨夜殿下と…。
昨夜の出来事を思い出し、リスティーナは頬を赤くする。恥ずかしくて、彼の顔が見れない。

「謝るのは…、俺の方だ…。」

こちらに振り返らず、ずっと背中を向けているルーファスはぐしゃり、と自分の黒髪を搔き乱すようにして手で掴み、苦しそうな声を出した。リスティーナはそんな彼に目を瞠った。

「殿下…?」

ルーファスは振り返ると、頭を下げた。

「…すまなかった。嫌がる君を無理矢理、犯したりして。」

「え、ええ!?お、お止め下さい!殿下!私のような側室に頭を下げるなど…!」

予想外の行動をするルーファスにリスティーナは狼狽えた。

「わ、私は殿下の側室なのですから、殿下が私をどう扱おうがそれは殿下の自由で…、」

「そんな事は関係ない!側室だからといって何をしてもいい訳がないだろう!なのに、俺は君の意思も聞かずにあんな無理矢理…!」

顔を上げた彼の表情はやはり、苦しそうだった。彼の顔には罪悪感と深い後悔の色があった。
そんな苦しそうな彼を見ていたくなくて、思わず口から言葉が出た。

「殿下…。あの、本当に私は大丈夫ですから。ですから、どうか、お気になさらないで下さい。そもそも、あの時、殿下は私を…、」

そう言うがリスティーナの言葉にルーファスは眉を顰めた。

「どうして、怒らない?君はもっと怒っていいんだ!こんな時まで自分の感情を殺して、耐える必要はない。身分や地位とか立場など気にするな。今はここには俺と君しかいない。君には俺を責める権利がある。」

本気だ。彼は本気でリスティーナに謝罪をしている。それどころかリスティーナに怒っていいのだと、責める権利があるのだと言ってくれている。

「だから、君の気がすむまで好きなだけ殴れ。」

「そ、そんな事はできません!殿下を殴るだなんて…!」

ルーファスの思い詰めた表情と彼の言葉にリスティーナはぎょっとした。

「俺は君に憎まれ、恨まれても当然の行為をしたんだ。それだけの事を…、俺はした。」

「わ、私は別に殿下に対して、怒ってもいませんし、憎んでも恨んでもいません!そんなにご自分を責めないで下さい。私は本当に気にしていませんから。」

昨夜の行為を気にしていないといったら嘘になる。
だが、リスティーナはあの時、自らの意思で彼を受け入れた。何より、こんなに罪悪感に打ちひしがれている彼を見たら、とても責める事なんてできなかった。そんな苦しそうな顔をしないで欲しい。その一心でリスティーナは必死に彼に言い募る。

「無理をするな。俺は君の初めてをあんな形で奪ったんだ。そんな男に気を遣う必要はない。
しかも、イグアスにあんな目に遭わされた直後にだ。あれだけ、あいつに無理強いするなと偉そうな事を言っておきながら、俺がこの様だ。…俺なんかに奪われる位だったら、まだあいつに奪われた方が余程、マシだったかもな。」

そう言って、自嘲するように笑う彼にリスティーナは思わず強く否定した。

「っ…、いいえ!それは違います!」

リスティーナは首を横に振り、本心を口にした。

「あの時、殿下は止めてくれました!私に逃げろと、早く出て行くようにと言ってくれました。
でも、私は殿下のご命令に背いて離れようとしませんでした。
理由は分かりませんが…、殿下が苦しんでいることは見ていて、すぐに分かりました。それなのに、自分の事よりも他人である私を追い出そうとする殿下を見たら、逃げる事はできませんでした。」

どうして、あそこまで必死に私を追い出そうとしたのか。その理由をリスティーナは何となく理解していた。きっと、殿下は私を傷つけないように逃がそうとしてくれていたのだと。
それを知ってしまえば逃げることなんてできなかった。
自分の方が苦しそうなのに、それでも、私を逃がそうとする彼をそのままにしてはおけなかった。

「私は殿下から逃げようと思えば…、拒もうと思えばそれができたのです。
でも、私は…、自らの意思でここに残りました。
必死に葛藤している殿下に私は自分から唇を重ねました。
ですから…、あれは無理矢理なんかではありません!」

「な‥、君から俺に?嘘だ…。」

「嘘ではありません!本当です!」

信じられないとでもいうように呟くルーファスにリスティーナはきっぱりと言い切った。
そして、続けて言った。

「初めは殿下のあまりにも普段と違う様子に驚きましたし、怖かったですけど…。
それでも、私は最終的に殿下を受け入れました。
ですから、そんなにご自分を責めないで下さい。
私は…、殿下を受け入れたことに後悔はしていませんから。」

彼を安心させるようにリスティーナは微笑んだ。
そんなリスティーナにルーファスは目を見開いた。

「それに…、あなたはイグアス殿下とは全然違います。あの人は私を…、道具か物のようにしか扱いませんでした。私の意思も聞かずに無理矢理…。きっと、あのまま最後までしたとしても、あの人は私に謝りもしなかったと思います。」

イグアスはリスティーナが泣き叫んでも止めてはくれなかった。むしろ、嫌がり、抵抗するリスティーナを見て、楽しんでいた。確かに一見、二人のしたことは同じ行為なのかもしれない。
でも、根本的に違うのだ。リスティーナはそう断言できる。思いやりの欠片もない自分勝手なイグアスと自分が苦しくても私に逃げろと言い、行為後は頭を下げて謝ったルーファス。

「でも!殿下は違いました。あなたはちゃんと私を逃がそうとしてくれましたし、私に頭を下げて謝ってくださいました。そんな殿下とあの人が…、同じな訳ありません。
私の初めての相手がルーファス殿下で良かったです。心から…、そう思います。」

それはリスティーナの本心だった。
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