冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第一章 出会い編

母の形見

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リスティーナはその夜、窓を開けて空を見上げていた。
空には満点の星空が広がっている。美しい星の輝きを眺めていると、冷たい夜風が入ってきた。

「う…、寒い…。」

リスティーナは思わず羽織っていた肩掛けをギュッと握りしめた。
窓を閉めたリスティーナは薄紫色の肩掛けに視線を落とした。
この肩掛けはリスティーナが故郷から持ってきた物だった。そっと肩掛けに触れる。
そこには、太陽をモチーフにした刺繍がされていて、その周りは鮮やかな小花の刺繍で彩られていた。
これは、母が手ずから刺繍したものだった。母はリスティーナに刺繍を教えてくれた時、この刺繍は特別なものなのだと話していた。

「ティナ。この刺繍はね…、私の一族に伝わるものなのよ。」

「お母様の一族?お母様にはちゃんと家があったの?」

母は流浪の民の踊り子だった筈だ。
母に故郷はないが、たくさんの国や街を旅して、踊りや占いで芸を売って生きてきた。
だから、母の口から一族という言葉が出てきたことに少し驚いた。母は少し悲しそうな顔をして言った。

「昔のことよ。今では、生き残っているのは私とティナだけ。」

「そうなの?何だかそれって悲しいね。」

リスティーナの言葉に母は優しく頭を撫でた。

「今の話は、私とティナだけの秘密よ?」

「うん!お母様とあたしだけの秘密!」

リスティーナは嬉しそうに笑って頷いた。母はリスティーナの頭を撫でながら、言った。

「今はもう滅びてしまった私達一族だけど…、それでも、私は一族で受け継がれたこの刺繍をあなたに教えておきたいと思ったの。これは、一族に伝わる特別な刺繍…。だから、あまり人前でこの刺繍は見せてはだめよ。」

「え、どうして?せっかく、綺麗な柄なのに…。」

「それじゃあ、特別な刺繍でなくなってしまうでしょう?」

「あ、そっか!特別な刺繍だから、特別な人にしか見せちゃいけないんだね!」

リスティーナがそう言うと、母は優しく微笑んだ。

「…ええ。そうよ。だから、ティナ。あなたが本当に大切な人にだけ、この刺繍を入れた贈り物をしてあげなさい。」

「はい!お母様!」

「いい子ね。ティナ。今、私が言った事、忘れずに守ってね。…それがあなたの為にもなるのだから。」

「?」

母は時々、よく分からないことを口にする。キョトンとするリスティーナに母は何でもないわと微笑んだ。

「いい子のティナには特別に私の宝物も見せてあげる。いらっしゃい。」

そう言って、母はリスティーナの手を引き、部屋にある戸棚から宝箱を取り出した。
その宝箱はいつも棚の奥に仕舞われ、鍵がかかっているので中身が見れない宝箱だった。
母は鍵を取り出すと、その鍵で宝箱を開けた。
中からでてきたのは…、ペンダントだった。それは、あの刺繍と同じ太陽の形をした黄金色のペンダントで…、中央に黄色い石が埋め込まれていた。

「綺麗ー。」

リスティーナは思わずペンダントの美しさに目を奪われた。

「これも一族に伝わる特別なペンダントなの。実はね…、このペンダントには魔法がかけられているのよ。」

「魔法?」

「そう。偉大な魔術師がこのペンダントに魔法をかけたといわれているの。その魔法はね…、何でも願いが叶うというものなの。どう?すごいでしょう?」

内緒話をするように小さな声で耳元に囁く母の言葉にリスティーナは何でも!?と声を上げた。

「すごい!本当に魔法みたい!」

すごい!すごい!とはしゃぐリスティーナに母は笑い、

「でもね…、願いは一人の人間に対して、たった一度だけしか叶えられないの。
それも、誰でもというわけじゃない。一族の人間にしかこの魔法は効果がないの。つまり、願いを叶えられるのは私とティナだけなのよ。」

「そうなの?すごいね!魔法って!一度だけでも叶えられるんでしょう?ねえ、お母様はお願い事をするならどんなことをお願いする?」

リスティーナは目を輝かせて母に聞いた。すると、

「私はもうお願いをしてしまったの。だから、私には、この魔法を使う事はできないのよ。」

「え、そうなの?お母様は何をお願いしたの?」

「…内緒。でも、ちゃんと叶えられたわ。」

母は嬉しそうに微笑んでリスティーナの頭を撫でた。

「でも、あなたにはまだこの願いを叶える魔法を使うことができる。
だからね…、ティナ。よく考えて使いなさい。たった一度しか叶えられない願いなのだから慎重にね。」

母は真剣な眼差しでリスティーナにそう言い聞かせた。
夢のような話だがそんな母の顔を見て、リスティーナはこのペンダントには特別な力があるのだと信じた。
魔法が廃れたこの時代でこんな価値のあるペンダントを持っていることが知られたら王妃や父から取り上げられてしまうかもしれないからと母は黄金のペンダントを誰の目にも触れさせないように隠し、大切に保管した。そんな母を見て、リスティーナも同じように倣った。



「お母様…。」

リスティーナは太陽の刺繍を見つめながら、母の名を呟いた。
グッ、と熱いものがこみ上げてくる。母が死んだのは五年も前の事なのに未だにリスティーナは母の死を受け入れられない。思い出すだけで泣きそうになる。
リスティーナは泣きそうになるのを堪えながら、ふと、あのガラス棚に目を向けた。

リスティーナが母国から持って来たもの…、それはこの肩掛けと宝箱と鍵、そして、古びた本だけだ。
リスティーナはガラス棚から宝箱を取り出した。母から譲り受けた鍵を使って宝箱を開けると、中からは、あの黄金のペンダントが入っていた。リスティーナはそれをそっと手に取った。
中央に輝く黄水晶…。
光に反射してキラッと光った。母はこれには願いが叶う魔法があるのだと言っていた。
でも、あの日…、



「ティナ…。泣かないで…。」

痩せ細った手でリスティーナの頬に触れる母。

「お母様死なないで!お願い…!私を一人にしないで…!」

リスティーナは泣きながら、母の手を握り、縋った。

「お母様がいないと…、私…!」

「ティナ…。ごめんね…。」

母は弱々しい声で今にも消え入りそうな姿でそう呟く。

「ティナ…。あなたは私の分まで生きて…。今は辛くても…、耐えるのよ。優しいあなたならいつかきっと…、幸せになれるわ…。」

そう言って、母はリスティーナの頭に手を置いた。

「ティナ…。これは、私からの最後の贈り物よ。おまじないをかけてあげる。」

「嫌…!そんな事言わないで!お母様!贈り物何ていらない!お母様が…、お母様さえ生きていればそれだけで…!」

リスティーナがそう言って泣きながら逝かないで!叫んだ。そんなリスティーナを母は切なさそうに微笑んだ。

「…あなたに神からの…、祝福が…、ありますように…。
そして、いつか…、あなたを愛し、どんな魔の手からも守ってくれる方が…、現れますように…。」

一瞬だけ、母の手から熱を感じた。じんわりと体が温かくなる不思議な感覚…。
すぐにその感覚は消えてなくなり、気のせいだったのかと思う程に一瞬の事だった。
だが、その熱が消えたと同時に母の手がパタリ、と力尽きたように動かなくなった。

「お母様…?」

母は目を瞑り、動かない。生気を失った母の顔を見て、リスティーナは泣き叫んだ。

「嫌…!目を開けて!お母様!お母様ー!」

リスティーナが泣いても縋っても母は目を覚まさなかった。そのまま冷たくなっていく母の身体に縋り、リスティーナは泣き続けた。



「お母様…。」

リスティーナはペンダントをギュッと抱き締める。
あの日、リスティーナはこのペンダントに母を助けて欲しいと願った。
でも、それは叶えられなかった。母が亡くなり、リスティーナは絶望した。
これは魔法のペンダントではなく、ただの装飾品でしかなかった。
母がどうして、あんな嘘を吐いたのか分からない。
もしかしたら、辛い現実の中で生きる私に母は少しでも希望を与えようとしてくれたのかもしれない。

願いを叶える魔法何て、ただの夢物語でしかなかった。
当たり前だ。現実の世界は物語のようにはいかない。
そもそも、魔道具という貴重な物を所有しているのは王族か貴族、あるいは代々続く魔術師の由緒正しい一族位だろう。
願いを叶える魔道具なら、そういった人達の間で家宝や国宝として大切に管理されている筈だ。
だから、このペンダントは本当にただの装飾品でしかない。
魔法の力も特別な力もないどこにでもある普通のペンダント。

たとえそうであったとしても、これは母が残してくれた大切な形見の品だ。
母の死後、レノアに盗られたり、壊されないように必死に隠し続けた私の宝物…。
母の形見だけは持って行きたくて、この国に嫁ぐ時に持ってきた。
これがあれば、母が傍にいるかのようでとても心強く感じる。

リスティーナはふと、もう一つの形見にも目を向けた。本棚に収められた古びた本…。
元は臙脂色をしていたその本は年数が経ったせいかかなり色が落ちてボロボロだった。
本の表紙には何も記載されていない。題名が記されていない本。見ただけでは何の本か分からなかった。
本を開く。パラパラとページを捲った。その本には…、何も文字が書かれていなかった。
真っ白のページが延々と続いている。

これは、母の死後に乳母が渡してくれた母の形見だ。母が死ぬ前に乳母に託したものらしい。
リスティーナは最初、それを受け取って本を開いた時は何も書かれていないのを見て、首を傾げた。
どうして、何も書かれていないの?と乳母に聞いたが乳母も本の中身のことは何も知らされていなかった。
母はリスティーナにこの本を遺した。
どうして、これを残したのかは分からないが、母が残してくれたものだ。
他人から見たら、何の価値もないボロボロになった古い本でしかないが、リスティーナにとってはこの本も大切な宝物の一つだった。
リスティーナはそっと本の表面を撫でた。
やがて、本を元の場所に戻した。ペンダントも宝箱に戻そうかと思ったが…、折角だから今日はこのペンダントを着けて寝ようと思った。
ペンダントを首にかけて、肩掛けを身体に包んで横になった。
母の形見を身に着けているだけで何だか安心した。
リスティーナはそんな心地よい感覚に身を委ね、そのまま目を瞑った。
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